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ライトノベルの賞に応募する(36)完結!

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「おー真之! 来たか!」
 2週間ぶりに会ったサッカークラブのコーチは僕にそう言った。
「お前! めちゃくちゃ心配したんだぞ?!」
 2週間ぶりに会うタカシは、僕に勢いよく抱きついて、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ごめん、ごめん。」
 僕は、久しぶりに心の底から笑えている気がした。
 4月27日、その日の朝早く、起床時間よりも早い朝6時に、松波さんと畠さんが僕を迎えに来てくれた。僕のために早い時間に朝食もお昼のお弁当も持たせてくれた。施設の職員さんと松波さんたち2人が話し合って、僕がセレクションに本気で取り組んでることをわかってくれたから、運動の時間だけ、サッカー用具の利用が許可された。
 湯川さんや成田さんは、僕が見たいと言ったJリーグや海外のクラブチームのyoutubeの動画をよくDVDに焼いてきてくれて、可能な時間でそれを僕に見せてくれた。ハジメたちとも打ち解けた。それから僕がサッカーの映像を見ていると、みんな集まってきて、僕がその試合のどこを見てるのか知りたがった。みんなボールを持っている選手に注目しがちだけど、それに対するディフェンダーの位置取り、パスを受けようとする仲間の動き。ボールを持っている人そのものよりも、周りの関係が大事なことを、僕はみんなに伝えた。ワンタッチでボールを自分から離さないようにするボールコントロールの技術。そういうことも大事なんだ、そういうことができるからこの選手は技術が高いんだ、だからこのゴールが生まれたんだとか、そういう話をたくさんした。みんなはそれぞれ、リフティングの回数を伸ばしていた。
 僕が一人で練習していても誰も文句を言わなかったし、むしろ必要なコーンとかを、「これからも必要になるし、他でも使えるから」と、用意してさえくれた。使うスペースにしても、融通を効かせてくれた。小さなホワイトボードと駒を与えてくれたので、僕はそこに油性マジックでサッカーコートの線を引き、映像を見ながらとか、練習をしながらシミュレーションに役立てた。
 僕は保護所の生活にだいぶ慣れてきていた。
 施設の中で乱暴な言葉を聞く機会もだいぶ減った。僕の方も、どういう風に気持ちを伝えたら相手にわかってもらえるか、試行錯誤しながら、表現の方法を学んだ。
 ギターも最初に比べたら、全然うまくなったと思う。パワーコードでステイゴールを曲と同じBPMでひけるようになり、ステイゴールドのリフを学ぶか、パワーコードではない普通のコードを学んで、一般的なギターを弾けるように練習するか、丁度話しているところだった。湯川さんが張ってくれた、マスキングテープも、もう要らなくなって剥がした。
 嫌だと思っていたトゥモローもあのキョウちゃんという女の子にリクエストされて、何度かピアノを弾いた。最初ほどの不快感はもう感じなくなっていて、素直に向き合うことができるようになってきた。
 久しぶりの広いコート、思いっきり走れることが心の底から嬉しかった。
「お前ちゃんと練習してきてるのか? なまっちゃいないよな?!」
 タカシはそう言って、僕を煽った。
「当然だよ。」
 僕は気を引き締めて言った。
 この学校の近くの施設に移動するかはまだ結論が出せずにいた。ミワの寝顔は常に僕を支えてくれたし、でも学校に行けるのはいいし、サッカークラブを続けられるのも当然ながら魅力的だった。その話を松波さんたち二人や、湯川さんとも何度もした。セレクションの結果も含めて、相談しよう。そういうことになった。
 とにかくいろんな人たちが、僕の大事にしてるものを大事にしてくれようと、理解し、協力してくれていることが分かった。だから今日ここに僕は来れてる。そういうことがすごく分かった。ありがたいと素直に思った。みんなが僕に、僕の未来の可能性に、期待を寄せてくれている。そう思った。
 お母さんとはまだ一度も会えていない。お母さんの方の準備がまだ整っていない。松波さんたちはそう言った。
「真之! ウソップ! こっち来い!」
「だから、ウソップは嫌ですって!」
 タカシは相変わらず怒っていたけど、それでもちょっと嬉しそうだった。
「今日の作戦をいうぞ?」
 コーチはそう言いながら、ホワイトボードに駒を並べた。
 僕はその一言も聞き逃すまいと、すごく集中してコーチの言うことを聴き、理解し、記憶した。
 僕はスパイクのひもを、ほどけないように入念に締め上げ、きつく結んだ。
「本日天気晴朗なれども波高し。」
「なんですかそれ?」
タカシが聞いた。
「なんでもねえよ。お前たちの初陣だ! 必ず勝ってこい!」
「はい!」
今日に向かう日々そのものが、僕にとっての"stay gold"になるように。



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