説明のできない『Jazz』の良さを説明したい
Jazzって何?
皆さんは『Jazz』をご存知ですか?
サックスとかで即興で演奏する方のジャズではないです。即興は即興でも、今回はマジックのお話。
前回のテトラタッチに続くマジックのコンテンツのレビュー第二弾になります。
CAUTION⚠️:以下、マジックに関する(ネタバレではないけどそれなりに専門的な)お話が出てくるので、そういうのを知りたくないという方は他の記事を見てね!!
紹介するのは『Jazz』というマジックのレクチャーノート。
著者はでいしゅうさんという大阪のマジシャンです。
https://mobile.twitter.com/magic_deisyu
『通りすがりのDani好きさん』でお馴染みの、でいしゅうさんは日本最強のDani Daortizマニアの1人であり、“The Trick That Cannot Be Explained”(説明のできないトリック)の研究者でもあります。(筆者調べ)
『Jazz』には
借りたデックで、観客に混ぜさせた状態、つまり即興で始められる「説明のできないトリック」を含む5つの手順と技法1つ、それに関連する考察、さらに非常に嬉しいことに実際の演技映像の動画リンクが含まれています。
難易度
難易度:やや難しい〜難しい
カードマジックにおける指先のテクニック的な難しさはそれほど要求されないのですが、『Jazz』の作品を不思議に見せるにはそこそこの経験値が必要になります。
手順さえ覚えてしまえば出来てしまうよくあるカードマジックではなく、状況に応じて考えて、ゴールまでの道筋を変える必要があります。
また、何よりも観客とのやり取りが重要なマジックなので、カードマジックを人前で演じた経験値がダイレクトに物を言う、中上級者向きの内容になっています。
テクニック重視ではないと言いましたが、テクニックを蔑ろにしているわけではなく、むしろテクニックを多く身につけていた方が断然不思議になります。
言い換えるなら、ある程度のテクニックを身につけているのを前提として、それ以外のものが多く要求される作品になっています。
観客の反応を見ながら状態を確認して考え、最適な道筋を選択していかなければいけないので、カードマジックに親しんだ人でも自然に見せられようになるには慣れが必要になるマジックだと感じました。
結論。
構造自体は比較的シンプル。簡単にも思える。しかし不思議に見せるにはそれなりの練度が必要になる内容。
追えない不思議さ
ここまでの説明で
「テクニック重視じゃないんだ……」
「ビジュアルじゃないのか……」
「考えるのはめんどくさそう……」
「難しいのは嫌だ……」
のように感じて、この素晴らしい作品集を見送ってしまうのはもったいない!
「説明できないトリック」はテクニックではなく、構造でカードを追っていくため、怪しい動作なしにその場の状況に応じて変化する「何度見ても追うのが難しい」マジシャン殺しの手順と言えます。
こう書くと、マニア向けの作品のように聞こえますが、実際にはマジシャンでないお客さんにものすごくウケます。それはもう悲鳴が上がるくらいに。
近年はSNSやYouTubeなどでたくさんのマジックの動画を見ることができ、中にはトリックの中身を解説している動画もあります。
つまりマジシャンではない人が以前より簡単にマジックの種を知ることができるようになってしまっています。
しかし、『Jazz』に入っている作品はそもそも種がない。バレる心配がありません。同じマジックでもその時々で内容が変化するので2回目以降もばっちこい。
『Jazz』を一通り読んで演じてみた僕自身が、でいしゅうさんの演技映像を見て引っ掛かったのです。観客が手順を追うことは不可能と言って良いでしょう。
そしてウケます。めちゃくちゃウケます。(大事なことなので2回言いました)
マジックに見慣れた観客であっても、驚くほど大きな反応が貰えます。
大学で1度見せた先生が、その次の週に同じマジックを見て
「何これ知らない!すごい不思議!」
と目を見開いていたぐらいです。
『jazz』は一般のお客さんにもマジシャンにも通じる、一粒で2度美味しい強力な武器になるはずです。
収録内容
収録されているのは
Jazz much
JQ-marked
JQ-Poker
JQ-4location
説明の出来ないトリック
の5手順
Jazz Quartet
の1技法
そして
考察とクレジット、あとがき、演技動画のリンク
レクチャーノートは非常に丁寧で分かりやすい解説で理解しやすいでしょう。
演技のポイント、想定されうるパターン、想定外のことが起こった時の対応について丁寧に書かれているため、実演で困ることはほぼありません。
しかしこのマジックの構造上、リズムやタイミング等の実際に誰かに演じてみないと分からない部分が多く含まれるのと、演じた経験値がダイレクトに不思議さに還元されるため、ノートを読んでおしまいにするのではなく、人前でマジックをする機会があったらどんどんトライした方がいいと思います。絶対に。
演技映像のリンク
まずはここから見てください。
この手のトリックは現象としてはシンプルなので、文章で理解しやすいのですが、やはり実際の演技を見るのとそうでないのでは大きく違います。
できれば解説ではなく演技映像から見るのをお勧めします。
と、書きつつ、下の作品紹介でがっつり現象を書いてしまっているのですけど、大丈夫です。なんなら解説を読んだ後に見たとしても気持ちよく騙されます。
じゃあ解説を先に読んでもいいんじゃないかと思うかもしれませんが……
無限ループするなこれ。
とにかく、レクチャーノートを買ったら、はじめに演技映像を見てくださいね!
次に収録作品を1個ずつ紹介します。
Jazz Much
現象:1枚カードを選んでもらい、マジシャンにも観客にも分からない状態で裏向きで置いておく。デックの上から数枚カードを持ち上げてもらい、さらに1枚カードを選んでもらう。この選んでもらったカードのマークがはじめに選んでもらったカードと一致し、さらに持ち上げたカードの枚数がそのカードの数字と一致している。
『Jazz』の1番目の作品であり、でいしゅうさんが最初に考えたJazz。だそうです。
僕はこれを後述の「説明の出来ないトリック」に続けて演じています。
セレクトカードを観客もマジシャンも見ていない状態から観客が当ててしまう、というこのマジック。
読んだだけでは地味な現象に見えますが、マジシャンではなく、観客自身が伏せてあるカードをじわじわと当てていくので不可能性が高く、びっくりするくらいウケます。
実際に見た人はカードが当たっている不思議さに沈黙し、観客自身が当てた事実に困惑します。周りで見ていた人からサクラを疑われることもしばしば。
それとは逆に、台詞を調整してカードを開ける前に不可能性を念押しすると、悲鳴のような歓声をもらえます。
構成自体も比較的シンプルで、この手のトリックの入門編にぴったりのトリックだと思いました。
Jazz Quartet
Pit Hartling、Denis Behr の『Quartet』を十分に混ぜられたデックで即興的に行う手法。
この手法が以下の4作品を演じる上で必要になってくるのですが、繰り返しの練習による慣れが必要になってきます。
この手法の習得難易度がかなり高いため(人によるとは思いますが)、その先の作品を無理だと諦めてしまった人も多いでしょう。
1年前に一度読んだ僕もその1人でしたが、今現在、この手法を練習しながらもったいないことをしたなと感じています。
地道な鍛錬によって習得できるものですが、一度覚えてしまえば様々なカードマジックに応用できる力を秘めた手法でしょう。頑張るぞい。
JQ-marked
現象:観客からデックを借り、好きなカードの数字(1〜13)を言ってもらう。マジシャンは借りたデックには裏にマークが付いているので裏から見てカードが分かると言って、裏向きのまま、好きに言ってもらった数字のカードを4枚探し当てます。
『Jazz Quartet』を使って頑張る手順。
マークドデックじゃないのに、あたかもマークドデックかのような現象が起こります。
収録作品の中で一番ちゃんと『Jazz Quartet』を使う脳筋マジックです。『Jazz Quartet』の練習曲としてみるのが良さそう。
マジシャン友達に借りたデックで、ゆっくりだけどすごい頑張ってやったらウケました。練度が高かったらもっと良い反応が貰えただろうなぁ……
マークドじゃないのにマークドみたいに演じるジョーク要素の多い手順なので、デックを貸した人が加害者っぽくなってなかなか面白いです。マジシャンがいっぱいいるところで演じると良いかも。
JQ-Poker
現象:1〜13の数字の中から一つを自由に言ってもらったのち、デックからカードを1枚選んで覚えてもらいます。
選ばれたカードをデックの中に戻してもらってから良く混ぜ、ポーカーをやると言ってマジシャンを含めた4人にカードを配りますが、選んだカードをマジシャンの手札にコントロールすると言います。
5枚ずつ配り終えると、選ばれたカードがマジシャンの手札にあり、さらに残りの4枚が全てはじめに言ってもらった数字のカードになっています。
ポーカーデモンストレーションの手順。
頭を使う部分は少なめですが、収録作品の中ではテクニックの要求難易度が高めに感じるかもしれません。
日本ではまだなかなかウケが取りにくいですが、ここ最近ポーカーブームが来ているので、可能性を秘めた手順だと感じました。
選ばれたカードが出てくるだけでなく、自由に言ってもらった数字のフォーオブカインド(同じ数字のカード4枚)がそろう気持ちよさが良いですね。
ポーカーを知らない人には『ロイヤルストレートフラッシュ』と言われてもなんのことだかちんぷんかんぷんですけど、選んだカードが出てきて、同じ数字が4枚揃う現象は面白さ、不思議さが伝わりやすいです。ポーカーがわからない人が観客にいても演じられることも『JQ-Poker』が優れていると感じたポイントです。
JQ-4location
現象:言ってもらった好きなカード(例えば❤︎7)を抜き出して混ぜてからカットしてもらい、観客に1枚ずつ配ってもらって好きなタイミングで止めてもらうと、そのカードがなんと❤︎7である。
さらに他の7を探すと言って残ったパケットから3枚のカードを選んでもらうが、それは7ではない。
しかし、選ばれた3枚と同じ数字の枚数目を配ってもらうと残りの7が出てくる。
超賢い……
このレクチャーノートの中で最高難易度だと思います。
『Jazz Quartet』に習熟しているのを前提として、状況に応じた場合分けと対応力が求められ、自然に見せられるようになるまでにはかなりのトレーニングが必要になるでしょう。
文字だけでは現象が伝わりにくいのですが、でいしゅうさんの演技映像を見ると魔法にしか思えません。現象を説明すると長くなるのですが、見た目は意外にもすっきり。しかし……解説を読んだはずなのに超不思議。
『Jazz Much』や『説明の出来ないトリック』は演じ方によってはあたかも“偶然”かのように見せることができますが、こちらは偶然っぽく見せても、現象が重なることで魔法感が強くなります。
「まじかすんご……嗚呼、そうだ。Jazz Quartetの負担も少なめだし、把握することも少ないから……いやおかしいでしょ!本当に同じことしてる?!脳にスパコン入ってるんかい!!!!(解説を何度も読んで演技映像を3度見した直後の魂のツッコミ)」
でいしゅうさんの練度が高すぎて魔法にしか見えませんが、技法の練習と同じくやればやるほど練度が上がってくるはず。
しかも指が動かないとか手が小さいとかの制約がありません。目と脳みそをちょっと動かすだけの簡単な……簡単な(筈がない)お仕事です。
本当に素晴らしい手順だと思います。できるようになりたい……!!
説明の出来ないトリック
現象:好きなカードをコールしてもらった後、観客にデックの半分ほどを持ち上げてもらうと、自由に持ち上げてもらったのにも関わらず、コールされたカードが出てきます。
誤解を恐れずに現象を端的に書きましたが、観客はそう感じます。
最近僕が「何かやって」と言われた時に最初に演じるマジックの一つになっています。
Jazz Quartetを使うのが基本の方法ですが、このマジックに限り、それを使わずに演技可能だと思います。実際に僕はそうしてます。
僕がよく演じる環境はクロースアップマットが敷いてある綺麗なテーブルなどなく、カードを置く場所がないところで立って演じることも多いのですが、十分演技可能です。
このマジックに続けて『Jazz Much』を演じることが多いのですが、『説明の出来ないトリック』単体でも十分な反応がもらえます。ものすごくウケが良い時はこれだけで終わることもあるくらいです。出し惜しみも大事。
何度か試してみたところ、『説明の出来ないトリック』→『Jazz Much』の順に演じると観客の反応が良いです。
現象や手続きが『説明の出来ないトリック』の方がシンプルなので構成としてはこれで良いのですが、個人的にはベストオブ『Jazz』の手順。
構造が驚くほどシンプルで驚きました。しかし、演じれば演じるほど、その巧妙さ、状況設定の絶妙さに感嘆しました。
レクチャーノート『Jazz』のコンセプトは即興を楽しむ、偶然を楽しむことだと感じましたが、この手順はとても手軽にそれを味わうことができます。
その時々の観客と状況に、一期一会に対応する楽しさをこの傑作で感じてください。
考察
即興で演じるコツ、説明の出来ないトリック系を不思議に見せるには、サイコロジカルフォース、アウトについての考察が、古今東西の達人達の考えと筆者自身の体験を交えて書かれています。
自分で一からこの分野の研究をしようと思ったら(このレクチャーノートにクレジットされている分の資料だけでも)膨大な時間とお金がかかりますが、分かりやすく端的に、しかも日本語でまとめられているのです。更にそこに素晴らしい手順が5つも付いてくるので実質タダです。
チェックしてない人は買いましょう。ナウ。
クレジット
各作品といくつかの技法にについて載っています。
この資料をいくつかチェックするだけでもとても良い勉強になると思います。
ここまで色々書いてきましたが、肝心要のDani Daortizについて僕はほとんど知りません。“UTOPA”も持っていません。
きっとDaniについて勉強していたら、このレクチャーノートを読んだ感動はもっと大きいものだったことでしょう。
Go To Trickにつかえる
“Go To Trick”とは「何か見せて」と言われた時に即興で見せる手順のこと。
ん?即興?
即興……即興……つまりJazz。
そうです。
突然やってくる「何か見せて」に、余計なセットアップなしに演じることができる『Jazz』の手順はぴったり。
具体的には、『説明の出来ないトリック』、『Jazz Much』の2手順が、テーブルなしでも演技可能で、テーブルスプレッドではなくハンドスプレッドで代用可能です。(もちのロン、原案通りがベストだと思います)
脳内CPUの負担も軽めですので、まずはこの2手順を練習してみると良いと思います。
実際に演じてみて
魔法なのか何かの偶然なのか分からない、現実と不思議との境界線が曖昧なマジックを好んでいるからか、そもそも自分のパーソナリティに合っていたからか、演じていている自分自身が驚くほど自然に演技することができて楽しかったです。
観客によって間や台詞を工夫して、状況に応じて手順を考える、そしてめちゃくちゃウケる。
麻薬でした。
どうすれば辿り着くのか、どうしたら面白くなるのか、常に考えながらマジックをする楽しさに病みつきになりました。
そしてマジックの構造上、同じ相手に繰り返し(日を開ける方が良いですが)できるという点。
アンビシャスカードが大好きな僕にとって、繰り返せるというポイントはとても大きいものでした。
同じマジックを同じ観客にやっているのに「見たことあるやつ!」と感じにくい構造なのがとても良い。
『Jazz Quartet』の練度がまだ低く、演じる環境もあって『説明の出来ないトリック』と『Jazz Much』の2手順を多く演じていますが、ウケが良いのはもちろんのこと、演じていて楽しいです。準備不要なのもSo Good‼︎
『Jazz』の作品は僕の大切な“Go To Trick”のレパートリーになっています。
スタイルに合わせる
ここまで読んでみて、「自分のスタイルには合わない」という人もいるかと思います。
しかし、「説明のできないトリック」系のマジックはカードを扱うマジシャンなら一度は学ぶべきだと思います。
例えばスライトオブハンドが主体の演技をする人でも、テクニックを使っていない様に見える『Jazz』の手順を普段のルーティンにそのまま付け加えるだけで、印象をガラリと変えることができ、演技自体の質、深さが増すと思います。
スタイルに合わないと敬遠するのではなく、自分のスタイルに合わせた演出を考えてみるのも良いと思います。
『Jazz』の作品は手順通りにやれば不思議に見えるものではなく、自分自身の経験値や現場対応能力がものを言うので、即興での対応スキルを磨くためのトレーニングとして最適です。
そして、演じてみると良くも悪くも自分自身が浮き彫りになるので、演技を通して自身のパーソナリティを再確認できる良いレクチャーノートだと思いました。
おわりに
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
ちゃんと全部読んでくれたあなたは神です。
全部読んだけど実は『Jazz』を知らなかったよというそこのあなた。
絶対損はさせないので買いましょう。実質タダですから。
『Jazz』を読んで実際に演じてみたよ!って人は是非教えてください。仲間募集中!!