配信演劇「反復かつ連続」座談会企画〈第2回〉
この記事は、3/26~28に上演する配信演劇「反復かつ連続」(柴幸男原作)公演のマガジン記事です。公演の詳細はこちらをご覧ください。
今回は公演主宰メンバーであり、慶応義塾大学ミュージカルサークルEMの出身の有賀、金子、松橋が、配信会場としてお借りしているお家の家主さんをゲストにお呼びし、座談会を行った模様をお伝えします。第2回は《自分の家族ならではの習慣》と《家庭からの自立》についてお伝えします。(全3回)
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参加者の紹介
ゲスト:藤尾さん(仮称)
公演に貸し出して頂いたのは藤尾さんの実家。実家は浄土真宗本願寺派「立雲寺」を営んでおり、藤尾さんのお父さんが住職だった。藤尾さんは現在、学校の教諭や手話通訳など、聴覚障害児・者に関わる活動を行っている。
公演主宰メンバー
演出:有賀実知
学生時代は主に役者や脚本・演出を務めてきた。現在は長野県にある実家で暮らしており、本公演では完全リモート参加で演出をしている。4月からは社会人。
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役者/制作チーフ:金子晴菜
学生時代も役者や制作を務め、サークル外での演劇活動にも数多く携わってきた。4月からは社会人。
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テクニカル演出/制作:松橋百葉
学生時代はサークルで照明を務めるほか、メディアアートの研究や、サウンドパフォーマンス、配信イベントなど行っている。「演劇ユニットいき」のメンバー。4月からは大学院生。
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座談会はオンライン上で行われており、藤尾さんはこの日、ご実家(配信会場)から参加されています。
お寺の家のクリスマス事情
___「反復かつ連続」は家族を描いた作品ですが、「これは自分の家ならではだな」と思うことはありますか。
金子 藤尾さんは、事前にお答えいただいたアンケートに「クリスマスパーティーは父に隠れて友達とこっそりやっていた」と書いてくださっていましたが、やっぱり、お寺の家として、タブー感があったんでしょうか。
藤尾 ある時、車に乗っていたらクリスマスの飾りが見えて、「あ!サンタさんだ!」と言ったら、「お前はどこの家の子だ!」って怒られたことがありましたね。でも、友達に対しては父も何も言わずに「いらっしゃい」と接してくれていましたし、家族のクリスマスパーティーも毎年私が勝手に開催していました。自分で式次第を書いたり、メリークリスマスって飾りを作ったり、出し物やったりして。プレゼントも、私の方が両親の靴下に入れていていました。口の周りにティッシュいっぱい付けて、お父さんの赤いジャージ着て、赤いカゴに乗ってトナカイのぬいぐるみと共にやって来るんです。両親は何もしないですけど、それを毎年やるのは認められていました(笑)。
金子 行動力と発想力が凄いですね(笑)
「家が見ている」と感じる瞬間
___既に話してくださったこともありますが(第1回参照)、日々の習慣として染み付いているもので、家族の影響を受けていることはありますか。
藤尾 生まれた時から仏様が身近にあったので、どんなに寝坊しても、遅刻しそうでも、顔を洗って着替えて、仏様に手を合わせてから食事をとっていました。普通の家の子はやらないだろうし、私も実家を16年間離れていたのですが、今日この家に来てみると、ちゃんと手を合わせていました。適当な感じだったので、「ごめんなさい」という気持ちがありつつ、「いや、仏様たちも、私がちょっと時間がないって分かってくれている」って心の中で言い訳をしながら(笑)。あとは、布団のシーツなんかも、角と角を合わせてピチッと入れなきゃいけないって教わってきたので、大学生になって色んな人の家に行くようになった時、「なんでシーツちゃんと入れてないの」って思いました。今では「かかってればいいや」という感じですが(笑)。でも、それもこの家でやると、罪悪感がありますね。
金子 家に帰ってきただけでそう感じられるのは面白いですね。小さい頃にいたからなのか、条件反射なのか、家の中にまだ空気があるのを藤尾さんは感じているんですね。
藤尾 わかる。「家が見ている」って感じます。まあ、親が見ているからちゃんとするっていうのは悪い子供の発想だけれど。習慣は刷り込まれたけれど、家族以外の人と生活する中で、消えていったものもあり。でも、消えていた習慣も、この家に戻ってくると「やっぱり良くないかな」って気持ちが芽生えるところがあります。
「寺の娘だから」で、丸く収める
有賀 お話を聞いていて、私たちが経験してきた以上に、ご家庭の中にある「こうあるべき」という主義が強かったことを感じています。たとえ、今はやっていないことでも、心の中には残っていて、向き合わなければならないことが多かったんだろうな、って思いました。
藤尾 それが怖いなって感じることもあります。無意識に他人に求めてしまうことがあるので。ご飯粒を残す人を見ると、「あ、あと数粒なのに食べないんだね」とか言っちゃうから(笑)。でも向こうからすれば、向こうの家では残していても何も言われたことがないのに、なんでそんなこと言うんだって思うんでしょうね。最近は、「寺の娘だから(笑)」って言うことで「ああそうか、寺なら仕方ないよね」って思ってもらって、人間関係を丸くしているけど(笑)。
有賀 その一言が、処世術なんですね(笑)。
反抗したきっかけは、勉強をしたこと。
有賀 私の両親は学校の教員をしているんですが、人権や民主主義の大事さ、弱い立場の方に寄り添うことの大事さを小さい頃から知らず知らずに教え込まれてきたなと思います。それは私の財産ですが、時々それが“縛り”のように感じることもあります。藤尾さんにも、ご両親から主義主張を感じたことはありますか。
藤尾 父は“the・九州男児”で、昔ながらの価値観の人でした。私が中高と通っていた女子校は、女性の社会進出を掲げている学校で、そういったジェンダー観を叩き込まれたので、真逆で。父を反面教師にしているところがあります。
金子 反抗期はあったりしましたか?
藤尾 今が反抗期なんだと思います。亡くなった人を悪く言うのは良くないと思う気持ちがあるからこそ、自分が父に反抗していることを感じます。中高で勉強をして、さらに、教育学部に進学して。その中で、小さい時は何も感じなかったことも、「うちっておかしかったな」って思うことが沢山ありました。そう思ったのが良いことかわからないけれど。ただ、父だって祖父や祖母の教育方針とか、昭和や大正の考え方とか、寺の子であったことか、閉鎖的な田舎で育ったこととか、そういう背景があるわけで。考え方を認めるつもりはないけど、かわいそうだなって思う気持ちもあります。答えになってないですが。何というか、反抗したきっかけは、勉強して外を知った?ことです。
金子 なるほど。すごい。ただ親がムカつく、というだけじゃないのがすごいなあと思います。
有賀 学ぶことで、世界が広がって、必ずしも家庭から受けた影響を踏襲しない自分ができていくことは、すごく面白いですね。さらには、家庭から離れるだけでなくて、親の育った環境や考え方を理解して受け止める、というところに行き着いていて。今回の「反復かつ連続」という作品も、1人の女性が成長していく中で、家族から受ける影響や自立していく過程を表現できたらなと思っているんです。まさに今そういう事を考えながら演出をしていたところなので、お話が聞けてよかったです。
藤尾 そんな、たいしたことはできていないです。壮大なことは何も(笑)。すいません。
有賀 いやいや。今回は2人の役者がそれぞれ違う家族を演じるのですが、いろんな影響を受けていろんな育ち方をする家庭があるなっていうことを石川さんの話を聞いて改めて思いました。自分自身とも全然違うところばかりですし。面白かったです。
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ブレイクタイム:少しだけ先の、人生の先輩
写真:お家の前にある掲示板と役者の髙橋。”お言葉”は藤尾さんが掲示している。(撮影:Chaki)
松橋 ちょっとフリートーク的に、話の本筋とは全く関係ないことをお聞きしたいんですが。藤尾さんは、ろう学校で何歳の子の先生をされてきたんですか?
藤尾 最初は小学部だったんですが、その後は学部異動があって、3歳から5歳の子供たちの教諭をしてきました。特別支援の免許と、小学校教諭、幼稚園教諭の免許を持っている形です。
金子 そもそも、どうして教育者を志そうと思われたんでしょうか。
藤尾 学校がすごく居心地が良かったことが大きいです。高校生の時、精神的に不安定だった時期があるんですが、教室を飛び出して職員室に行くと、先生たちがとても良くしてくれて。先生たちのことが大好きでした。家出をした時も、向かったのは学校で。考えればすぐ親に連絡されるって分かるのに、行く場所は学校って決まっていて。可愛い子供だったんですよ(笑)。
だから、卒業したら大学には行かず、ここのトイレ掃除のおばさんになるってずっと言っていました。でも残念ながら大学に行かないという選択肢がない学校だったんですよね。じゃあ4年間我慢して大学行って、この学校に教員として戻ってくればいいやっていう発想に至ったのがきっかけです。一応真面目に、「私のような子たちは絶対いて、そこでグレるんじゃなくて学校に頼ろうとできたのは先生たちのおかげだから、私もそういう存在になれたらいいな」って思って。
高校生を教えるには専門教科の教員資格が必要でした。ところが。私は文系クラスなのに社会と国語と英語ができないんですよ(笑) 私が成績で5を取れるのは文系クラスの数学と理科っていう。しかも5がとれているのは先生が好きだから頑張れていただけで、勉強が好きなわけじゃないんです。これじゃあ母校には戻れないけれど、どうしようかなと悩んでいた時に、NHKで「耳の聞こえない子に音楽を教えよう」という番組の宣伝をたまたま見かけました。そしたら私に雷が落ちてきたんです。冗談でよく言うけど、本当ですよ(笑)。「私、これだ」って思って。「耳が聞こえないのに、音楽ができるの?」って疑問に思って、そこから、聾学校というものがあることを知っていきました。だから、聾学校の先生に。…っていうのがきっかけです。
金子 なるほど~
藤尾 長くなりました。
有賀 藤尾さんのお話を聴いたり、SNSを拝見したりしていると、実行力が凄いなあ、と感じます。先生を目指されたことも、ご実家の二次利用を考えていることも。仏教のお勉強や彫刻なんかも始められたようで。自分の可能性を信じて探求できる方なんだなって、すごいなってお聞きしていました。
藤尾 全然、そういうのじゃないんですよ。
金子 新しいことに挑戦するハードルが低いのかどうか、藤尾さんの中でどうかはわからないんですが、傍から見ていると、「でも私これやったことないしな」とか「無理でしょ」と思うより先に行動している感じが素敵だなと。
藤尾 そんなに褒められたことないです(笑)。よく、見切り発車って言われています。
金子 いやあでも、凄く素敵なことだと思います。
松橋 今回、公演の宣伝にしたいな、という思いもあって座談会の場を設けさせて頂きましたが、お話を聴いていて勉強になります。私たちが普段お話する人って同世代か親世代で、その間の20年くらいの人ってなかなか話す機会がないので。確か、10歳差くらいでしたよね。
藤尾 88年の学年です。
松橋 私が98年なので。これからの10年の間に、色んなことが起きるかもしれないんだなっていう(笑)。社会人生活が始まるし、結婚する人も少しずつ出てくるだろうし。私は今はまだ大学の周りのことしか考えられないから、「あーなるほど」思っていました。
藤尾 これを32歳の標準って思わないでくださいね(笑)。
(次回へ続く)
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配信演劇「反復かつ連続」
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