リベンジ・トロピカル-対称化(1)

トロピカル幾何学。もといトロピカル演算。
それは足し算をmaxに、掛け算を足し算にした奇妙な算数世界。
しかしこの世界には重大な欠陥が一つあった。

引き算がない!


さて、新連載、というほどではありませんが、トロピカルの応用編としてと対称化max-plus代数を考えます。
ようはなんかしたトロピカル演算です。

普通のトロピカルは以下から続く記事を参照。

今回はこのトロピカルになんとかして引き算を入れる"対称化"の話です。

このnote群での記法ですが、
・max-plusである。(min-plusではない)
・積単位元は0, 零元は$${-\infty}$$
としています。

過去見てきたように、普通のトロピカル演算では引き算ができません。
引き算という演算そのものが難しかったり、和での逆元を考えるのも難しい、そんな状況でした。

ではこの困難をどう解決するのかというと、結構無理矢理解決な向かいます。
そこに至る前提もややこしい、かつ道中長いので注意してください。

一応本noteは「マックス代数によるシステム理論の基礎:潮俊光:数理解析研究所講究録 1020 巻 1997 年 165-179」をベースに、まとめています。
参考元にはシステムへの応用も詳しく書かれているので、気になる方はそちらを読んでください。
裃のnoteみたいな冗長さも無いのでスマートに知りたい方も是非。


じゃあ僕らは冗長に泥臭く書いていきましょう。

まず、以下のような数のセットと、それに対する演算を定義します。

$$
\begin{array}{}\begin{pmatrix}a,b\end{pmatrix}\oplus\begin{pmatrix}c,d\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\oplus c,b\oplus d\end{pmatrix}\\\begin{pmatrix}a,b\end{pmatrix}\otimes\begin{pmatrix}c,d\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\otimes c\oplus b\otimes d,a\otimes d\oplus b\otimes c\end{pmatrix}\end{array}
$$

いきなりなんだか大変です。
まず第一に横に長くて読みにくい。
そして、行列ともまた違うルールで、しかもペア間の演算を$${\oplus,\otimes}$$にしていて混同しそうですね。

実は私も自分で色々計算する中、何度もこの混同でやらかしました。

その教訓も踏まえて、一般的な記法ではありませんが、本noteでは上記を以下のように記述することにします。

$$
\begin{array}{}\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxplus\begin{pmatrix}c\\d\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\oplus c\\b\oplus d\end{pmatrix}\\\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxtimes\begin{pmatrix}c\\d\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\otimes c\oplus b\otimes d\\a\otimes d\oplus b\otimes c\end{pmatrix}\end{array}
$$

これなら少なくとも混同は減るかとおもいます。
さて、この数の組と演算における積単位元はというと、

$$
\begin{array}{}\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxtimes\begin{pmatrix}0\\-\infty\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\otimes 0\oplus b\otimes -\infty\\a\otimes -\infty\oplus b\otimes 0\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}a\oplus -\infty\\-\infty\oplus b\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\end{array}
$$

になります。
また零元は

$$
\begin{array}{}\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxplus\begin{pmatrix}-\infty\\-\infty\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\oplus -\infty\\b\oplus -\infty\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\\\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxtimes\begin{pmatrix}-\infty\\-\infty\end{pmatrix}&=&\begin{pmatrix}a\otimes -\infty\oplus b\otimes -\infty\\a\otimes -\infty\oplus b\otimes -\infty\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}-\infty\oplus -\infty\\-\infty\oplus -\infty\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}-\infty\\-\infty\end{pmatrix}\end{array}
$$

となります。
たしかにちゃんとなっていますね。

かなり計算が面倒ですが。


さて、これで引き算ができるようになるかというと、まだです。
とはいえ、ちょっとマイナスっぽいものをここから導入していきます。
以下

$$
A=\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix},\;P=\begin{pmatrix}p\\q\end{pmatrix}
$$

とします。

まずは$${\boxminus}$$

$$
\boxminus A=\begin{pmatrix}b\\a\end{pmatrix}
$$

本来こいつは$${\ominus}$$で書かれるのですが、先述のとおり$${\boxplus,\boxtimes}$$が混用を避けるために導入されてしまったので、本noteでは $${\boxminus}$$で書きます。
他所では通じません。

当たり前の話、というより期待されるべき性質ですが、$${\boxminus}$$を二回演算すると元に戻ります。

$$
\begin{array}{}\boxminus\left(\boxminus \begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\right)\boxminus\begin{pmatrix}b\\a\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\\\\\therefore\;\boxminus(\boxminus A)=A\end{array}
$$

この$${\boxminus}$$と$${\boxtimes}$$を使うと、$${\boxtimes}$$の巧妙さがわかります。

$$
\begin{array}{}A\boxtimes(\boxminus P)&=&\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxtimes\left(\boxminus\begin{pmatrix}p\\q\end{pmatrix}\right)\\\\&=&\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxtimes\begin{pmatrix}q\\p\end{pmatrix}\\\\&=&\begin{pmatrix}a\otimes q\oplus b\otimes p\\a\otimes p\oplus q\otimes b\end{pmatrix}\end{array}
$$

これは$${A\boxtimes B}$$に$${\boxminus}$$を作用させたもの、すなわち$${\boxminus(A\boxtimes P)}$$に等しくなります。

$$
\begin{array}{}A\boxtimes P=\begin{pmatrix}a\\ b\end{pmatrix}\boxtimes\begin{pmatrix}p\\q\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a\otimes p\oplus q\otimes b\\a\otimes q\oplus b\otimes p\end{pmatrix}\\\\\boxminus(A\boxtimes P)=\begin{pmatrix}a\otimes q\oplus b\otimes p\\a\otimes p\oplus q\otimes b\end{pmatrix}\end{array}
$$


ひとまずこれでマイナスっぽい演算が入ったのですが、具体的な計算をする前にもう少し定義をしておこうとおもいます。
まず、絶対値

$$
|A|=a\oplus b
$$

これは2成分をとりあえず同じ数にすることで、$${A}$$であっても$${\boxminus A}$$であっても同じ値が返ってきます。
その点絶対値という名前は言い得て妙でしょうか。

つづいてバランス

$$
A^\bullet=\begin{pmatrix}|A|\\|A|\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a\oplus b\\b\oplus a\end{pmatrix}
$$

絶対値は本noteですとバランスの定義にしか使わないので、いきなりバランスを定義してもいいのかもしれません。

このバランス、なんでバランスというか、おそらく以下のような性質に由来するのでしょう。

$$
\begin{array}{}A\boxplus(\boxminus A)&=&\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}\boxplus \begin{pmatrix}b\\a\end{pmatrix}\\&=&\begin{pmatrix}a\oplus b\\b\oplus a\end{pmatrix}\\&=&A^\bullet\end{array}
$$

つまり、$${A}$$に対する引き算$${\boxminus A}$$をすると、結果が$${A}$$の正体によらず「同じ概念の中に」入ると言えます。
言い換えると$${A}$$と$${\boxminus B}$$がちょうど釣り合っている(バランスしている)と$${A=B}$$である。
ゆえにバランス(したよ)。
そういうことなのだと思います。

さて、この辺りで勘のいい読者はきづくかもしれませんが、この対称化トロピカル演算では本来の零元のかわりにこのバランスになった数をゼロとみなしてやることになります。
一方で、このバランスした数は本来の意味での零元ではない、と非常にややこしいことになります。

そのややこしいところは次回に回していきましょう。
そういうわけでトロピカルの逆襲が始まりますよ!

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