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【特撰記事③】私の中にも、「植松聖」が棲んでいる。
※これは3月17日に公開された有料記事ですが、特に反響が大きかったので年末特別企画として無料公開しています。
植松聖に、死刑判決が下された。控訴もしない方針だという。
なんだろう。全身の力が抜け出したような虚脱感がある。
いまのこの感情を、私は、率直に書き留めておく必要があるように感じている。
自分としてはあまり認めたくない、できれば直視したくない感情ではある。それでもこの感情と向き合うことは、私が生きていく上でとても大切なことだという気もしているので、やはり、ここに書き留めておこうと思う。
はじめに記しておくと、私は死刑反対派である。「反対派」とまで言いきってしまうと、言葉が強すぎるかもしれない。「懐疑派」といった表現が適切なのだろうか。
死刑賛成派が述べていることも、まったく理解できないわけではない。むしろ、首肯せざるを得ない点だってある。ただ、最後の一点がどうしても腑に落ちず、賛成派には回れずにいるのだ。
「人間の命に、国家という装置が『YES』『NO』を突きつけていいのか」
この問いに、私はどうしても答えを出しきれずにいる。
「おまえは生きていていい」「おまえは生きていてはダメだ」
国家(それを「他者」と言い換えてもいい)にその決定権を持たせることに、私はどこか恐れを拭いきれずにいるのだ。
さて、前提を述べたところで、いよいよ本題に入っていく。
植松に「死刑」という判決が下されたというニュースに触れ、私はどこかで安堵していた。その安堵という感情に触れたとき、私は慄いた。その瞬間、心の奥から、もう一人の自分の声が聞こえてきた。
「おまえは死刑に懐疑的なはずじゃなかったのか?」
そうなのだ。国家という装置がひとりの人間の命を奪うことに対して、私は懐疑的であったはずだ。それなのに、植松に死刑判決が下され、私は間違いなく安堵したのだ。
ここは大切なところなので、もう少し言葉を尽くして、丁寧に説明してみることとする。
今回の判決を聞いて、「ああ、良かった」と心躍るような境地になったかと言えば、それは違う。しかし、「もしも彼に死刑という判決が下されなかったら……」というネガティブな想定をしたとき、私の心は千々に乱れた。「そんなことがあってはならない」という憤りを感じた。だから、“想定通りに”死刑判決が下されたことに安堵したのだ。
ずっと「懐疑的」だと態度を保留してきた死刑制度に、私はついに首を縦に振ってしまったのだろうか。いや、そんなことはない。今回だけは特別だ。いや、特別なんてあるもんか。「今回はOKだけど、普段はNG」などという恣意的な運用ほど危ういものはないはずだ。
自分のなかで激しい葛藤が起こる。正直に言えば、この文章を書いているいまでも、その葛藤は続いている。
そうして、私のなかで、また別の声が聞こえてきた。
「おまえと植松、どこが違うんだ?」
植松は、意思疎通のできない障害者を「心失者」と呼んだ。「生きる価値がない者」と判断した。「障害者は死ぬべきだ」と考えた。
私はと言えば、そうした思想のもとに大量殺人を犯した植松を憎み、「あいつは死ぬべきだ」と考えた(正確に言えば、明確に「あいつは死ぬべきだ」と思ったわけではないが、彼への死刑判決を聞いて安堵したのだから、どこかで「あいつは死ぬべきだ」と思っていたのだと言わざるを得ない)。
私と彼の間に、なんの違いがあるというのだろう。
いや、わかっている。植松は、自身のねじれた思想を実行に移し、罪のない19人もの障害者を殺害した。私は、消極的に彼の死を願っていただけで、なんらかの行動に出たわけではない。両者が、とても同じ土俵で語ることができないほど大きな違いであることはわかっている。
けれど、じつは、私にとっては些細な違いだったりする。私は、思想や判断を大切にしているからだ。
私は植松に対して、消極的にではあるが、「これ以上は生きてはいけない人間だ」と判断を下した。他者の命に、初めてNOを突きつけた。自分でも驚いている。おそらく、人生で、初めてのことだ。
あれほど他者の命に敏感でありたいと思っていたのに。あれほど国家が命に『YES』『NO』を突きつけることに懸念を抱いていたのに。あれほど死刑という制度に答えを決めかねていたのに。
だけど。
やっぱり、悔しかったのだ。
障害者の命を、軽んじられたことが。
とはいえ、自分の中に芽生えてしまったこの明らかなダブルスタンダードと、これからも真摯に向き合っていかなければと思っている。
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