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プラント建設における保険

プラント建設には機材調達からプラント引渡完了までさまざまなリスクが存在します。リスクはプラント建設に関わる関係者(施主・コントラクター・サプライヤ・サブコン)の間で分担されますが、その一部を保険会社にヘッジすることが通常です。本記事ではプラント建設において利用される保険について見ていきたいと思います。

  1. プラント建設に伴うリスク

    プラント建設は大規模・長工期という特徴から、材料や労務費の高騰、機材の不適合、第三者からの知財クレーム、輸送中・工事中の事故、サプライヤー・サブサプライヤーの倒産等、さまざまなリスク事項が考えられます。

    これらリスク事項のうちの一部は保険会社にヘッジする事が可能です。保険がカバーする損害は大きく分けて物損(あるものが破損・滅失した場合の修理費・代品購入費)と損害賠償責任(他人に人的・物的損害を与えた事に対する賠償責任)に分類されます。

    保険でヘッジ可能なリスクは一部であり、大部分のリスク事項や損害はプロジェクト当事者の誰かが負うことになります。通常担当する所掌や各社の知見分野をベースに割り振られますが、関係者間の力関係で決まることも多いのが実態です。

  2. 保険契約のアレコレ

    ①保険契約では保険会社と契約を締結する契約者と保険で補填される対象となる被保険者(Insured)は別に扱われます。保険契約者と被保険者は同じこともありますが、契約者以外を被保険者に指定する事もあります。例えば工事の賠償責任保険であれば、保険契約者は施主又はコントラクタ、被保険者は施主・工事業者・サプライヤの3者を指定する事があります。

    ②物損を対象とする保険の場合、被保険者は保険会社から保険金を受け取りますが、物損の加害者がいる場合はそれで終わりません。保険会社は保険金の支払いに代わり被害者である被保険者から加害者に対する損害賠償請求権を譲受け加害者に賠償請求を行います。このようにして取得する請求権を求償権と呼びます。プラント建設の関係者が加害者になり得る場合や求償権を行使されると困る場合、割増保険料を支払う事で一定の対象者には求償権を行使しない保険特約(求償権放棄特約=waiver of subrogation)を設定する事が可能です。具体的には輸送会社との輸送契約時求償権放棄特約の付保を求められる場合、コントラクターが付保する組立保険において施主・サプライヤを放棄対象として指定する等という事例があります。

    ③各種保険は、不測・突発事象により対人・対物で物理的損害が生じていることが発動条件になります。梱包不良など関係者がコントロールできる事象による損害、納期の遅延といった非物理的な損害では基本的に発動しません。

    ④保険有無・保険金支払いと損賠賠償責任の関係について混同されることがあります。保険とは、賠償責任を負った場合に保険会社が加害者の損害を補填するという加害者・保険会社間の契約であり、加害者と被害者の間では関係ない話です。保険でカバーされない又は保険金が損害賠償すべき金額より低かったとしても、これとは関係なく、被害者は加害者に対し被った損害額を請求することが可能です。

    ⑤欧米系の施主の場合、工事現場におけるリスク分担・保険付保のあり方としてKnock-on-Knockという考え方があります。これは施主・コントラクターの間で対人・対物損害が生じた場合において加害者側を免責=被害を受けた側が自社で負担するものとし、自社の負担に備えてお互いに必要な保険を付保しておくというものです。事故時の紛争発生リスクを最小限にするという観点からは合理性はありますが、この内容に沿った保険を契約できるのか予め保険会社と念入りな確認が必要となります。

    以下では場面に応じてどのような保険が利用されているか見ていきます。

    ①サプライヤで製作中に生じた機材の物損 / 企業財産保険
    サプライヤで製作中に生じた機材の物損は、その時点でサプライヤが危険を負担しているため、自ら負担する事となります。そのリスクに備えてサプライヤは企業財産保険(保険会社により名称が異なります)を付保することが可能です。この保険は企業が所有する財産(顧客向け機材、材料、機械、建物等)の物損をカバーするものです。付保要否はサプライヤの判断なので発注者から付保を求める場面は通常考えられません。

    商品概要 | 企業総合保険(財産補償条項) | 東京海上日動火災保険 (tokiomarine-nichido.co.jp)

    ②サプライヤ工場から工事現場までの輸送中に生じた機材の物損 / 貨物保険
    輸送中の物損の負担=危険は、当初はサプライヤが負いますが、輸送途中に発注者に移転します。そのタイミングは契約書で規定する危険移転の時期で決まり、通常国際取引であればインコタームズを適用するのでその規定に従う事になります。

    輸送中の物損は貨物保険でカバーします。上記の危険移転時期=適用するインコタームズによって保険契約者や保険内容が異なってきます。コントラクターの立場では、どのケースにおいても、サプライヤ工場から工事現場到着するまでの間を継ぎ目なくカバーし、またICC(A)(後述)を適用することで充分な補償を受けられるようにすることが肝要です。

    保険を付保しないで物損が生じた場合、天災など加害者がいない場合は回収できませんし、加害者がいる場合も輸送会社の場合は基本的に全額を回収することはできません。輸送会社は条約・法律で保護されていて輸送中の事故により荷主に負う損害賠償額の上限が設定されています。例えばヘーグビスビールール(Hague Visby)が適用される運送契約であれば貨物1kgあたり2SDR(約400円)、1梱包 666SDR(訳13万円)が上限となり、それを超過する部分は荷主が負担することになります。

    各インコタームズでの保険契約者や保険内容について以下見ていきます。

    (1)EXWの場合
    サプライヤ工場で引き取り可能な状態になった時点で発注者に危険が移転するため、発注者は工場での積荷作業から最終目的地の工事現場までをカバーした貨物保険を付保する必要があります。

    (2)FOB/CFR/CIFの場合

    ①サプライヤは船積港での船積みが完了するまで危険を負担するため、その完了までの物損に対しサプライヤが貨物保険を付保します(輸出FOB保険等と呼ばれます)

    ②船積みから工事現場への到着までの間は発注者が危険を負担します。FOB/CFRの場合、発注者が貨物保険を付保しますが、その貨物保険にはFOB attachment clauseが付帯しており、保険カバーが開始するのは発注者に危険が移転した以降=船積み以降と条件付けされています。CIFの場合、サプライヤが船積みから揚地港到着までの付保するのがインコタームズ上の規定になりますが、揚地港から工事現場までのカバーが漏れるため別途手当が必要です。合理的なのはサプライヤが用意する保険契約のカバー範囲を揚地港到着までから工事現場までに延長するよう機材契約書で規定する事が考えられます。またCIFにおいてサプライヤが付保義務を負うのはカバー範囲が最も小さいICC(C)となります。プラント機材の輸送事故のリスクは低くないためICC(A)の付保義務を課すよう、こちらもサプライヤとの契約書で規定すべきです。

    (3) FCA/CPT/CIPの場合
    危険移転の時期を船積みからコンテナヤードに読み替えることで(2)に準じます。

    (4) DAP/DPUの場合
    危険は揚地におけるDAP/DPUで指定する場所において移転するため、そこまではサプライヤが、そこ以降は発注者が貨物保険を付保します。尚、DAPの場合は荷下ろし準備完了時、DPUは荷下ろし完了時に危険が移転します。

    (5) DDPの場合
    危険は最終目的地である工事現場で荷下ろし準備が完了した段階となります。そこまでの危険はサプライヤが負う事となり、サプライヤが貨物保険を付保するため、発注者の付保は不要です。

    貨物保険は全ての機材の物損をカバーする訳ではありません。梱包の不良、さび等は発注者・サプライヤが予防すべき課題であり、貨物保険では免責とされています。国際商工会議所は貨物保険の補償条件を標準化していて、ICC(A)(昔はAll Riskと呼ばれてました)、ICC(B)、ICC(C)の3種類があります。ICC(A)が最もカバー範囲が広く、(B)、(C)の順に減っていきます。

    保険条件|外航貨物海上保険|法人のお客さま|三井住友海上 (ms-ins.com)

    貨物保険の金額は慣習としてCIF相当金額(機材の契約価格+海上輸送費+貨物保険料)の110%とします。100%ではなく110%とするのは、売買契約などで商品が滅失した場合はCIF相当金額の実費だけでなく輸入者が期待していた利益も喪失する事からその期待利益を10%程度と見做して上乗せするという考え方に基づいているようです。一方プラント機材の観点でみると、輸送中に破損した機材の処分費、破損機材の輸入手続き時の関税といった追加費用に充当する予備費と見做すことも可能です。110%を超えた金額の付保は通常保険会社が引き受けません。

    ③工事現場到着からプラント運転開始まで / 組立保険(EAR)
    工事現場に到着してからプラントの完成・施主への引渡完了までの間、機材は工事現場で保管・設置されます。通常その期間の危険はコントラクターが負担しており、物損が生じた場合は自ら修理・代品調達の費用を負担する事になります。このリスクをカバーするためにコントラクターが発注付保するのが組立保険であり、英語ではEAR(Erection All Risks)などと呼ばれます。

    機材の欠陥に起因する損害は、国内の組立保険では標準的にカバーされるケースが多いですが、海外の組立保険では機材欠陥に起因する損害は不担保とする条項がつくことがあるので注意が必要です。具体的にはLondon Engineer Group (LEG)が定めたLEG 1~3で類型された不担保条項が実務で使用されることがあり、LEG 1は機材欠陥に起因する物損は一切不担保、2は事故前の原状復旧費まで担保、3は必要な改良費まで担保となります。LEG3は事実上サプライヤの瑕疵担保責任の一部を引き受けるような内容のため、保険マーケットで引き受ける保険会社は少なく、LEG 2までが通常です。

    ④プラント運転開始後 / 企業財産保険
    プラントの運転開始後に設備等に生じる物損は施主が付保する企業財産保険でカバーします。

    ⑤工事中に生じた事故等による賠償責任 / 賠償責任保険 (Third party liability insurance等)
    今までは物損に対する保険を時系列で見てきましたが、ここからは賠償責任保険になります。他人にけが等の対人損害を負わせたり、他人の財産に損害を与える対物損害を与えた場合、加害者は過失がなかったことを証明しない限り被害者に対し損害賠償する責任を負います。加害者が被保険者である場合、保険会社が賠償額を補償するのが賠償責任保険となります。但し被保険者の故意等の免責事項はあります。

    プラント建設では、施主又はコントラクターが保険契約者として、施主・コントラクター・サプライヤ・サブコンを被保険者とする第三者賠償責任保険を付保することが通例です。賠償責任が生じる場面として、施主は不適切な現場での指示により事故が発生した場合、コントラクターは工事中の監督不良等で事故を起こした場合、サプライヤは据付・試運転等で工事現場に監督者を派遣している際にその監督者の指示ミスなどで事故を起こした場合が例として考えられます。

    保険商品によりますが、保険の標準条項では、補償対象は被保険者以外の第三者に対する対人・対物損害となることが通常です。つまり被保険者間で生じた賠償責任は標準条項ではカバーされない可能性があります。しかしプラント工事の実態を考えると被保険者間で対人対物事故が発生する可能性は高く補償範囲に含めるべきなため、交差責任特約(cross liability)を付けて被保険者間の事故もカバーする事が通常です。

    被保険者にサプライヤを含めない場合、サプライヤに監督者の派遣期間に限定してスポットの賠償責任保険を付保させることもあります。

    また、工事時の事故などで自社の従業員が被災したことに対し負う損害賠償責任はこちらの保険は補償外となっており、次の労災保険でカバーする事になります。

    ⑥工事中に自社の従業員に生じた事故等による賠償責任工事 / 労災保険
    自社の従業員が工事で被災した場合の保険は、プロジェクト関係者各社が付保する労災保険となります。

    ただ労災保険は治療費の現物支給など補償内容が薄く、被災した従業員が会社に対し慰謝料等の損害賠償を求める場合もあります。その場合に備える保険として労災上乗せ保険(Employer's liability insurance等)が存在します。

    ⑦機材の欠陥で発生した拡大損害 / 製造物責任保険(PL保険)
    機材の設計・製作等の欠陥により対人・対物損害が発生した場合、サプライヤは製造者として被害者に対して賠償責任を負います。被害者はサプライヤの過失を立証せずとも欠陥があった事、損害が生じた事、それらに因果関係があった事を立証すれば賠償請求可能です(製造物責任)。こうした製造物責任による賠償責任を補填するためにサプライヤが自らを被保険者として付保するのが製造物責任保険(PL保険)となります。

    製造物責任は製造者であるサプライヤが負うものですが、コントラクターの顧客である施主が被害者から賠償請求される等して損害を被った場合、次は施主からコントラクターに対して瑕疵担保責任等を根拠に賠償請求される可能性があります。その場合に備えて、コントラクターとサプライヤ間の契約書で製造物責任保険の付保を義務付けたりコントラクターが賠償請求された場合はサプライヤが賠償するといった条項を規定する事があります。

    製造物責任保険は損害発生国を指定して付保する形となります。サプライヤに付保を求める場合、プラントが設置される国がカバーされているか確認する必要があります。訴訟大国のアメリカを対象国に含める場合、保険料は非常に高くなるので要注意です。


    本記事ではプラント建設に関連して頻出する保険についてざっと見てきました。保険は専門用語が多く、また概念的にも分かりづらい点があり、とっつきにくい分野です。しかし、体系的な知識を身に着けることで、サプライヤとのリスク分担交渉での行き詰まりがあった場合保険によるリスクヘッジが解決策になることもありますし、保険条項に関し円滑に協議を進めることができるようになります。本記事をきっかけに保険について理解を深めて頂ければと思います。

    記載内容の正確性には気をつけていますが、間違い・勘違いが含まれている可能性は否定できませんのでご理由下さい。


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