グラスマン数のいろいろ(3)
前回はべきゼロで反交換性をもつグラスマン数$${\theta}$$とそこから定義されるdual number $${\gamma=a+b\theta}$$の交換関係、および行列表示を見てきました。
要するに計算練習と、慣れ親しんだ記法でなんとか計算できないか、みたいなことを考えてきたと思ってください。
今回はグラスマン数の応用で1番よく使われるであろう、グラスマン数を含む関数とその微積分を考えます。
ただ、応用で1番使われるだけあって、巷にこんな解説ありふれているかと思うので、気楽に読んでくださればと思います。
まず、復習です。グラスマン数$${\theta,\sigma}$$は
$$
\begin{array}{}
\theta^2=\sigma^2=0\\
\theta\sigma=-\sigma\theta
\end{array}
$$
を満たします。
で、以上のような性質から、グラスマン数を使った多項式は項数が制限されます。
グラスマン数が1つなら、
$$
a+b\theta
$$
2つなら
$$
a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma
$$
という具合にせいぜい$${2^n}$$項にしかなりません。
ですので、例えば関数のテイラー展開を考えても有限項で表現ができてしまうということです。
テイラー展開をするならば、まずはグラスマン数を含む式について微分を導入する必要があります。
一般的にグラスマン数の微分は
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta_i}\theta_j=\delta_{ij}
$$
で導入されます。ここで$${\delta_{ij}}$$は$${i}$$と$${j}$$が等しいなら1, そうでないなら0になるという意味の記号です。
もう少し見やすく書くならば、
$$
\begin{array}{}
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\theta&=&1\\\\
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\sigma&=&0\\
\end{array}
$$
ということなのですが、グラスマン数の反対称性ゆえに普通の微分と異なり、
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\sigma\theta=-\dfrac{\partial}{\partial\theta}\theta\sigma=-\sigma
$$
のように、微分演算と対象となるグラスマン数が隣接するところまでグラスマン数の交換を挟む必要があります。
逆にいえば、微分もグラスマン数同様反交換するともいえます。
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\sigma\theta=-\sigma\dfrac{\partial}{\partial\theta}\theta=-\sigma
$$
グラスマン数と微分変数のグラスマン数が異なる場合はこれで良いのですが、同じ場合はちょっと検証が複雑です。
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}[\theta(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)]
$$
これは、先に中身を計算すると、
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}(a\theta+c\theta\sigma)=a+c\sigma
$$
です。一方でライプニッツ則に従って計算すれば、
$$
\begin{array}{}
&&\dfrac{\partial}{\partial\theta}[\theta(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)]\\\\
&=&(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)-\theta\dfrac{\partial}{\partial\theta}(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)\\\\
&=&a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma-\theta(b+d\sigma)\\
&=&a+c\sigma
\end{array}
$$
となります。ここで2行2項目でグラスマン変数の微分がグラスマン変数を超えていくので符号が反転しています。
こうすることで結果が一致するので、グラスマン数とグラスマン変数の微分は入れ替える時、符号の反転が必要ということです。
そういうライプニッツ則なのです。
上の計算の過程でちょっと面白いことがわかります。
$$
\begin{array}{}
&&\theta\dfrac{\partial}{\partial \theta}(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)
+\dfrac{\partial}{\partial \theta}[\theta(a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma)]\\\\
&=&b\theta+d\theta\sigma+a+c\sigma
\end{array}
$$
つまり$${\gamma=a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma}$$として、
$$
\begin{array}{}
&&\theta\dfrac{\partial}{\partial \theta}\gamma
+\dfrac{\partial}{\partial \theta}(\theta\gamma)=\gamma\\\\
&&\left\{\theta,\dfrac{\partial}{\partial \theta}\right\}\gamma-\gamma=0\\\\
&&\left\{\theta,\dfrac{\partial}{\partial \theta}\right\}=1
\end{array}
$$
が言えます。つまり、
$$
\left\{\theta_i,\dfrac{\partial}{\partial \theta_j}\right\}=\delta_{ij}
$$
ということです。
微分演算どうしも反交換します。
以下の計算を考え、まず微分される項を反交換しますと、
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\dfrac{\partial}{\partial\sigma}(d\theta\sigma)
=-d\dfrac{\partial}{\partial\theta}\dfrac{\partial}{\partial\sigma}(\sigma\theta)=-d
$$
です。一方で微分演算を反交換すると、
$$
\dfrac{\partial}{\partial\theta}\dfrac{\partial}{\partial\sigma}(d\theta\sigma)
=-d\dfrac{\partial}{\partial\sigma}\dfrac{\partial}{\partial\theta}(\theta\sigma)=-d
$$
となり、整合します。
また、同じ変数での微分は2回続けて実行することができない
(というより、微分される関数に$${\theta^2}$$項が存在できないので意味がない)
ので、これは0とします。
まとめると、微分演算の反交換関係は
$$
\left\{\dfrac{\partial}{\partial \theta_j},\dfrac{\partial}{\partial \theta_j}\right\}=0
$$
となるということです。
以上の反交換関係がわかれば、普通の数ではあまりないことなのですが、右側から微分演算をつけたい時も適切に微分演算とグラスマン数を入れ替え、符号を変えれば計算できるということになります。
普通の微分は微分演算の右側を微分する、つまり左側からつけるものなのですが、物理の世界ではどうしても右側から微分をつけたくなる時があるのです。そういう時上記の関係が力を発揮するのです。
ところで、微分にはもう少し別の見方を当てはめることもできます。
たとえば$${\gamma=a+b\theta}$$なるものを用意すると、この$${\theta}$$微分はグラスマンの係数である$${b}$$を返します。
ということは、微分の定義として、対象のグラスマン成分の係数を返す演算と定義することもできます。
ただ残念ながらこの演算には記号がなさそうです。人によっては複素数との対応から、$${Im(\gamma)=b}$$をあてるのですが、複素数ではないのでちょっと見た目混乱しそうです。
そのうえ、複数のグラスマン数を含む量ではうまく書けません。どの成分について言っているか明示する必要があるので、せめて$${Im_\theta(\gamma)}$$みたいに書きたいところです。あるいは反交換成分で$${acm_\theta(\gamma)}$$とか??
とにかく、それを定義したとて、
$$
\begin{array}{}
\gamma&=&a+b\theta+c\sigma+d\theta\sigma\\\\
\theta成分係数&=&Im_\theta(\gamma)=b+d\sigma\\\\
\end{array}
$$
上を見ての通り、グラスマン項の係数を返すはずの演算なのに、微分の代替をする場合は$${\theta\sigma}$$項も拾う必要が出てきてしまいます。
さらには、その際の$${\theta}$$は端まで反交換で動かすべきか否か、判断が難しく、結局微分を左から当てるから……などと考える羽目になります。
それならおとなしく微分演算で書いた方が良いように思えます。
今回はグラスマン数を含む微分について考えました。
本当は積分まで行きたかったのですが、積分は積分で書きたいことが多く、微分もそもそもそれならの分量なので分けることにしました。
そういうわけで次回は積分。お楽しみに。