ライトノベルの賞に応募する(23)
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僕と成田さんが部屋を出ると、掃除の時間はもう終わっていた。庭でスポーツをする時間ということなので、入って来た入口とは違う、庭への出口へ靴を持って移動し、そこから外に出た。自由に玄関から一人で出かけることもいけないことだと言われた。僕の安全を守るためということらしいが、入って来た時には感じなかった玄関の扉が、ずっと重そうに見えた。僕の後ろで「ガチャッ」と大きな音を立てていたのを思い出す。行きは何とか帰りは恐い…。そんな歌を昔聞いたような気がする。玄関の扉ってこんなに大きく圧迫感があっただろうか…。靴を取りに玄関を見た時、そんな感じがした。僕が考えてるより長くここに居ることになる…。成田さんは確かそう言っていた。長くってどれくらい? セレクションにはいけるのだろうか…。頭の中はそのことでいっぱいだった。15日後のセレクション。タカシと頑張るって約束したセレクション。僕におとずれた、一番最初の大きなチャンス。僕はそれに参加することができるのだろうか…。サッカーするグループもあったが、そこに入れてもらうのはなんだか気が引けて、倉庫からボールを出し、一人でリフティングを始めた。頭の中で数を数えるのと同時に、自分の中でさっき言われたルールを反芻する。
一つ、起床時間を守って食堂に行く。
二つ、消灯時間が過ぎたら、電気を消して静かに過ごす。
三つ、子ども同士で親の話をしてはいけない。
四つ、勝手に外に出てはいけない。
五つ、僕は僕自身を大切にして、生活を送る…。
うち四つは理解できる。集団生活を送るうえで、規則は必要だ。学校だってチャイムが鳴って、先生の言うことを聞いて、集団生活する。サッカーだってルールや、コーチの言うことを守り、みんなでプレイするためにルールはある。
でも最後の一つ、僕は僕自身を大切にするということが、いまいちよく分からなかった。何をすることが、自分自身を大切にしていることになるんだろうか…。生活のことはオトナに任せるように念を押された。ミワの面倒だってできれば忘れるくらいに生活して欲しいと言われた。勉強をすること? サッカーをすること? ピアノを弾くこと? それだって全部最初は母親の希望だった。続けることで楽しくなっては来た。でもそれが、自分自身を大切にすることなんだろうか?
具体的は最初の四つのルールは簡単に思えた。何をしなければいけないか、何をしてはいけないか。すごく明瞭な指示だ。でも最後の一つは、どこからどう考えても抽象的だ。何をすること、しないことが正解なのか、僕にはよくわからない。母親でもなく、父親でもなく、おばあちゃんでもなく、ましてミワを大切にすることでもないらしい。じゃあなんなんだろう。僕が僕を大事にすること…。それは一体何をすることが正解なのか…。僕が僕の考えを求められている? そういうこと?
国語のテストを思い出す。先生の求める答えを端的に表現すればそれでよかった。問われた文章に対して、僕は先生の求めていることが分かってますよ、と表現するだけで100点がとれた。でもそれは、先生が求めていることであって、僕の考えを求められているわけではない。でも成田さんが言っていたのはきっとそういうことではない。提示された条件に沿って、そこから導き出されたことを述べればいいのではない。
僕は今、生まれて初めて自分の意思を問われている?
いつの間にか数を数えるのをやめていた、リフティングに失敗する。所在のなくなったボールが、コロコロと地面を転がる。
僕が僕を大切にすること。僕が僕の意思を認識すること? 僕が僕の意思を表現して、それに則った行動をすること?
今までやってきたのは、模倣だったり、誰かの指定した条件下から、答えを導き出すこと。そういう思考の訓練は、ずっと続けてきた。でもそれとは何か成り立ちが違う。知っているか知っていないかではない。誰かの指定した条件ではなく、僕は僕が自分で条件を指定しなければならない?
僕は頭を抱えてしまった。それっていったい何? 答えがでなかった。
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