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ショートショート 「ファーストの塔(The Tower of First)

 20XX年、世界中の全ての国の人々、つまり全人類は極めて高度に発達した科学技術によって今の我々には想像出来ないほどの豊かな生活を送っていた。

 その昔、とある国で湧き上がった「自国第一主義」の思想は、あっという間に各国に伝染していき世界中を席巻した。

 そして「自国第一主義」という思想は「自国民が1番優秀」との思想に繋がっていったことから、科学技術分野を中心に1番になることでそのことを証明しようと各国間で熾烈な研究開発競争が始まったのである。

 結果、世界各国が切磋琢磨しあうことで、あらゆる産業において飛躍的な技術革新が次々と成し遂げられていった。

 全人類が大変裕福で幸せな生活を送れているのは、その恩恵なのである。

 国際協力・国際協調といった言葉は死語となり、国連もとうの昔に解散していた。 

 人々にとっては、自分達よりも優秀な国民の存在を認めることになってしまうことから、他国に研究開発で遅れを取ることのみがたった一つの不安材料であった。

 最近の科学技術開発競争のトレンドは、AIである。

 これまでにも各国が切磋琢磨してきたAIの研究開発成果により、それぞれの国でほとんど神の領域にまで近づいていた。

 今では、AIが神そのものになることを目指した研究開発に各国が躍起になって取り組んでいる。

 それは、かつてあった軍事技術の開発競争の比などではない。

 1番最初に神の領域に達することができた国が全知全能の神の力を掌握できるのである。 自国民の能力が世界一優秀であることを証明できるばかりでなく、世界制覇できる力を得ることになるからだ。

 各国ではこれまで以上に自国の技術者を総動員して1番乗りを目指した。

 あと一歩、ほんのもう少しで神の領域に達する所までに各国のAI技術は迫って来ていた。

 そのような時、たまたま神様が、神様にとってはほんの庭の片隅でしかない大宇宙の、そしてそのまたほんの片隅でしかない銀河系の側を通りかかられた。

「ん、なんぞ聞こえたようじゃが、余の聞き間違えかのう。まさか余に取って代わろうなどと申しているわけではあるまいな。そんな大それたこと、口にするだけでも大罪じゃからな」

 神様はその声が聞こえたと思えた場所である地球に、ちょっとお立ち寄りになり確かめてみることにされた。

 神様が雲の切れ目から下をお覗きになると「頑張れ、あともう少しで完成だ。我々が神を創り出すんだ」そういった声が地球上のあちこちから聞こえてきた。

「ほー。まさか本気で余になろうとしているとはのう。これは見過ごすわけにはいかん」

 お怒りになられた神様は人間への戒めとして、このまま研究開発を続けることができないよう混乱に陥れてやろうと思われた。

「さーて、どのような手を使ってみるかのう」

 神様の耳に地球上のあちこちからまた声が聞こえてきた。
「我が国が1番乗りするんだ。我が国民が1番優秀なのだ。他国にそのことを思い知らしめてやるぞ」

 「そうか、この者らはそんなに我が国だけが大切なのか。よーし、わかった。ではこうしてやろう」

 神様がそのお手をさっとお振りになると、地球上の全ての人々の心の中にある意識が植え付けられていった。

 結果は見るまでもないと、神様は振り返ることなく銀河系をさっさと後にされた。

「あれ、なんで俺はこんな馬鹿な奴らと一緒に研究開発をしているんだろう。俺様1人だけの能力で成果を出しているのに。さあ、この研究室から出ていってくれ。世界1優秀な俺様の邪魔をするんじゃないよ」

「何言ってんのよ。誰があんたみたいな能無しと組んで研究できるかって言うのよ。私の研究のおこぼれに与ろうなんて図々しいったらありゃしない。あなた、世界で1番優秀な私の研究成果を盗むつもりでしょう」

 地上の人々が、皆、自分のことこそが1番だと思い込み、自分の利益のことしか考えられないようになった。

 各国のAI研究開発チームはすぐに瓦解した。 

 その他のあらゆる分野でもいがみ合いが勃発するなど、各国の科学技術は発展どころか維持もできなくなり後退していった。

 「自分が第一」「自分さえ良ければ全て良し」との意識がはびこり、「協力」「強調」「思いやり」の気持ちがまったく消え去ってしまった人類はその後とうとう・・・。


国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センターHP( 特集・コラム 科学技術の潮流 -日刊工業新聞連載- 第21回「次世代AI開発 脳・情報科学を融合」から抜粋
https://www.jst.go.jp/crds/column/choryu/021.html