見出し画像

あれは彼の最後の意地だったのかもしれない

街は23時を過ぎたころ。
私は仕事を終え帰宅するのに人気のない路地を歩いていた。

自宅近くの公園の前に一人の若者がいた。
見た感じは若いけれど、もしかしたらそれなりの年齢かもしれない。
彼の茶髪はまるで『東京リベンジャーズ』のキャラみたいに夜の闇に浮かんでいた。


それだけなら別に気にはしない。
だが、彼は四つん這いになっていた。

こんな時間に路上で四つん這い?
コンタクトでも落としたのか?
なにかしらの羞恥プレイか?

他に理由があるかもしれないけどそんな姿を見られたい人なんて相当な癖でもないかぎりいないだろう。
だから、何も見なかったふりをしてそのまま通り過ぎた。
もし助けが必要なら、彼の方から声をかけてくるだろうし。

数歩歩いたところで、後ろから低い嘔吐の音が聞こえてきた。
おそらく公園で吐こうとしていたが間に合わなかったんだろう。

いや、違う。

彼は公園の中で吐こうとしたわけじゃない。
できるだけ道を汚さないように車道の排水溝にリバースしたのだ。
吐くにしてもできるだけ世間様に迷惑をかけないという最後の意地だったのかもしれない。
誰もが見せたくない弱さを、彼はどうにか隠そうとしていたのだ。男気に泣ける。

その姿にちょっと感動してしまった。
人間の脆さと強さ、そして人生の儚さをあらためて教えてくれた。
夜の路地で見た一人の若者の姿。
それはたしかにドラマだった。
今夜は酒を飲まずに、彼の姿を胸に刻みながら眠ることにする。
ともかく飲みすぎはよくない。