グラスマン数のいろいろ(1)

グラスマン数っていうものがあります。
あまり聞き馴染みがないものだと思いますから、どういうものかまず説明しましょうか。


まず、小学生の頃から慣れ親しんだ数は、ほとんどの場合以下が成り立ちます。

$$
\begin{array}{}
ab=ba
\end{array}
$$

こういうのを数学では演算が可換といいます。演算が可換じゃないもの、非可換なものは、一部の算数教師が言う"学習指導要領のかけ算"と、行列の積あたりが有名でしょうか。
ほかにも演算を積に限らなければ、ベクトルの外積や、私のnoteでは取り上げてますが、

$$
a^b=:a\uparrow b
$$

こういうのも非可換です。たしかに一部の数では可換ですが、適当な数を選ぶと、

$$
2^6=64,   6^2=36
$$

ですね。
冗談でいうと

$$
Aさん\times Bさん\neq Bさん\times Aさん
$$

というのも言われますが、これも紛うことなく非可換の実例です。
物理の世界ですと、これは量子力学で現れて、交換関係

$$
\begin{array}{}
[a,b ]:=ab-ba
\end{array}
$$

で表記することが多いかもしれません。
すなわち、可換$${ab=ab}$$ なら、

$$
\begin{array}{}
[a,b]=ab-ba=0
\end{array}
$$

当然非可換なら、

$$
\begin{array}{}
[a,b]=c   (\neq0)
\end{array}
$$

となります。たとえば

$$
\begin{array}{}
\left[\frac{\partial}{\partial x},x\right]=1
\end{array}
$$

です。量子力学をやっていると上の式は当たり前なのですが、一応説明しておくと、

$$
\begin{array}{}
\left[\frac{\partial}{\partial x},x\right]\psi&=&\frac{\partial}{\partial x}(x\psi)-x\frac{\partial}{\partial x}\psi\\
&=&\psi+x\frac{\partial}{\partial x}\psi-x\frac{\partial}{\partial x}\psi\\
&=&\psi
\end{array}
$$

こういうトリックを使っています。こんなことしていると途端に量子力学味が増しますね。


さて、非可換なもののなかでもちょっと性質のいいものがありまして、たとえばベクトルの外積なんかがそうですが、

$$
ab=-ba
$$

こういうのを"反対称性(をもっている)"といいます。これは交換関係では、

$$
[a,b]=ab-ba=ab+ab=2ab
$$

となります。つまり、0になりません。
一方、交換関係から派生して、"反交換関係"なるもの

$$
\{a,b\}:=ab+ba
$$

を考えると、反対称な量は

$$
\{a,b\}:=ab+ba=ab-ba=0
$$

を満たします。
つまり、交換関係における"可換量"と反交換関係における"反対称"量がペアになっているとかんがえられますね。

$$
\begin{array}{}
交換関係=0& | &可換量\\
反交換関係=0& | &反対称量
\end{array}
$$

というわけです。
さて、最初の話に戻ると、グラスマン数とはずばり、"反対称な数"です。
反対称性を持つと言うことは当然いままで慣れ親しんできた数とはだいぶ性質が異なります。
ちょうど虚数が登場したときのようなものでしょうか、いろいろ不思議な計算ができます。
また、虚数の場合増えるものは本質的には$${i}$$一つでしたが、グラスマン数は$${i}$$のように一つだけという制限なく、複数個導入することが可能です。
この点でも虚数より計算の検証が面倒に思えることが多くある印象です。


こう言われると、虚数はなぜ$${i}$$一つ追加すればokなのか、ちょっと疑問に思いませんか?
私は初めて複素数を習った時、複素数$${a+bi}$$はあるけど、"三素数$${a+bi+j}$$"はない。しかし"四素数=四元数$${a+bi+cj+dk}$$は存在すると教わりました。さらに先には八元数、十六元数なんてものも用意できるのですが、見ての通り全ての整数$${n}$$について$${n}$$元数があるわけではありません。


いきなりたくさんのグラスマン数を出すと性質がわかりにくいので、まずふたつにとどめましょう。

グラスマン数を$${\theta, \lambda}$$とします。
この時、グラスマン数の積は、

$$
\theta \lambda=-\lambda \theta
$$

を満たします。ここで$${\lambda}$$が実は$${\theta}$$に等しい、つまり$${\lambda=\theta}$$だとします。すると、

$$
\begin{array}{}
\theta \theta &=&-\theta \theta\\
\therefore \theta^2 &=& 0
\end{array}
$$

となりますが、これは普通の数にはない顕著な性質です。

つまり、グラスマン数は同じものを2回かけると0になります。

さらに言い換えると、グラスマン数の冪乗は0乗すなわち1か、1乗$${(\theta そのもの)}$$しかなく、いろいろ計算をしたとしても、あるグラスマン数が2乗以上の冪をもつ項は全て0になるということです。

たとえば以下のような計算を考えます。
$${\theta_1, \theta_2 \in グラスマン数, c_1,c_2 \in 通常の数}$$として、

$$
\begin{array}{}
(c_1+\theta_1)(c_2+\theta_2)=c_1c_2+c_2\theta_1+c_1\theta_2+\theta_1\theta_2
\end{array}
$$

ここで、$${\theta_1\neq\theta_2}$$なら上式はこのままでいいのですが、$${\theta_1=\theta_2}$$の場合は、最後の項が$${\theta_1^2=0}$$になるため

$$
\begin{array}{}
(c_1+\theta_1)(c_2+\theta_1)=c_1c_2+(c_1+c_2)\theta_1
\end{array}
$$

このように、$${A+B\theta}$$の形に戻ってきます。


上記のように"いわゆる数"(たとえば有理数とか実数とか)とはちょっと性質が異なる$${\gamma}$$(例えば平方根とか虚数とか)を用いて作る$${a+b\gamma}$$の形を一般にHypercomplex numberといいます。訳語は超複素数とあてられることが多いようですが、似た語としてsurcomplex numberがあるので注意が要ります。surcomplex numberは超現実数(surreal number:芸術のシュールリアリズムと同じ"シュール"だが発音はサーリアルの方が近い)を用いた複素数で、超現複素数と訳されるようです。
超現実数についてはまたいずれ。

で、グラスマン数を用いた超複素数をとくにdual numberといいます。訳語は双対数ですが、見ての通り双対 数なのか双 対数なのかぱっと見分かりませんね。
では双数では……、と言いたいのですが数学では双の字にbi-が対応することが多いので、適切とは言えません。

ここはおとなしくdual numberと言う方がいい気がします。


足し算と引き算は通常通り行えそうで、掛け算は上で見たように冪ゼロ$${(\theta^2=0)}$$に気をつければできます。
そうなると除算が次に気になりますが、$${A+B\sqrt{C}}$$複素数の除算同様、分母をうまく処理する方法を考えます。

例えばルートの場合、$${\pm}$$を反転させた数を分子分母にかけます。こちらは有理化とよばれます。

$$
\begin{array}{}
\frac{1}{A+B\sqrt{C}}&=&\frac{1}{A+B\sqrt{C}}\frac{A-B\sqrt{C}}{A-B\sqrt{C}}\\
&=&\frac{A-B\sqrt{C}}{A^2-B^2C}
\end{array}
$$

複素数では共役をかけることをします。
これには実数化などという固有名称がなさそうですが……ノルムを取るとか……?
複素数は虚数$${i}$$が$${\sqrt{-1}}$$ですので、同じ処方箋でできるとも言えましょうか。

では、似たようなことをグラスマン数でするにはどうするのが良いか考えましょう。
ひとまず、$${a+b\theta}$$に対して何らかのグラスマン数$${a'+b'\theta'}$$をあてがい、

$$
\begin{array}{}
(a+b\theta)(a'+b'\theta')=aa'+ab'\theta+a'b\theta'+bb'\theta\theta'
\end{array}
$$

これでグラスマン成分である$${\theta, \theta', \theta\theta'}$$の項が0になるためには$${a'=b'=0}$$が考えられますが、これは結果も0になってしまうため除外しましょう。
ここでグラスマン数の性質を活用します。グラスマン数は$${\theta'=\theta}$$なら$${\theta^2=0}$$から

$$
\begin{array}{}
(a+b\theta)(a'+b'\theta)=aa'+(ab'+a'b)\theta
\end{array}
$$

となります。こうなると$${\theta}$$項が0となる条件は、$${a\neq0}$$で、

$$
\begin{array}{}
ab'&=&-a'b\\
b'&=&-\frac{a'}{a}b
\end{array}
$$

です。これさえ満たしていればいかなる$${a'}$$でも上の計算からグラスマン項をなくすことができます。
ここで$${a'=a}$$の場合を考えると$${b'=-b}$$、これは有理化に通じる計算になります。

$$
\begin{array}{}
(a+b\theta)(a-b\theta)=a^2
\end{array}
$$

これがあると、除算はまず逆数を作り

$$
\begin{array}{}
\frac{1}{a+b\theta}&=&\frac{a-b\theta}{(a+b\theta)(a-b\theta)}\\\\
&=&\frac{a-b\theta}{a^2}\\\\
&=&\frac{1}{a}-\frac{b}{a^2}\theta
\end{array}
$$

これを積として用いれば良いことになります。


上記の計算が一般的なdual numberの除算のようなのですが、ここでもちろん有理化やノルムの計算をもっと意識して、

$$
\begin{array}{}
aa'&=&a^2+b^2\\
a'&=&\frac{a^2+b^2}{a}\\
b'&=&-\frac{a'}{a}b=-\frac{a^2+b^2}{a^2}b
\end{array}
$$

とする手もあります。つまり、

$$
\begin{array}{}
(a+b\theta)\left(\frac{a^2+b^2}{a}-\frac{a^2+b^2}{a}\frac{b}{a}\theta\right)=a^2+b^2
\end{array}
$$

ということになるのですが、ちょっと構造が汚いように思えます。
この場合、有理化的な操作はどうなるかというと、

$$
\begin{array}{}
\frac{1}{a+b\theta}&=&\frac{\frac{a^2+b^2}{a}-\frac{a^2+b^2}{a}\frac{b}{a}\theta}{(a+b\theta)\left(\frac{a^2+b^2}{a}-\frac{a^2+b^2}{a}\frac{b}{a}\theta\right)}\\\\
&=&\frac{\frac{a^2+b^2}{a}-\frac{a^2+b^2}{a}\frac{b}{a}\theta}{a^2+b^2}\\\\
&=&\frac{1}{a}-\frac{1}{a}\frac{b}{a}\theta\\\\
&=&\frac{1}{a}-\frac{b}{a^2}\theta
\end{array}
$$

となるので、いずれの計算でも結果は等しくなります。
一見すると不思議ですが、分母の有理化や複素数の場合も似たようなことはできます。
先に種明かししてしまうと分母のノルム化ではなく、実数化は別に共役じゃなくても可能で、共役の定数倍は許されるわけです。

$$
(a+bi)(a'+b'i)=(aa'-bb')+(ab'+a'b)i
$$

ここから、$${b'=-\frac{b}{a}a'}$$とすれば虚部は消え、

$$
\begin{array}{}
&(a+bi)\left(a'-\frac{b}{a}a'i\right)&=aa'-\frac{b}{a}a'b=:\alpha\\\\
&a'=\frac{\alpha a}{a^2+b^2}
\end{array}
$$

ここから、$${a'+b'i=\frac{\alpha a}{a^2+b^2}\left(1-\frac{b}{a}i\right)}$$ですので、

$$
\begin{array}{}
\frac{1}{a+bi}=\frac{a’+b'i}{(a+bi)(a'+b'i)}=\frac{\frac{\alpha a}{a^2+b^2}\left(1-\frac{b}{a}i\right)}{\alpha}=\frac{a-bi}{a^2+b^2}
\end{array}
$$


改めて上記の結果が除算になっているかを確かめます。

$$
(a+b\theta)\left(\frac{1}{a}-\frac{b}{a^2}\theta\right)=\frac{a}{a}-\frac{ab}{a^2}\theta+\frac{b}{a}\theta=1
$$

このように、ちゃんと1になります。
つまり除算は上の計算に従って除算を積に変換して処理をすれば良いというわけです。


ただし、上の変換では分母の有理化や複素数の処理とは異なり、$${1/\theta}$$を計算することはできません。というのも、上の計算は途中$${b'}$$を求める段で$${a\neq 0}$$を入れています。これに抵触するわけです。

では$${1/\theta}$$はどう処理すべきか、これはちょっと一筋縄では行きません。
定義からして、

$$
\begin{array}{}
\theta \times \frac{1}{\theta}=1
\end{array}
$$

となって欲しいので、$${\frac{1}{\theta}=A+B\theta}$$と置いて、

$$
\begin{array}{}
\theta(A+B\theta)=A\theta=1
\end{array}
$$

となるAがほしいのですが、当然そんなものはありません。$${A=\frac{1}{\theta}}$$としては本末転倒です。

また、$${\frac{1}{\theta}}$$を$${\theta}$$と異なるグラスマン数$${\sigma}$$として定義すると、

$$
\begin{array}{}
(a+b\theta)(c+d\sigma)&=&ac+bc\theta+ad\sigma+bd\theta\sigma\\
&=&ac+bc\theta+ad\sigma+bd
\end{array}
$$

となってしまい、グラスマン部分が打ち消せなくなってします。


なぜこのようなことになるのかというと、グラスマン数の根本的な性質$${\theta^2=0}$$にあるとも言えます。
これはグラスマン数$${\theta}$$が0の平方根になっているとも言い換えられます。

つまり、褒められた書き方ではありませんが、

$$
\frac{1}{\theta}\frac{1}{\theta}=\frac{1}{\sqrt{0}}\frac{1}{\sqrt{0}}=\frac{1}{0}
$$

こう書くと、$${\frac{1}{\theta}}$$が非常にやってはいけないことをしている感が出るのではないかと思います。

こういう積の逆元がうまく定義できないことがあるという点、やっぱり普通の数だったり、純虚数なんかとは違う存在がグラスマン数$${\theta}$$というわけです。


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