トロピカルな計算練習(9)

いよいよ夏も近づいて、そろそろ梅雨、レイニーシーズンですね。雨季雨季トロピカル。

前回は三角関数をトロピカル化した我々ですが、もう一つ、物理でよく使う$${\log(x+1)}$$までトロピカル化しておきましょうか。


時にこの$${\log}$$みなさんは底をいくつにして使ってますか?
これ、理系大学出身者あるあるだと思うんですけど、確認しないとこの略記は理系間で話が合わなくなります。

本来対数は指数関数$${a^x}$$の逆関数なので、$${a}$$を指定する必要があります。
実際高校数学IIで初めて習うときは$${\log_ax}$$と必ず底$${a}$$を表記します。
ところが数学IIIでは、基本的に底として$${e}$$ネイピア数とか自然対数の底というものを使うので、いちいち書くのがめんどくさい。しかも生徒によってはlogeとeがデカくて分かりにくいという理由で省略します。つまり、高校数学全部やった段階では何も書いてない素の$${\log}$$は底が$${e}$$だよね、となるわけです。

ところが、これ大学だとちょっと事情が複雑です。
結局その分野において一番よく使う指数を底に取るので、分野によって$${\log}$$の底の数字が変わります。

例えば化学や物理の一部、桁を重要視するなら底は10の方が楽です。$${\log_{10}x}$$すれば$${x}$$の桁がわかりますから。pHなんかがそうですね。

じゃあこういう人たち、$${e}$$を底にするときはどうするかというと!$${\ln}$$と書きます。
この$${\ln}$$、教授とかは当たり前に使うので、初めて黒板で見るとなんじゃこりゃってなるわけですね。

他にも情報科学だとやっぱりバイナリ、2をそこにした方が便利なんで、$${\log}$$と書いたら底は2とするって人はいるようです。

本Noteはひょっとすると高校生も読んでるかもしれないので、$${\log}$$と出てきたら底は$${e}$$とします。


余談。
やっぱり塾の先生していると癖で書いちゃうんですよね、lnって、文字数少ないし。
でも初めて見ると??ってなるわけで。ただ、できる子だと、なんだか見たことない記号だけど、$${\log_e}$$のことっぽいなとわかるようです。
で、「それ$${\log_e}$$のことっすか?」と聞いてきてくれる子もいます。

初見と言いますと、大学の昔物理学実験でtgという記号を見まして、さて、なんだと思います?

……

答えは$${\tan}$$のことです。ロシア、というより旧ソビエト周辺では\tgと書かれることがあるようです。

ここは共産圏かよ!

裃がtgを見たのは、後にも先にもそのページだけでした。他のページは普通に$${\tan}$$なんだよな……。

案外こんな感じで、学校で習った記号が世界では通用しないなんでこと、ザラです。有名どころだと
東アジアくらいでしか$${\fallingdotseq}$$は見ないとか、実は$${\div}$$は英語圏と日本でしか使わないとか、意外なところにあるもんです。


余談その2

自然対数の底、ネイピア数こと$${e}$$ですが、理系の人は毎日お世話になりましても、文系の人はそもそも存在を知らないかなっておもいます。

一昔前、「博士の愛した数式」でオイラーの式$${e^{\pi i}+1=0}$$なんてのがてできて知ってる人もいるかもしれませんが、やっぱり$${\pi}$$より知名度は低いですね。

こいつ、無理数です。

$${e=2.718281828459045…}$$

私、ここまでは覚えてます。

なんでこんな話したかというと、一昔前、塾でバイトしていた時、東大に行っている元クイズ研、高校生クイズに挑んでた人がいたんですけど、その人円周率は50桁以上言えたんですよね。
で、「じゃあ自然対数の底は何桁いけるの?」と訊いたら、
「2.718ですね」
「なんでそれは覚えんの?」
「だって出題されませんから」

たしかにその通りかもしれません。人間使わなきゃ覚えませんからね。
$${\sqrt{2}}$$は言えても$${\sqrt{7}}$$は使わないし、言いませんもんね。2.645751…ふーむ、死語な語彙? 覚えにくい?


さて、話を戻して$${\log}$$のトロピカル化ですが、テイラー展開の都合上、$${\log(1+x)}$$をやるのがいいかなって思います。
こいつのテイラー展開は、

$$
\log(1+x)=\dfrac{x}{1}\cdot(+1)+\dfrac{x^2}{1\cdot2}\cdot(-1)+\dfrac{x^3}{1\cdot2\cdot3}\cdot(+2)+\dfrac{x^4}{1\cdot2\cdot3\cdot4}\cdot(-6)+……
$$

うーん、なんでしょうか、この上手く行きそうで残念な感じ。
何が残念かというと、$${k}$$項の微分由来の値が$${(-1)^{k-1}(k-1)!}$$になっているということです。

本Noteでは微分由来の項は微分の計算はさておき、そのものの値として利用してきました。
つまり、今回のように微分計算から階乗(!)が出てきて、一見分子分母打ち消せそうに見えても、我々のトロピカル化の手順では打ち消してはいけないのです。

例えば3,4項目、

$$
\begin{array}{}\dfrac{x^3}{1\cdot2\cdot3}\cdot(+2)\\ \dfrac{x^4}{1\cdot2\cdot3\cdot4}\cdot(-6)\end{array}
$$

これは

$$
\begin{array}{}3x-(1+2+3)+(+2)&=&3x-4\\4x-(1+2+3+4)+(-6)&=&4x-16\end{array}
$$

となるわけです。本心では、

$$
\begin{array}{}\dfrac{x^3}{1\cdot2\cdot3}\cdot(+2)&=&\dfrac{x^3}{3}&\overset{tp}{\Longrightarrow}&3x+1-3\\\dfrac{x^4}{1\cdot2\cdot3\cdot4}\cdot(-6)&=&-\dfrac{x^4}{4}&\overset{tp}{\Longrightarrow}&4x-1-4\end{array}
$$

こうであってくれたら規則性もわかりやすいのに!

しかし現実は甘くないわけです。
しかもこの一般項もちょっと性質が悪いんです。

$$
nx-\displaystyle\sum_{k=1}^nk +(-1)^{n-1}(n-1)!
$$

隣の項と比べて、その交点の座標がどこかを見てみましょう。$${n}$$項目と$${n+1}$$項目の関数の交点は

$$
x=(n+1)\left(1+ (-1)^{n-1}(n-1)!\right)
$$

具体的には、

$$
x=4,0,12,-25,150,-833,5768…
$$

対応する交点の$${y}$$座標は、

$$
y=4,-4,32,-116,759,-5139,4168…
$$

最初はともかくとして、あとはひたすら振動しながら膨らみます。
これの何がまずいかというと、有限項で切ってmaxをとると、最初の項と最後の項しか関数が残りません。あとはあってもなくても同じです。

つまりトロピカル和の極限を取ると、無限次の項のみ生き残ります。これじゃあグラフが書けないし、意味のある式になりません。

具体的には7次項までとって書いてみますと、

このように、7次までのトロピカル和の結果はオレンジの線で、青(1次)と空色(7次)の線を結んだものになります。

これじゃあダメですね。
$${\log}$$のトロピカル化は失敗というところで今回のトロピカル団の活動は終了です。

解散!


え、tanはトロピカル化しないのかって……?
うーん、それ迷ったんですけど、結局tanも同トロピカル化するか悩ましいんです。テイラー展開からやってもいいんですが、本来ならsinとcosから出すべきでしょう。

そもそもここで扱ってるトロピカル化はどういう意味でトロピカル化されているのか甚だ怪しかったりします。というのも、

$$
\begin{array}{}\begin{matrix}\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;e^x&=&\sum \frac{x^n}{n!}\cdot1\\_{tropical}\downarrow&&\downarrow_{tropical}\\\;\;\;\;\;\;tp(e^x)&\overset{?}{=}&\bigoplus nx+1-(0からnまでの和)\end{matrix}\end{array}
$$

した二つを結ぶ等号は本当にトロピカルな指数関数がテイラー展開から作れる(そんな定義)な時しか意味をなしません。

一方で$${e^x}$$については純粋にこの式からもトロピカル化ができます。結果は$${xe}$$になるわけです。

三角関数は$${e^x}$$と違って、こういう自明なトロピカル化はできませんが、自明なトロピカル化がテイラー展開によるトロピカル化と干渉することが多々あるのは念頭に入れておくべきでしょうか。

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