エキゾチック演算遊び(6:マスロフの演算3)
気づいたら三回もやっているマスロフの演算。一応次回で完結です。多分。
今回はまず3つ目のマスロフ演算に触れたいと思います。今まで出てきたのは、
$$
(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^h
$$
と、$${a\mapsto k^{ha}}$$することにより得る
$$
\log_k(k^a+k^b)
$$
でした。このマスロフ演算は負の数が使えるという点が良かったわけです。
それなのに、何が不満なのでしょうか。
実は、ただ演算するだけではそこまで不満ではありません。マスロフ演算なんてものを導入した本当の目的を考えると、これは嫌なんです。
・最初にあった$${h}$$がなくなってしまう。
・$${h}$$に関係なく$${k}$$が選べてしまう。
なんで$${h}$$にこだわるのか。不思議ですね。その話が次回出てきます。
ひとまず、$${k}$$に頼らず、$${h}$$を残す方法を考えましょう。これそのものはとても簡単です。
前回の記事では式形のシンプルさ優先で$${a\mapsto k^{ha}}$$を取りましたが、これではなく$${a\mapsto k^{a}}$$で止めておけば$${h}$$依存性が生き残ります。
$${h}$$をあえて生き残らせるので結果、
$$
h\log_k(k^{\frac{a}{h}}+k^{\frac{b}{h}})
$$
でしょう。
さて、$${k}$$はぶっちゃけなんでもいいので、$${e}$$にしましょうか。$${\log_e}$$を$${\ln}$$と書くと、
$$
h\ln(e^{\frac{a}{h}}+e^{\frac{b}{h}})
$$
となるわけです。$${h}$$依存性は$${h\to +0}$$で$${\max(a,b)}$$、$${h\to -0}$$で$${\min(a,b)}$$に漸近します。また、$${h=1}$$でも決して通常和にはなりません。
そういうわけでモノとしては二番目のマスロフ演算とほとんど変わらないということです。
今まではマスロフの演算のみ見てきましたが、ここからはようやく、これを和とみなした演算のペアに話を進めます。
ここでいうマスロフの演算は
$$
(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^h
$$
と
$$
\log_k(k^a+k^b)
$$
とします。
どっちの話をしているかは、節を分けるので読み飛ばさなければわかると思います。
数学でも読解力を鍛えようってわけです。
今回出てきた
$$
h\ln(e^{\frac{a}{h}}+e^{\frac{b}{h}})
$$
については、
$$
\log_k(k^a+k^b)
$$
でどうせおおよその性質がわかるのでサラリと流す感じでいきます。
まず
$$
(a^{\frac{1}{h}}+b^{\frac{1}{h}})^h
$$
からいきましょ。こいつを和とみなし、通常和を積とみなします。この時はたして分配法則は成り立つのでしょうか?
ようは、
$$
a\otimes(b\oplus_hc)=a+(b^{\frac{1}{h}}+c^{\frac{1}{h}})^h
$$
こいつが
$$
(a\otimes b)\oplus_h(a\otimes c)=\Bigl((a+b)^{\frac{1}{h}}+(a+c)^{\frac{1}{h}}\Bigr)^h
$$
これになればいいんですが……。これダメそうですね。試しに$${h=1}$$の通常和にしてみてもダメそうです。
えー?
この形式のマスロフ演算は$${h=1}$$で通常和でした。$${h}$$を連続的に変化させるなら、$${h=1}$$の通常和での分配法則と、他の$${h}$$ての分配法則は繋がっていると考えるのが妥当な気がします。
そうするとなんだか積は普通の積のままの方が、このマスロフ演算ではうまくいくような気がしません? そこで通常積をあえて$${\odot}$$で書きます。試しにやってみましょう。
$$
\begin{array}{}a\odot (b\oplus_hc)&=&a(b^{\frac{1}{h}}+c^{\frac{1}{h}})^h\\&=&\Bigl(a^{\frac{1}{h}}(b^{\frac{1}{h}}+c^{\frac{1}{h}})\Bigr)^h\\&=&\Bigl((ab)^{\frac{1}{h}}+(ac)^{\frac{1}{h}})\bigr)^h\end{array}
$$
これは
$$
(a\odot b)\oplus_h(a\odot c)=\Bigl((ab)^{\frac{1}{h}}+(ac)^{\frac{1}{h}}\Bigr)^h
$$
と一致します。
ということは、まともな実数(0や$${\infty}$$以外の)$${h}$$をもつマスロフ演算を和にとった場合、分配法則の成り立つ積演算は通常和ではなく通常積である、といえそうです。
気を取り直して今度は、
$$
a\boxplus_kb=\log_k(k^a+k^b)
$$
こっち行ってみましょう。演算をわざと$${\boxplus_k}$$にしたのは上と区別するためです。
$$
a\otimes(b\boxplus_kc)=a+\log_k(k^b+k^c)
$$
対数になれてないと、ヤバそうと思うかもしれませんが、実は大丈夫です。反対からいくとわかりやすいかもしれません。
$$
\begin{array}{}(a\otimes b)\boxplus_k(a\otimes c)&=&\log_k(k^{a+b}+k^{a+c})\\&=&\log_k\bigl(k^a(k^b+k^)\bigr)\\&=&\log_kk^a+\log(k^b+k^c)\\&=&a+\log_k(k^b+k^c)\end{array}
$$
というわけで、こっちのマスロフ演算&通常和では分配則が成り立ちます。
逆にこっちのマスロフ演算で、マスロフ演算&通常積を考えると、分配則は成り立ちません。
結局のところ、最後にlogをとったおかげで、通常和がうまく内部で通常積になり、通常積がうまく指数で通常和に戻る、結果分配則が成り立っているようです。
もう一つこの演算の上手いところは、いかなる$${k}$$をとっても連続的に通常和にたどり着けない仕組みになっていることでしょうか。いいかえると、通常和を特例として扱うことで、分配法則のズレを回避しているようです。
実際グラフにしてみましょう。$${x\boxplus_k1}$$の場合、$${k=1}$$に両側から近づこうとしてみても、図のように関数は$${y}$$軸上下に吹き飛ぶだけで$${x+1}$$にはなりません。
![](https://assets.st-note.com/img/1654645563867-rxp2KIHhjZ.jpg?width=1200)
そもそも$${k=1}$$では変換$${a\mapsto k^{ah}}$$が全て1に潰れてしまうので、この変換で定義しないというのが良い選択なのかもしれません。
最後におまけ程度に三つ目のマスロフ演算の分配則も見といてあげます。
$$
\begin{array}{}(a\otimes b)\oplus_h(a\otimes c)&=&h\ln(e^\frac{a+b}{h}+e^\frac{a+c}{h})\\&=&h\ln\Bigl(e^\frac{a}{h}(e^\frac{b}{h}+e^\frac{c}{h})\Bigr)\\&=&h\ln(e^\frac{a}{h})+h\ln(e^\frac{b}{h}+e^\frac{c}{h})\\&=&a+h\ln(e^\frac{b}{h}+e^\frac{c}{h})\\&=&a\otimes(b\oplus_h c)\end{array}
$$
ね、うまくいくね。
うまく回避した、といえばよく聞こえますが、悪くいえば「$${k}$$を用いた二番目のマスロフ演算は通常和を再現できない難点がある」わけです。
じゃあ三番目のマスロフ演算は? というと、結局こいつも通常和は再現できません。
そうなるとますます三番目のマスロフ演算の必要性が感じられませんね。なんで導入したんでしょ?
そんな思いが募ったところで、いよいよ次回はマスロフ演算の真の目的に触れていこうと思います。
次回予告、全ては$${h}$$のためなんです。