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『藤河の記』を読む(1)

【旅の行程  その1  文明5年5月2日】

文明5年(1473)5月2日の明方、興福寺大乗院を出発(注1)→  般若寺坂  →  梅谷  →  賀茂の渡り  →  瓶原  ◉詠歌(1)→  泉川を舟で渡河  ◉詠歌(2)→  朝宮の辺りで泊  ◉詠歌(4

【原文】

 さる程に、二日のあけがたに、ならの京(きゃう)をたちて、般若寺坂をこえて、梅谷などいひて、人ばなれ心すごき所々をへて、かものわたりをすぎ、三日の原といふ所に輿(こし)をとゞめて、思ひつゞけ侍り。
  かぞふればあすは五月のみかの原けふまづならのみやこいでつゝ (1
泉河を舟にてわたりて、
  渡し舟棹さすみちに泉河けふより旅のころもかせ山 (2
これよりして、新関どもを、世の乱れに㕝(こと)よせて、おもふさまにたてをきつゝ、旅行のさはりと成にけり。仁木(にき)などいへる領主の、かたがたをこしらへて、㕝ゆへなくはとほり侍ど、心ぐるしき㕝のみありけり。
  さもこそは浮世の旅にさすらへて道さまたげの関なとゞめそ (3
伊賀の國、あさ宮といふ所にいたりぬれば、日もやうやうくれがたになり、雨そぼふりて、前路もとげがたく、「行かゝりて、やどりもなくは、中中あしかりぬべし。」と人々(注2)申侍れば、そのあたりに小家のあるをかりて、一夜をあかし侍りぬ。
  行暮て雨はふりきぬ朝宮を朝立までの宿やからまし (4

【語釈・参考文献】

注1 『大乗院寺社雑事記』第5巻「尋尊大僧正記」67 三教書院 昭8、文明5年5月2日条。
 興福寺大乗院については、前回(序)の注2を参照。

般若寺坂 奈良坂/平城坂(ならざか、ならさか)ともいう。


梅谷 京都府木津川市梅谷。

人ばなれ 動詞「人離る(ひとばなる)」の連用形。「人離る」とは、「人里から離れている」という意味。

心すごき 形容詞「心すごし」の連体形。「心すごし」とは、「もの寂しい。気味が悪い」という意味。

賀茂の渡り 木津川(泉川)の、京都府木津川市加茂町付近の部分を賀茂川と呼ぶ。その辺りにあった渡し場。

三日の原 瓶原(みかのはら)。歌枕で知られる。

 歌枕については、以下を参照。


思ひつゞけ侍り 
「思ひつゞけ」は「思ひ続(つづ)く」の連用形。「思ひつづく」は「感慨を述べる」という意味。「侍り」は補助動詞で、丁寧語。「思ひつづけ」という表現は、『平家物語』特有の用法かとも言われる。

かぞふればあすは五月のみかの原けふまづならのみやこいでつゝ
口語訳] 数えてみると、明日は5月の3日。三日という名の瓶の原で、五月の今日を(待ちかねて)、まずは奈良の都を出たことよ。
語釈・解説] 
◎本歌 宮こいでてけふみかのはらいづみがは川かぜさむし衣かせ山(『古今和歌集』羇旅  408  題しらず  よみ人しらず)
五月のみかの原 「みか」は掛詞で、「五月の三日」と歌枕の「瓶の原」を掛ける。
けふまづならの 「まづ」は「待つ」と「先ず」を掛けるか?🤔
つゝ 接続助詞。動詞および動詞型活用語の連用形に付き、動作・作用の継続を表す。和歌・連歌の文末に用いられ、余情をもたせる。「つつ止め」といわれる。…していることよ。

泉川 歌枕。旧京都府相楽郡木津町・加茂町付近は、かつては水泉郷(いずみごう)と呼ばれた。この「泉(水泉)」の地を木津川が流れるときの称が泉川。
 水泉郷に関しては、以下を参照。


渡し舟棹さすみちに泉河けふより旅のころもかせ山
口語訳] 渡し舟を棹さす路に出たよ、泉河に。今日から旅の衣を貸してください。鹿背山よ。
語釈・解説
◎本歌は、前掲の詠歌(1)の本歌と同じ。
泉河 掛詞で、歌枕の「泉河」と「出づ」を掛ける。また、「けふより」とあることから、「けふ」の縁語「いつ(何時)」をも掛けるか?🤔
ころもかせ山 「かせ山」は掛詞で、「(旅の衣を)貸せ」と「鹿背山」を掛ける。鹿背山は歌枕。
 鹿背山に関しては、以下を参照。通称城山と呼ばれている。


㕝よせて 「㕝よせ」は、動詞「㕝よす」の連用形。「㕝よす」とは、「かこつける」という意味。

さはり 
支障、差し支え、妨げ。

仁木など言へる領主 当時の伊賀の領主・守護は、仁木成長または仁木教将だったと推定される。応仁の乱においては、『応仁記』に東軍として丹波仁木氏の仁木成長、西軍として伊勢仁木氏の仁木教将の名が見える。
 仁木氏および『応仁記』については、以下を参照。


こしらへて 「こしらへ」は、動詞「誘ふ(こしらふ)」の連用形。「こしらふ」とは、「うまく取り繕う」という意味。

㕝ゆへなくは 「㕝ゆへなく」は、形容詞「㕝ゆへなし」の連用形。「㕝ゆへなし」は「差し障りがない」という意味。
 「ゆへ」と「ゆゑ」の違いについては、以下の「『下官集』の仮名遣い」を参照。


心ぐるしき㕝 「心ぐるしき」は、形容詞「心ぐるし」の連体形。「心ぐるし」は、「つらくてやりきれない」という意味。

けり 詠嘆を表す助動詞。…ことだなあ。

さもこそは浮世の旅にさすらへて道さまたげの関なとゞめそ
口語訳] ほんとうに、そんな風にまあ、世の中が乱れて、思うようにならないこの世の旅にさすらっているのだろう。道を妨げる関所よ、憂き世のさすらい人をとめてくれるな。
語釈解説
さもこそは 「さもこそ」は、副詞「さも」+係助詞「こそ」。「こそ」の結びで文の意味が終わる場合は、「いかにもそのようで(ある)」という意味。後述の注「さすらへて」を参照。
浮世 つらい世間。中古の仏教的生活感情から出た「憂き世」に、漢語「浮世(ふせい)」の意味が加わった。
さすらへて 今日伝わる諸本では、「さすらへめ」とか「さすらはめ」などと表記が異なる。この場合の「め」は係り結びにより、推量を表す助動詞「む」の已然形となる。本稿でも、諸本の表記を参考にした。
関なとゞめそ 副詞「な」+「動詞の連用形または未然形」+終助詞「そ」の形で、その動詞の表す動作を禁止する意を表す。…(する)な。「とゞめ」は動詞「とどむ」の連用形。「とどむ」は、「引きとめる。抑える。制止する」という意味。

伊賀の國、あさ宮 伊賀国阿拝郡上柘植倉部付近に朝宮(谷)という地名があった(「明法博士勘状案」東大寺文書三ノ六、『平安遺文』1998・保安4年9月)が、ここまで行くのは、一日の行程としては不可能である。伊賀は甲賀の誤りとして、滋賀県甲賀郡信楽町朝宮が比定地として挙げられるが、当時伊賀守護であったと考えらえる仁木氏が、南近江に勢力があったという確証はない。
 朝宮については、以下を参照。


やうやう[副詞] 次第に。だんだんと。

そぼふりて 「そぼふり」は動詞「そぼふる」の連用形。「そぼふる」は、「小雨がしとしと降る」という意味。

とげがたく 「とげ」は、動詞「遂ぐ(とぐ)」の連用形。「とぐ」は、「果たす。成し遂げる」という意味。「がたく」は接尾語「がたし」の連用形。動詞の連用形に付いて、「…しにくい。…するのが難しい」という意を表す。

中中(なかなか)[副詞] むしろ。 かえって。

あしかりぬべし 形容詞「悪し(あし)」の連用形「あしかり」に、強調の助動詞「ぬ」の終止形と推量の助動詞「べし」が接続した形。きっと…に違いない。

注2 人々 御伴の随心院厳宝(兼良の息子)、松殿忠顕、新左衛門、判官など。注1の史料を参照。

小家(こいへ) 小さな家。粗末な家。

行暮て雨はふりきぬ朝宮を朝立までの宿やからまし
口語訳] 旅の途中で日が暮れて、雨が降ってきてしまった。朝、御殿に参るという名をもつ、この朝宮を、明日の朝、出立するまでの、宿を借りようかな。
語釈・解説
行暮て(ゆきくれて) 「行暮(ゆきくれ)」は、動詞「行暮る(ゆきくる)」の連用形。「行暮る」は、「旅路の途中で日が暮れる」という意味。
ふりきぬ 「ふり」は、動詞「降る(ふる)」の連用形。「き」は動詞「来(く)」の連用形で、動詞の連用形に付いて、だんだんそれが進行していくことを表す。「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形で、「…てしまう。…てしまった」という意味。したがって、この和歌は二句切れである。 
朝立(あさだつ)[動詞] 朝早いうちに出発する。
宿やからまし 疑問の意を表す係助詞「や」+活用語の未然形+助動詞「まし」という「や…まし」の形で、思い迷う気持ちを表す。…たらよいだろうか。「から」は動詞「借る」の未然形。

タイトル写真】 恭仁宮  大極殿


引用文献
一条兼良 藤河の記全釈』 風間書房 昭58
角川新版『古語辞典』 角川書店 昭61 新版

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