他人を呼び捨てする基準。ナンバーガールと私。アヒト愛してる!
今日の音源はアピート・イナザワンテのVOLA!!!
ずっと聞きたかったんだけど、年末にやっとApple music課金してやっと聞けるのです!!(めっちゃ失礼だけどその言い訳この後後述します!)
Twitterとかnoteとかリアルの会話とかなんでもいいんだけど、呼び捨てする存在と、様、さん、ちゃん、君、など呼称をつける人がいる。
その基準について今日は書いてみる。
早くアップしたいのでいつもより短めです。
まず呼び捨てする存在だけど、これは尊敬の念がなく呼び捨てするわけではない。むしろ逆である。
基本、私とは住む世界が違うと考えている人を呼び捨てする。村上春樹にしろ、向井秀徳にしろ、アピート・イナザワンテにしろ、なんでもいいけど、めちゃくちゃ好きでも、畏れ多く近寄れない人を呼び捨てにする。
ビジネスの世界でも、プライベートでもなんでもいいんだけど、私が生活していて、現実のその人が同じ現代に生きてたとしても、噛み合うことがなかった、もしくは今後もあるわけない!と思ってる人を呼び捨てにする。それはどのくらい好きかとかは関係なくて、好きじゃなくとも住む世界が違うと思ってる人も呼び捨てにはする。
多分この感覚はわかって貰えるのではないかと思う。特にTwitter(Xと書かないのはイーロンがそのうち、あんまり思うほど採算とれないから放出するわーとか平気で言い出しそうな気がしてるから)では文字数制限があるので、呼び捨てにするケースが多い。現実のその人とSNSなどで絡みがあっても、同じ土俵に立つ事はないと思う人は、尊敬の念も込めて呼び捨てにする。
では「さん」はどうか。
ナンバーガールのファン垢でナンバーガール2019さんというアカウントがある。ナンバーガールの復活と同時に作られたアカウントのようで、スカパーから公式と間違えられてフォローされるくらい信憑性が高い情報を流してくれている。(おそらく関西圏の人)ナンバーガールファン代表みたいな人だし、多分この垢の中の人と絡むことは一生ない。けど、同じファンという立ち位置でいてくれるから、敢えてナンバーガール2019さんと呼ぶ。
先日、コードリスト表を公開したんだけど、そのリストに載せさせていただいたアーティストには全部「様」をつけた。コードを公開してくれるサイトのことも「様」をつけて表現した。音源をコピーするのに、元曲を作ってくれたアーティスト様も、コードを公開してくれているサイト様も両方ないとありえないからだ。軽く見て「様」をつけたのではなく、いつもありがとうございます!という思いを込めて「様」をつけた。リアルで「様」をつけた存在とリンクする事はないと思うけど、音源の再現という「極限られた条件」の中で私の生活と「リンク」したので、「様」になったわけだ。
ここ数日、私の愛するアピート・イナザワンテが不調を口に(ツイート)している。私はTwitterを日常的にはじめて日が浅く、アピートのフォローもそんなに長くしているわけではないのでわからないのだけど、私の知る限り、初めての「不調」である。ナンバーガール2019さんもこの異変に気がつき、ナンバーガール2019さんは無駄なツイートをしてフォロワーを困惑させる事をしっかりと避けてくれているアカウントなので、あんまりいいねもコメントもしないのだけど、
こんな風に取り上げて、励ましている。
(今日(記事を書いた翌日、2023.01.31)には、カッコ良すぎるアヒトの動画をTLに流しまくってくれている。アヒトを励ましたいという思いが溢れ出てる。私と同じ気持ちだろ?!)
アヒトが不調をツイートする事も、ナンバーガール2019さんがこんな風に取り上げるのもとっても珍しくて、これは異変なんだと思う。
私はアヒトが好きだ!ナンバーガールの中でも推しはアヒトだ!向井でも、中尾謙太郎でも、ひさこでもない!アヒトだ!アヒトのドラムを見に私はナンバーガールのライブに通ったと言っても過言ではない。
実は私は向井の音源をお金を出して買った事が一度もない。ナンバーガールとの出会いは早い方だったと思う。同じ97年組のスーパーカーを偶然前座で聴き、一回ではまってしまってライブに通うようになった。スパカのファンサイト(当時を知る人なら一つしか思い浮かばない)のBBS(掲示板)でファンの人と交流していて、ナンバーガールもその流れで知った。初めて行ったライブはタワレコの地下。アルバムの購入者特典の無料のチケットだった。スクールガールアディクトのアルバムを渋谷タワレコで購入した人1人に2枚入場券がついていた。私は前述した通りアルバムを買っておらず、スパカ友達にチケットを貰って入場した。タワレコの地下はそんなに大きい箱ではないのだけど4分の1とかしか入ってなかったと思う。前にもnoteに書いた事があると思うのだが、スパカ知り合い(ファンサイト中の人の彼氏だったw元気かな?)が向井に指さされ(向井は当時、よく観客に絡んでいた)、どこから来たのか等々会話し、そんな君に贈る「サクラのダンス」が演奏された。(私当時16歳)
私のナンバガとの音源の出会いは、もうほんの少し前で、透明少女の発売だった。スパカのコピーバンドを組んでいて、そのメンバーの歯医者の息子(金持ち・ベース)が、私の分も透明少女を買ってきて、とにかく聞けと言われた。コピーをやりたいと言われた。もう1人の大学教授の息子(やっぱりそこそこ金持ち・ギター)の大学生2人と私(実家自営業・貧乏高校生(ギタ)ボ)と元旦那(MRの息子でそこそこ金持ちだけどお小遣い貰えない貧乏高校生・ドラム)の4人だったんだけど、3人はナンバガをやりたいと透明少女が出た直後から言っていた。買ってもらったので一応は聞くものの、正直理解できなかった。やりたいと言われてもボは向井(男)。ボの音量も小さい。変拍子というかなんというか、一瞬でハマる人はいっぱいいたけど、私はついていけなかった。わかりやすいスパカに夢中だったし、やりたいと言われても私が何をやったらいいのかわからなかった。3人ともスクールガールバイバイ(CD)も持っていて、アディクトのCDもスコア(リットーミュージック)も買っていた。私は元旦那の家で半ば強制的にナンバガを聞き(バイト前の一日15分程、しかしナンバガが掛かっていると元旦那が役にたたない(エロい意味で)のであんまりかけてなかった)、ただ(無料)だったりチケットが余っていて一緒に行く人がいないスパカ友達に誘われるがままナンバーガールを聞いた。結構行った。結果関東圏はほとんど行っていた。
Apple musicに昨年(2023)末に初課金して、ナンバーガールを改めて自分の意思で聞いたのだけど、ほぼ全部歌えた(笑)。アヒトのカウントの掛け声もだいたい言えた。全部ライブで覚えた。そのくらいナンバガはライブの楽しいバンドで、私にとって1人で家で聞く音楽ではなかった。なんかよーわからんけどライブがはちゃめちゃ楽しくて、行くとみんなでモッシュに揉まれながら大声歌う、そういうバンドだった(今考えると相当恵まれている)。だから記録シリーズ(ライブの音源を録音し後日のライブ会場で限定販売されていた音源)も自分で買った事がなかった。みんな周りは熱心に買っていたけど、私にとってナンバガはライブのバンドだったので、グッズも1番最後のTシャツ(団地猫キッズL)しか持ってない。周りはみんなカタカナのナンバーガールTシャツを着ていた(本当に初期ってファンならわかると思う。すぐにアルファベットのロゴに変わった)。私はケチだったので、ライブにいってもグッズを買う事はほとんどなくて、スパカでさえTシャツ1枚しか持ってなかった。
そしてあっという間に、スパカもナンバガも解散した。
まじであっけないほどだった。
97年組は私にとって学生生活の日常で、こんな貴重な体験になるなんて全く思ってなくて、よくも悪くもライブに行く事が普通だったのだ。
今の私なら、もちろん札幌ペニーレイン最終に行っていた。何がなんでも行っていた。でもその時、ナンバガが解散する事がどういう事なのか全くわかってなかった。
そして向井はZAZENに移行した。アヒトを連れて。カシオマンとひなっちを迎え新体制になった。私は習慣のようにZAZENのライブにも行った。相変わらず音源も聞かず、ライブにだけ行った。ZAZENの音楽はめちゃくちゃ複雑だった。あの、正直聞きづらいナンバガが赤ちゃんに思える程難しかった。それでもライブ会場で踊り狂った。地蔵と呼ばれる聞き方は私には合わなかった。ナンバガの延長にZAZENは居て、ライブは踊り狂うものだったのだ。
アヒトが抜けるきっかけになったツアーも関東全部行っていた。だから、その経緯も肌で感じた。もっくんの抜ける時とは違う、すごく切ない気持ちになった。その時の体験はまた別の機会に(もう書いたっけ?)。
アヒトが抜ける前位から、向井秀徳アコレエという向井のソロをやるようになった。最初は地方遠征のZAZENのライブの翌日とかですごく小さい箱だったと思う。正直ナンバガ時代の向井はすごくギターが上手いという印象はなくて、それよりひさこだったし、中尾謙太郎だったし、アヒトだった。フロントマンとして向井はめちゃくちゃ優秀だったけど、楽器演奏者としてめちゃくちゃ優れていたか?という視点だと、なんとも言えない。でもこの向井アコレエを経て、向井はめちゃくちゃ演奏力をつけた。1人でも魅せるようになった。ギターの音だけではなく、歌も上手くなった。今の向井しか知らない人は、そんな〜というと思うけど、本当だって!
アヒトが抜けたZAZENは2回かな…大事に保管していたチケットの半券を義父に全部捨てられたので、証明ができないんだけど、実はそれしか行ってない。アヒトが抜けるって公表されて(と思う)から抜けるまで結構時間があったんだけど、その間は向井アコレエを観に行ったりしていた。アヒトの居なくなったZAZENに2回だけいって、なんでその後行かなくなったか…。
本当に失礼だけど、正直にいう。
つまんなくなった。
ライブって、生もので、何があるかわからないワクワク感があって、行くたびに違うものを見れた。だから行く価値があると思っていたし、それで通ってた。アヒトの居なくなったZAZENはよくも悪くも安定しすぎていた。向井への集中力が増し、オーケストラの指揮者の如く、向井の左手の下に下がったギターのネックに3人が集中し、時にフェイントをしたり、タモリのちゃっちゃちゃちゃみたいな感じ?伝わる?
2004年にアヒトが抜けて、私も22歳になっていた。一年遅れで入った短大を卒業し、社会人になっていた。就活を一切しなかったので、初っ端から派遣で、べらぼうに残業した。遊びに行く暇がなかった。精神的余裕もなかった。チケットを取ってその日に休んだり早上がりをするという発想はなく、必死に仕事をして、音楽からもライブからも、それまでとは考えられないほど距離ができていた。
ナンバガの解散もスパカの解散も見届けて、インターネット環境もなくなり、新しい情報が入って来なくなって、新しい音楽もほとんど聞かなかった。職場で先輩がかける音楽を聴くようになった。アンサリーとかそういう落ち着いた音楽。アンサリーの中に細野晴臣を見つけて興奮したり、そのくらいになっていた。四大生だった元旦那は相変わらず学生生活を満喫していたけど、満喫しすぎて就活せずニートになった(同棲していた)ので、その生活も支えなきゃならなくて、必死だった。そういう具合に私は音楽から離れ、もちろんアヒトのこともVOLAのことも、知識として入ってはきてたけど、音源に触れないまま、今になってしまった。
そして結婚して、子どもを産んだ。余裕なんか全くなくて、必死だった。テレビからはEテレが常に掛かり、音楽を聴く余裕なんてなかった。とにかく落ち着きたくて、アンサリーとかプリドーンとかよしのももことかその位しか聞かなかった。向井もZAZENもアヒトも私の中で過去になっていった。
そんで6年で主婦クビになった。
あっけなくクビになった。
鬱になって、引きこもった。
2019年、私は37歳になっていた。ナンバガが再結成するわけだが、当時ネットからも引きこもっていて、最初知らなかった(別居中の元旦那はちゃっかり2発目のライブの野音に行ったらしい)。何年か前にめちゃくちゃ久しぶりに行ったライブ、Coccoで隣になったアメリカ人の友達が、再来日するのに合わせてナンバガに行きたいと連絡が入った。まじ?えっ?って感じだった。ナンバガ再結成しとるん?ってなった。豊洲のチケットを2枚、めちゃくちゃ後ろの番号だったけど転売で高値で購入して、若かりし日の杵柄、モッシュピット攻略法(コツがあって、どんなに番号の悪いチケットでも人に迷惑をかけずに三列目まではいける)を使い、なんと最前列中央までいった。
久しぶりにみるアヒトは緊張してるように見えた。向井の一挙手一投足に集中して、少し怯えたような表情をしているように見えた。アンコールの二曲目で足が攣っていたようにも見えた。でもアヒトは最後まで最高のドラムを叩ききったし、めちゃくちゃかっこよかった。アヒトーーー!とアヒト愛が堪えられなくなった。ナンバガの再解散まで何回だ?4回?5回?高校生の頃を取り戻すかのように行ける限りの久しぶりのナンバガに酔いしれた。アヒトの表情が段々優しくなり、イキイキとしていったように見えた。イースタンユースとの野音は最高に良かった。アヒトめちゃくちゃかっこよかった。まじで堪らんかった。1人参戦だったけど、最高にいいライブだった。
話を元に戻そう、呼び捨てをする存在だったね、今日の本題。短くするとか書きながら今5500。私は一つのnote4000目安にしてるから、全然短くねーじゃん。推しの事を語らせたら止まらないのです。だ・れ・か!ロマンチックと・め・て!
そんな感じで、アヒトが好きすぎるんだけど、ここ数日アヒトが落ちてるっぽい。もちろん公開でコメすればアヒト見てくれるかもしれんけど、そんな恥ずかしいことできないじゃん🫣(ガチ恋なので乙女心あるでしょ!どの口が言うとか突っ込まないでくださる?)
アヒトのインスタに1通だけメッセージが送れるっぽい。あたしはアヒトの投稿見るためだけにインスタやってるから(ガチでフォロー1人)、その1通にこの愛を込めて、リンクを貼ろと思う。そう、今日の裏テーマはアヒトに愛を贈ること。
アヒトー!寝れた?
不眠症の歴は私の方が長いと思うから、私はまだ起きてるよ!アヒトに愛を今日届けなきゃって、わけのわからん使命感で眠剤まだ飲んでない。そういう時は達成しないとどうせモヤって寝れない。
今日過呼吸きた?そいこと?大丈夫?
仕事休める?運転きつくない?休めるなら休んで!
あたしだけじゃないよ。あたしはバカでおしゃべりだから、こうやってアヒトとの歴史を語るバカだけど、賢い人はこういう事しないで黙って見守ってるから、あたしよりアヒトを愛してる人はいっぱいいるんだよ?
よしよししに福岡行こうか?それとも東京来ちゃう?
運転中に信号待ちでちゅーするし、サッカー観に行こう?いくらでも東京で無料タクシーするよ!その為に体調不良になって全てサボってやる!
◯日◯時に羽田だわ、◯◯でサッカー見るからそこまで乗っけていけ!っていつでも言って!絶対行くから!サッカー終わるの近くで待ってる!そんで私らも試合するだろ?あたしはフリーランスなんだよ!太ってるけどチャンスくれよ!そんでめためたに捨ててくれ!爆死
6000字を超えました。最後にボラの感想を軽く書いて終わりにします。
ナンバガの音楽はやっぱり4人のものだったんだって実感してます。フロントマンの向井は確かに優れていたし、中心だったと思う。でも、4人があって、アヒトの影響が強くあって、ナンバガの音楽ができあがったんだ!って強く実感してます。私は新しい音源を消費的に聴く事があまりできなくて、新しく何かを好きになると、アルバム一枚一年位かけて聴く(例えば3年前に好きになったフジファブは今やっとアルバムフジファブリックが馴染んできてところ)。だからボラの音楽はまだ全然わかってない。覚えてもいない。でも好きだ!
アヒトをアヒトって呼び捨てにしてるって事は、自分とは住む世界が違うと認識してるから。それは冒頭に述べましたね。
もしね、あたしがアヒトさんとかいなざわ君とか言い出したらそらそういうことですよ。悪いねーみんな!悪く思わないでくれよ!爆死
(それくらい夢見させてくれたっていいじゃないか!こんなにアヒトが好きなんだから!)
30分間25000円も取るわけないし、過ちでもないし、3万円もいらないから、修羅場を見せてくれ!
文春には絶対売りませんのでご安心ください!
7000字に愛をこめて。アピート・イナザワンテのこと愛してる人はいっぱいいるし(ここに!確実に1名!!)、アヒトのこと見続けてきた人もいっぱいいる(ずっとじゃないけどここに!!)、そういう人はアヒトに勇気づけられてきた(ここにいる!!!)から、何かできるなら恩返ししたいって本気で思ってる(ココニー!!!!!)んだよ!繊細さも含めてアヒトだよ!アヒトが大好きなんだよ(だからあたし!!!)。
連絡待ってます!ガチで!ファン食い、オフパコ全然普通なんで、その位夢を見させてくれてもいいと思う(あたしに!!!)。
おやすみ(おはようだといいな)アヒト!
あたしもなんか食べて、眠剤飲んで強制終了するわ。興奮しすぎた。明日福岡いくで?割とガチめに!じゃね!