エキゾチック演算遊び(4:マスロフの演算1)
今回トロピカルとだいぶ関係の深いマスロフの演算を見ていきます。
マスロフ、ちゃんと書くとViktor Pavlovich Maslovというロシアの(物理もやってる)数学者です。数理物理、より個人的にはより数学寄りなイメージです。
閑話休題。
数理物理ってのは、ちょっと物理でも独特の分野だと思ってます。地球物理や生物物理とまた違い、この二者とある意味で対局をなす分野じゃないでしょうか。
数理物理というのは、普通の(?)物理と違って、かなり数学の側面が強いような気がするんです。数学的にこの方がいい、とか、その良さに則るとこんな現象があってもおかしくない、とか。
既存の現象に数学を当てはめるという点では「普通」と私も言っていますが、一般的な物理全般そうです。数学の力を借りているわけです。
ただもっと遠くの視点から数学の力で見ているように思えるんですね。数学から物理を分類するというか。その結果、一見突飛な分野同士のつながりが生まれてブレークスルーするんです。
奇術師、そんな感じでしょうか。
でも魔法ではなく、ちゃんとトリックがあるんですね。
そういう分野をまたぐような巨大なブレークスルーなんかも客観的な立場からできるんですけど、しかし、あまり突飛だったりして正攻法(とその分野主観の人が言うやり方)を重んじる人からはあんまり相手にされてないような気がします。
加えて、そもそもその数学の目、数学の知識がないと前提の勉強メインになって、いずれ目標を見失ってしまうといいますか、そういうわけでわたしにはちょっと難しかった。
共形場理論とか、弦でちょいちょい使う程度しか分かってないです。共形場理論の本で言うと前半1/3くらいですかね? その先も読んでみたいものですけど……。
こいつ物性物理にも使えるんですよね。いったいなんなんでしょうかねぇ。
すごいのだとAdS/CFTを物性に応用しようとか、そんな人たちもいます。
字面だけでもかっこいいよなぁ。
数理物理への憧憬はともかくとして、マスロフ演算です。
マスロフ演算はひとまずこんな感じの二項演算です。
$$
a\oplus_hb=(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^h
$$
なんじゃこりゃ、というのがまあ普通の人間の感想でしょう。
$${h}$$の値によって結果が変わるんですね。
例えば$${h=1}$$では、
$$
\begin{array}{}a\oplus_1b&=&(a^{\frac{1}{1}}+b^{\frac{1}{1}})^1\\ &=&a+b\end{array}
$$
普通の和になります。
他に$${h=2}$$ですと、
$$
\begin{array}{}a\oplus_2b&=&(a^{\frac{1}{2}}+b^{\frac{1}{2}})^2\\ &=&(\sqrt{a}+\sqrt{b})^2\\ &=&a+2\sqrt{ab}+b\end{array}
$$
という感じです。たとえば$${1\oplus_21=4}$$です。なんだそりゃ。
計算を表にしてみますと、$${h=2}$$は、
なかんじです。$${h=0.5}$$は、
$$
\begin{array}{}a\oplus_{1/2}b&=&(a^2+b^2)^{\frac{1}{2}}\\ &=&\sqrt{a^2+b^2}\end{array}
$$
なんだか三平方の定理っぽさがありますね。表で書くと、
になります。
こいつ、$${h<0}$$もいけて、$${h=-1}$$では、
$$
\begin{array}{}a\oplus_{-1}b&=&(a^{-1}+b^{-1})^{-1}\\ &=&\left(\dfrac{1}{a}+\dfrac{1}{b}\right)^{-1}\\&=&\dfrac{ab}{a+b}\end{array}
$$
うーん、どことなく調和平均、あるいは抵抗の並列計算のイメージがつきまとう式ですね。
こちらも表にすると、
言わずもがな$${a,b\neq0}$$なんで、いくつかの欄が死んでますね。極限的には0なんでしょうけど。
以上、$${h}$$によってどう変わるのか、グラフを書くために、$${x\oplus_h1}$$という関数を用意しますと、
青が2,赤が0.5,緑が$${-1}$$のときです。$${h=1}$$の通常和はどうせ$${x+1}$$なんて見慣れた式ですから書いてません。
さて、このマスロフ演算、$${h}$$を限りなく0に近づけると、ちょっと面白いことになります。
$$
(a^{\frac{1}{ほぼ0}}+b^{\frac{1}{ほぼ0}})^{ほぼ0}=(a^{巨大}+b^{巨大})^{ほぼ0}
$$
ですので、$${a,b}$$のうち大きい方がメインになり、
$$
\begin{array}{}(a^{巨大}+b^{巨大})^{ほぼ0}&\simeq&\left((ほぼa)^{巨大}\right)^{ほぼ0}\\ &\simeq& ほぼa\end{array}
$$
こんな感じで、$${h\to0}$$では、大きい方を返す関数、つまり$${\max(a,b)}$$に漸近します。
何が言いたいか、この一連のnoteを読んでる方ならお気づきでしょう、そう。maxといえばトロピカル演算の和。
「$${h=1}$$から段階的に0に近づくことで普通の演算をトロピカル化できる!」
とまあそういうことができればよかったんですけどねぇ。
よくグラフ見てください。$${h=2}$$のとき、$${x<0}$$の領域にグラフがいないんです。
それもそのはず、これ、$${a^{\frac{1}{h}}}$$、つまり$${h}$$乗根、$${h}$$回かけてようやく中身の数になれるアレがいたるところにいるんです。
勘のいい読者諸兄ならお気づきでしょうが、つまり、負の数にこの演算を施すのは実に気持ち悪いわけです。当たりどころが悪いと上のように値も存在しません。無論複素数を導入すればどうにかなりそうですが、実数だけでできないってのはちょっと残念ですね。
この問題を解決すべく、実はマスロフ演算には第二形態があるんですが、それは次回として、今回はこのマスロフ演算でもう少し遊ぼうと思います。
$$
a\oplus_hb=(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^h
$$
さて、まずはいつも通り、こいつにおける単位元がどうなるかみます。普通の和、つまり$${h=1}$$では0ですが、どうなるんでしょうね?
$$
\begin{array}{}a\oplus_he&=&a\\(a^{\frac{1}{h}}+e^{\frac{1}{h}})^h&=&a\\a^{\frac{1}{h}}+e^{\frac{1}{h}}&=&a^{\frac{1}{h} }\\e^{\frac{1}{h}}&=&0\end{array}
$$
これ、どうあがいても$${e=0}$$です。つまり、普通の和と単位元は同様ということになります。
トロピカル和で単位元は$${-\infty}$$なのだから、極限でどこか$${-\infty}$$にならないといけないのでは? と私も思いましたが、そもそもこのマスロフ演算、負の数に対応してないので、致し方ないような気もします。
続いて逆演算。単位元が0なので、
$$
\begin{array}{}a\oplus_h\bar{a}&=&0\\(a^{\frac{1}{h}}+\bar{a}^{\frac{1}{h}})^h&=&0\\\bar{a}^{\frac{1}{h}}&=&-a^{\frac{1}{h}}\end{array}
$$
さて、うおーめんどくさい。俺は今複素数の中にいる。こういうのは解$${\bar{a}}$$を虚実わけて、$${re^{i\theta}}$$とするもんです。$${a}$$はひとまず実数とすると、
$$
\begin{array}{}(re^{i\theta})^{\frac{1}{h}}&=&-a^{\frac{1}{h}}\\r^{\frac{1}{h}}e^{\frac{i\theta}{h}}&=&-1\cdot a^{\frac{1}{h}}\end{array}
$$
そういうわけで、整数$${n}$$を用い、
$$
\begin{array}{}\therefore\begin{cases}r^{\frac{1}{h}}&=&a^{\frac{1}{h}}&&\\e^{\frac{i\theta}{h}}&=&-1&=&e^{(2n+1)\pi i}\end{cases}\end{array}
$$
$${r}$$は$${a}$$でよさそうです。位相部分は、
$$
\begin{array}{}e^{\theta}&=&e^{(2n+1)\pi h}\end{array}
$$
となります。
そういうわけで
$$
\bar{a}=a\;e^{(2n+1)\pi hi}
$$
ただし$${n}$$は制限があって、
$$
0 \leq(2n+1)\pi h<2\pi
$$
こうしないと実は同じなのに別表記な解がたくさん出てきちゃいます。$${n}$$についてとくことにより、
$$
\begin{array}{}-\dfrac{1}{2} \leq &n& <\dfrac{1}{h}-\dfrac{1}{2} (h>0)\\ \dfrac{1}{h}-\dfrac{1}{2}< &n&\leq-\dfrac{1}{2} (h<0)\end{array}
$$
例えば$${h=1}$$ですと、$${n=0}$$のみが許されるので、
$$
\bar{a}=a\;e^{i\pi}=-a
$$
となり、無事和の逆元としての負の数が出てきま……、ちょっと待て、おまえ負の数使えないんじゃ?
まあいいや、$${h=\dfrac{1}{2}}$$ならどうでしょう。$${n=0,1}$$が許されますが……。
$$
\bar{a}=a\;e^{\frac{1}{2}\pi i},a\;e^{\frac{3}{2}\pi i}
$$
これはつまり、
$$
\bar{a}=ia,-ia
$$
ということになります。うーむ、複素数の中にいる。
さらには$${h>1}$$では条件を満たす整数$${n}$$が不在です。
というわけで、逆元はなんだか怪しい結果になってしまいました。
参ったね、対象を複素数に広げとけばいいんかなぁ……。
というわけで次回は改良型マスロフ演算で遊びます。
ついでに、念のため結合法則を確かめておきましょうか。
$$
\begin{array}{}(a\oplus_hb)\oplus_hc&=&\Bigl(\bigl((a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^{h}\bigr)^{\frac{1}{h}}+c^{\frac{1}{h}}\Bigr)^h\\ &=&\Bigl((a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^1+c^{\frac{1}{h}}\Bigr)^h\\ &=&(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}}+c^{\frac{1}{h}})^h\end{array}
$$
ここまでくれば、あとは$${b,c}$$でも同じことができそうですから、結合則はちゃんと成り立っているみたいですね。
しかし、これやってて思ったんですけど、言わずもがな異なる$${h}$$を混在させた演算は結合しなさそうですね。
$$
\begin{array}{}(a\oplus_hb)\oplus_kc&=&\Bigl(\bigl((a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^{h}\bigr)^{\frac{1}{k}}+c^{\frac{1}{k}}\Bigr)^k\\ &=&\Bigl((a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^{\frac{h}{k}}+c^{\frac{1}{k}}\Bigr)^k\\ a\oplus_h(b\oplus_kc)&=&\Bigl(a^{\frac{1}{h}}+\bigl((b^{\frac{1}{k}}+c^{\frac{1}{k}})^{k}\bigr)^{\frac{1}{h}}\Bigr)^h\\ &=&\Bigl(a^{\frac{1}{h}}+(b^{\frac{1}{k}}+c^{\frac{1}{k}})^{\frac{k}{h}}\Bigr)^h\end{array}
$$
見るからにダメそうですね。
おわり。
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