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小説『ヒゲとナプキン』のあとがき、無料公開しちゃいます!

28日に発売となった小説『ヒゲとナプキン』。あとがきを無料公開します。ぜひとも書店もしくはオンラインでお買い求めください!

いまから十五年前の話だ。

「すいませーん、乙武さんですよね?」 

車椅子で明治通りを走行していると、後ろから私を呼び止める声があり、振り返った。そこには二十代前半と思しきボーイッシュな女の子が立っていた。私が立ち止まったことを確認すると、彼女は意を決したように私へ質問をぶつけた。

「あの……乙武さんは手足を生やす手術をしようと思ったことはないんですか?」 

それまで路上で見知らぬ人から話しかけられる経験は幾度となくあったが、いきなり「手足を生やす手術をしようと思ったことはないのか?」と聞かれたのは初めてのことだった。私が目を白黒させていると、彼女は慌てて釈明した。

「突然、すみません。自分は早稲田の大学院に通う杉山文野という者ですが、じつは自分は性同一性障害という境遇で、女性の肉体に生まれたけれど本来は男性だったはずだという感覚が拭えないんです。いずれ性転換手術を受けたいという思いもあるのですが、ただ『性転換』という言葉にどうも引っ掛かりがあって……」 

当時はLGBTQという言葉さえ普及していなかった時代。あまりに突然のことに混乱したが、目の前にいる「彼女」のことは、見た目にとらわれず「彼」だと認識したほうが良さそうだということだけはかろうじて理解ができた。 

彼は続けた。

「友達からも、『文野はどうしてそこまで男性に変わりたいの?』と言われるのですが、『変わりたい』のではなく、あるべき姿に戻りたい、本来の男性の肉体を『取り戻したい』という感覚に近いんです。もし、人間としてのあるべき姿が手足がある状態だとするなら、乙武さんは『手足を取り戻したい』という感覚を抱いたことはなかったのか、一度お聞きしてみたかったんです」 

これが私たちの出会いだった。以来、すっかり意気投合した私たちは飲み仲間となり、一緒に海外旅行に行くまでの仲となった。この十五年の間に、彼は乳房切除の手術を受け、男性ホルモンの投与を始めたことで、すっかり容姿が様変わりした。ヒゲをたくわえ、前頭部の生え際がずいぶん後退した様は、どこからどう見ても立派なオジサンだ。 

念願だった「男性の容姿」を獲得した彼だが、悩みが尽きることはなかった。いくら見た目が男性になっても、戸籍上は女性のまま。法律の壁によって、長年交際するパートナーとは婚姻できない状態が続いていた。一昨年、ゲイの親友から精子提供を受け、パートナーとの間に子どもをもうけた。現在はひとつ屋根の下、家族として暮らしているが、法律上はパートナーとも、そして子どもとも赤の他人ということになる。 

こうした社会の理不尽さは人々の無知と偏見からもたらされていると考える彼は、二〇一三年からNPO法人「東京レインボープライド」の共同代表理事となり、毎年ゴールデンウィークに開催される大規模パレードを運営している(二〇二〇年はコロナ禍のためオンラインで開催)。意見の食い違う当事者間の調整に忙殺され、批判の矢面に立ち、それでいながら収入にはなかなかつながらない。それでも彼が活動に情熱を注ぐのは、ひとえに社会の理不尽さに抗うためだ。 

パレードは年を重ねるごとに盛り上がりを見せ、二〇一九年には二〇万人もの参加者が会場となる代々木公園を訪れた。二〇一五年に渋谷区と世田谷区でスタートしたパートナーシップ制度はいまや全国に広がりつつある。ニュースでもLGBTQという言葉を聞くことはめずらしくなくなった。性的少数者と呼ばれる彼らの存在は、私たちにとってずいぶんと身近なものとなった。 

だが、彼らの存在が身近に感じられるようになったことと、彼らが受けている社会的不利益が解消されたことを決して混同してはならない。それでは二十年前の失敗を、再び繰り返すことになってしまう。 

一九九八年に出版された『五体不満足』によって、多くの健常者≒日本社会は「障害者の存在を身近に感じられるようになった」と感じた。だが、それだけで満足してしまい、障害者が抱える社会的課題に目を向けようとまではしなかった。そこで満足してしまったという意味では私もまた同罪で、人々の視線を課題に向けさせる努力を怠ってきたと非難されても甘受するしかない。 

文野の視線は、より遠くに向いている。

「LGBTQのこと、アンテナを張ってくれている人には正しい情報が届けられるようになってきたと感じます。でも、まだまだその輪は小さい。より多くの人に届けていくには、やはりエンタメの力を借りるしかないのかなと思っているんです」 

そんな相談をしてくれたのは、まさに彼が「父親」となる直前、一昨年の秋のことだ。

「僕が家族を持つまでの思いとか、実際にどんな壁があるのかとか、そういったことを小説に描けないかなと思ってるんです。ただ、僕がそれを書けるかと言うと……オトさん、代わりに書いてくれませんか」 

彼の思いは、強く伝わってきた。そして、その考えも理解できた。確かに、私はこれまで三冊の小説を世に出してきたが、いずれも車椅子の青年が主人公。つまり、「私」を存分に投影させることのできる物語だった。だが、今回において、私は当事者ではない。「トランスジェンダーの物語」であり、「杉山文野の物語」なのだ。それは、私にとって大きな挑戦だった。 

決して自信があったわけではない。それでも引き受けることにしたのは、同志であり、戦友でもある文野の思いに応えたいという気持ちと、そして二十年前の自分の至らなさに対する贖罪という意味合いもあったかもしれない。 

長い時間をかけて、何度も話を聞かせてもらった。友人として知っていたつもりでいたことが、決してすべてではなかったことを思い知らされた。彼の苦悩は、友人にもそう簡単には吐露できないほど複雑で、深いものだった。だからこそ、この苦悩と、社会の仕組みの理不尽さを世間に伝えなければとの思いがより強くなった。 

物語により厚みを持たせるため、文野以外の当事者の方々にも取材をさせていただいた。当事者とひとくちに言っても、その思いは共通するものもあれば、個々によって事情が異なることもあるのだということも学ばせていただいた。また、執筆にあたっては株式会社コルクの佐渡島庸平氏に適宜アドバイスをいただいたおかげで、より読者の感情に訴えかける物語とすることができた。さらに書籍化にあたっては柏原航輔氏に多大なるご尽力をいただいた。両氏にも心から感謝申し上げる。 

ちなみに、十五年前の路上で受けた質問に、私はこう答えた。

「俺は人間のあるべき姿が、手足がある状態だと思ってないんだ。太ってる人、背が低い人、そして手足がない人がいたっていい。だから、そういう手術を受けようと思ったことは、これまで一度もないかな」 

その考えは、いまも変わっていない。ただひとつ、そこに加わった考えがある。身体だってどんなカタチでもいいし、家族だってどんなカタチでもいい。

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このような思いで、小説『ヒゲとナプキン』を書きました。ひとりでも多くの方に手に取っていただき、この物語の登場人物に、そして彼らと同じような思いをしている当事者に思いを馳せていただければ幸いです。

そんな杉山文野氏とのトークイベントが開催決定。詳細はクリック ⬆︎ 

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