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カメラとは、写真を撮る機械です・・・ 兼旅行編 完結編(前編)
カメラへのこだわり
「写真」を撮ることと、「カメラ」を持つことが同義語になっていない自分に気が付き、思い悩む日々を過ごしていましたが、ひょんなことから手にしたジャンクなコンデジ「LX3」。
筐体自体の酷さとは裏腹に、出て来る画はビックリするぐらい良く、今までコンデジを使ってこなかったことを深く後悔しました。
なんとなく「カメラ」と言えば以前なら「一眼レフ」、現在なら「ミラーレス」のカメラカメラしたものを持つことが、ある種の「カメラ」愛好家としての当たり前。見栄えが良いもの、ちょっとゴツイけど「いい写真撮れます」的な、言わばなんて言うかカッコつけてる(私的にはです)、その方がカッコいいように感じていたのは紛れもなく事実です。
「写真」を撮ることに面白さを感じていたころは、「カメラ」がどこのどんな機種なのかなんて、あまり気にしていませんでした。ただ、なんとなく「ニコン」の「カメラ」には憧れがあったので、最初に手に取った「D50」が「ニコン」だったことには必然性があった気がします。
おもちゃのような「D50」でも、自分が撮りたいと思うものに向けて、シャッターを切っていた時の感覚は、今とは全然違っていました。
「カメラ」歴が進むにつれ、面白い感覚は薄れ、ど素人のへたくそ爺のくせに、変に構図がどうとか、ここは後ろボケがこうとか、にわか仕込みの知識を駆使して、なにやら意味のない「写真」を量産していました。
写真へのこだわり
どこかで見栄えの良い「カメラ」を持つことが先行してしまい、かと言ってお高い「カメラ」を買う余裕などあるはずもなく、矛盾した思いが私自身を迷走させることになったいたのでした。
冒頭で書いたジャンク「カメラ」、このなんの期待も持たず、ただ何となくシャッターを切るだけ。そこには画角がだとか、構図がだとかと言う堅苦しい考えはなく、「カメラ」に期待していない分、気楽に「写真」を撮ることに向き合うことが出来たのです。
「カメラ」で撮った画を「写真」として見る。そこには私が見て、撮りたいと思った風景が確かにある。
旅先での思い出、「こんなとこ行ったっけ?」「ここここ、ほんと良かったよね~!」。後から見返してほっこりする、そんな懐かしい思い出の「写真」。
そうかと思えば、『ここ絵になるな』と思った場所で、ヘタクソなりに少々の知恵を使い、自分が思い描く(あくまで自分が!です)瞬間を捉えたときの喜び。『やるな、俺⁉』的な、内心でひそかにニヤつく私(気持ち悪‼)。
今回、「LX3」を使って、以前の自分を取り戻せたように感じています。
ありがとう「LX3」、さんざんジャンクだのと悪口叩いて本当に申し訳ない。何度でも言います、「良いカメラです!」はい。
それでは今回はここまで、次回ホントの最終回⁉では。
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