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「ガーリン号の冒険」 人食い岩、ものまね植物、飛行クラゲ…不思議な生物達

あらすじ
 ぼくナツオは、古代生物の宝庫カラカラ島探検のガーリン号に乗り組む。
 船長のオットー博士以下全6名を乗せて船は出航。
 コンピューターの天才少年テオが、タイムマシン「Nボックス」を操作し、カラカラ島に到着。
 凶暴な怪獣ゴンタウロスや、動物捕食の植物岩からのがれ、美しい音楽をかなでるパイプオルガンの樹に憩う。
 空飛ぶクラゲを探しに入った森で、不気味なコピー植物に遭遇。
 反重力の池での不思議な生物達、五つ目ギガドロンや火山の噴火から、ジャンプ滑空飛行で退避、急遽帰還。

 


1 ガーリン号へ乗船

  
 オットー博士からメールがとどいて、ぼくは、からだがブリンとふるえた。たたかいの前の「武者ぶるい」というやつか、こんなことははじめてだ。

 ──ガーリン号完成。二日後に出港予定。準備をととのえ、明日当地にこられたし。

 「いよいよ大冒険航海がはじまるぞ」
 ガーリン号は、古代生物の宝庫カラカラ島探検の船だ。
 古生代第一紀ごろ、ゴンドロワ大陸の西にあったカラカラ島は、巨大ハサミで敵なしの多足生物ゴンタウロスの王国だったといわれ、海は、幻の怪獣五つ目ギガドロンが支配していたそうだ。
 まだまだほかにも、未知の生物がいるといわれているが、カラカラ島発見に成功した探検隊は、まだいない。
 つぎの日の朝、ラジコンのはばたき飛行機や、青い恐竜のプラモデルが並んだテーブルから、表紙をセロテープでとめた [古代生物ふしぎ図鑑]をつかむと、新品の旅行ケースをにぎって部屋をとびだした。 
「さあ、ガーリン号がおまちかねだ」
 超特急列車ギャラクシーTGXの中でサンドイッチを食べ、キルル駅から普通各駅電車に乗りかえた。
 灰色の倉庫がならぶ古い港町、北ドネスコ駅でおりるとバスに乗り、終点の、たおれそうに立っている[港入り口前]のバス停から歩いていった。
 コンクリートの桟橋は、黒いオイルのにおいがただよい、恐竜のような巨大クレーンがずらりとならんでいた。
「ナツオ、まっていたよ」
 港の一番奥、赤く錆びた大きな貨物船が横づけされた桟橋の横に、ちょこんとオットー博士が立っていた。
 小さく、やせているので風にふき飛ばされそうだ。
 おっこちそうな丸いメガネの奥から子供のような目がぼくを見あげた。  「ひさしぶりです」
 もしゃもしゃの白髪頭の博士にぺこりとおじぎをした。
 べろーんとくたびれて日にやけた青いTシャツに、しわくちゃの白いズボンのオットー博士は、ひとめ見ただけではとても世界的な大科学者にはみえない。
 「ガーリン号はどこですか?」
 まわりにはそれらしい船が見あたらない。
 「こっちじゃよ」
 博士は、大きな貨物船の反対側に歩いていった。
 水に浮かぶ黒いふしぎな物体が見つかった。
 「これが・・・」
 「われらのガーリン号じゃ」
 のっぺりとクジラみたいだ。
 尻尾に垂直尾翼のような羽根がついているから、つばさのない飛行機のようにも見える。
 船体の横に銀色の細長い線が見えた。ただの飾りではなさそうだ。
 「あははは、それが何だかわかるかね」
 よく見ると、折り畳みナイフの刃でもしまってあるような感じだ。
 博士は、もしゃもしゃ頭をぐりぐりかきまわすと、
 「つばさがしまってあるのじゃよ、ふだんはこうしてたたんでいるがね、いざという時はこの翼を広げてジャンプできるのだ、トビウオみたいにね。もちろん水中ももぐれるし、今回のような冒険航海では何がおこるかわからんからな、ガーリン号の自慢のひとつじゃ」
 博士はグフンと鼻をならした。
 「ぼくは飛行機が大好きでラジコンが得意なんですよ。ぜひガーリン号を飛ばしてみたいです」
 つばさを広げた空飛ぶ恐竜ゾラノザウルスを思い出していると、
 「興味がありそうじゃな。ほかにも最新の技術や材料がつめこまれているから楽しい航海になるぞ」
といって、桟橋からガーリン号の船首の開いたハッチのわきに、ひょいっと飛びうつった。
 両手をひろげて着地のポーズをすると、
 「これで全員そろった、さあ乗ったり乗ったり」と手まねきした。
 マンホールの穴にもぐりこむように、博士につづいてハッチに入った。   「潜水艦の中に入るみたいですね」
 銀色に塗られたがんじょうそうな垂直のはしごをつたわりながら話しかけた。
 「うむ、カラカラ島のまわりの海は、めずらしい生き物がたくさん泳いでいるはずだから、水中から観察することもできるのじゃよ」
 オットー博士は、またグフンと鼻を二回ならした。得意の時やるくせだ。  溶接の匂いや塗料の匂いがまだ残っている船の中は、映画で見た潜水艦そっくりだった。
 頭の上は、さまざまなパイプや配線が、ジャングルの中のようにはいずりまわっている。
 狭い通路の両側は、なにやらむずかしそうな計器やレバーが並び、大きな機械の体内にもぐりこんだようだ。
 黄色い照明がてらす緑色の丸いドアをくぐって中へ入った。
 奥行のある広い部屋で、まん中の大きな木のテーブルをはさんで、両側に人がすわっていた。
 正面の大きなモニター画面がぱっと変わって、[歓迎、ナツオ君]となった。
 イスにすわっていた人達が、いっせいにこちらを見つめた。
 「カメラマン、そして記録担当の、ナツオ君だよ」博士が紹介した。
 「[アラーサ海岸のふしぎな化石たち展]で偶然知りあいになった若者だ。古代生物に興味をもっているそうだ。会場で会っていらいじゃ」
 ぼくは、博士のとなりでぺこんとおじぎをした。
 「よろしくおねがいします」
 「そうそう、それからラジコン飛行機が得意だそうだ。このガーリン号の翼を動かすパイロットがいなかったので、ちょうどよかった、それもやってもらおう。
 もっとも翼を使うような緊急事態には、なってほしくはないがね。
 それじゃ、かんたんにみんなの紹介をしよう」
 博士はおほんと軽くせきばらいをすると、
 「私オットーは、古生物担当、そしてこの船の船長もつとめる」
 ここで博士はまた、グフンと鼻をならした。
 「図鑑のイラストや化石なんかじゃなくて、本物の生きた生物を見れたら、もう死んでもかまわん、おっとっと、死ぬまで研究じゃ。こんな楽しい学問はほかにない。
 しかし、船の操縦や航海術はまったくわからん。そこで実際にこの船をあやつるのは、一等航海士のドンスコイだ」
 イスにすわっていた、がっしりした体格の男が立ちあがった。
 あざらし十頭と戦ってもまけそうにない不敵な目つきをしている。鼻の下とあごのひげが、黒光りしてみごとだった。
 「ドンスコイはスパーニャ王国海軍で長年潜水艦にのっていたベテランで、地理や気象学もくわしい」
 「それにクジラの腹の中もくわしいとつけ加えていただきたい」
 ドンスコイはにやりと笑っていった。
 「そうだった。たしかボートごとパクリと宇宙クジラに食べられて、腹の中を航海したことがあったそうだ」
 ぼくは目を丸くしてドンスコイをながめた。
 モスグリーンの迷彩色の上下がぴたりと似合い、これで機関銃でもにぎったら戦争映画のポスターになりそうだ。
 「さて、どんなすぐれた船でも必ずいつか故障することがある。そんなとき心強い味方が機関長のチェ・パトスだ。
 あの客船モンデル号のザンドール海峡漂流事故をおぼえているかね。
 エンジン故障でさまようモンデル号を、なんと帆船にして、無事、通信不能の魔の海峡から脱出したという話だ。
 乗客全員のTシャツを集め、二本のマストのあいだに洗濯物のようにつるして帆の代用としたというからおどろくじゃないか。
 彼はどんな困難もわらって解決する、最高にたよりになるアイデアマンなのだよ」
 ジーンズのジャケットを着た、ひょろりと背のたかい男が立ちあがり、右手を大きく回してネジをしめるゼスチュアーをした。
 「わたしが、役に立つことがないよう祈るよ、カラカラ島見物が楽しみでこの船に乗ったんだ。めずらしい生き物をはやく見たいよ」
 機関長のチェ・パトスが笑っていった。
 「そして長い航海の毎日の楽しみは食事だ。あの五つ星レストランのミッシェルよりうまい海蛇カレーも、たまにはたのむよ、コック長のシナモン」 船長は、丸々と腹の出た大男を指さした。
 顔も手もふっくらと血色のよい体は、着ている白衣がはちきれそうだった。
 シナモンは、腹をさすりながら、
 「船長の腹もわたしのようにふくらましますよ、こんどはゴンタウロス・カレーでね」
 といってその腹をポンポンとたたいた。
 船長のオットー博士は、もしゃもしゃの白髪あたまを二回ぐりぐりとかきまわすと、グフンと鼻をならして満足そうにうなずいた。
 「海と冒険を愛する最高のメンバーがこのガーリン号にあつまった。さて、あと一人、天才少年テオ君がいないがどうしたのかね?」
 船長は丸い眼鏡をかけなおして、ぐるりと見回した。
 「コンピューター係のテオは、さっき届いた銀色の機械の取り付け作業でコンピューター室にいってますよ。あんなにコンピューターが好きな男の子もめずらしい」
 一等航海士のドンスコイが、パソコンをいじる手つきをしながらいった。 「そうか、もう仕事をしているとは感心なことだ。彼はあとで紹介しよう」 これで全員の紹介がおわった。みんなで六人だった。

  個室のロッカーに荷物をおくと、船内を見てまわった。
 さっきの広い部屋は、食堂兼休憩室兼会議室で、船内で一番大きなへやだった。その奥は調理室と貯蔵室、もっと先にシャワーやトイレがあった。
 最新の瞬間加熱レンジが三台も並んだピカピカの調理室で、コック長のシナモンが大きなフライパンを壁にかけていた。
 「ゴンタウロス・カレーを食べてみたいです」
 シナモンに笑いながら話しかけた。
 「その前に、こっちがゴンタウロスに食べられないように気をつけなくちゃな」
 シナモンはフライパンをゆするまねをした。
 うしろは機械エンジンルームだった。
 機関長のチェ・パトスは、エンジンルームの計器をひとつひとつチェックしていたが、すべて順調らしく、両手を丸く輪にしてにっこりした。
 二階に上ると、指令室があって、その向こうがコンピューター室だった。 指令室の、背もたれのついた黒い皮のイスの上に、小柄な船長がちょこんと腰かけていた。船長はイスをくるくる回して、部屋の中を見回していた。
 となりの、同じようなイスには、一等航海士のドンスコイが、どっしりとすわり、正面の大きなモニターを見ながら、コントロールテーブルのツマミやボタンやレバーを動かして、操作方法を確認していた。
 「どうだい? 船の中の探検も楽しいじゃろう?」
 船長のオットー博士が話しかけてきた。
 「そろそろゴンタウロスがあらわれるころです」
 「はっ、はっ、は、ゴンタウロスがもう見つかってしまったら、この航海は終わりになってしまうぞ、それはまずいな」
 博士は上機嫌でいった。
 「一等航海士、さあ、航海終了、帰ろう」
 ドンスコイは振り向いて、
 「こんどはどんな仕事を捜すかな?」
 といってにやりとした。
 ガラスの壁の向こうに人かげが見えたので、コンピューター室に入っていった、テオにちがいない。
 「こんにちは、ナツオです、よろしく」
 野球帽を後ろ向きにかぶったテオがふりむいた。
 少年だった。ぼくよりも若い。白いほっぺたがぽーっと赤くなった。はずかしがり屋のようだった。
 ずっとしゃがんでなにかいじっていたらしい。Gパンの膝がしわになっていた。ケーブルをつないでいたようだった。
 いつまでもだまったままなので、はなしかけると、ぼそぼそとしゃべりはじめた。
 とぎれとぎれにゆっくりしゃべった。
 「この機械がむずかしくてね・・・・・
 [Nボックス]っていうんだけど・・・・・
 説明書がなかなか理解できないんだ。
 まあ、出来たての試作品だから・・・・・
 しょうがないんだけどね」
 テオは、分厚い取り扱い説明書を見せた。
 「その[Nボックス]ってどんな機械なの?」
 大昔のパソコンのような、大きめのトランクくらいある銀色の四角い機械には、長いケーブルが何本もつながれていた。たくさんのボタンやスイッチにかこまれた丸いモニター画面には、何やらわからない記号や数字がちらちら動いていた。
 「レーダーというか・・・・・
 コンピューターというか・・・・・
 まあ一種のタイムマシンのようなものでもあるんだ」
 「ふーん」
 何も理解できなかった。
 「こいつが働かないと・・・・・
 カラカラ島へ行けないんだ」
 その時、へやのスピーカーが「ポッピンポーン」と鳴った。
 「資材到着。手の空いている人は、フロントゲートに集合してください」と、コンピューターの人工音声で女の子の声がした。
 下の通路に戻り、船の前方に行くと、クジラが大きく口を開けたように、船首が開いていた。桟橋にたくさんの箱が積んであり、運搬用の板がガーリン号に渡されていた。
 みなでその荷物を船に運びこんだ。
 これですべて準備オーケーのようだ。

 

2 ガーリン号出航

  
 翌日の朝、ガーリン号は出航した。
 「とりあえず南に向かって巡航速度で発進、水上走行」
 船長の命令で船は動きはじめた。
 二日間、なにごともなくすぎた。
 忙しくないものははしごを登り、ハッチを開けて船の上に行き、外の空気を吸った。天気はいいし海は静かだった。
 午後の三時になると、へやのスピーカーが「ポッピンポーン」となって、 「お茶の時間です。手の空いている人は食堂へどうぞ」と、あの人工音声の女の子の声がした。
 みんなぞろぞろと食堂のテーブルに集まってきた。
 一等航海士のドンスコイが、
 「ミミちゃんが呼んでるよー」といいながら歩いてくるので、スピーカーの声はミミちゃんということになった。
 コック長シナモンの作る[特製フルーツポテトパイ]がおいしかった。
 フルーツとポテトに、とろけるチーズとベーコンが絶妙にミックスしていて、あと何個でも食べられそうだった。
 三時のお茶が楽しみになった。
 次の二日間もすぎた。
 あいかわらず天気はいいし、船は順調に、南に向かってゆっくり進んでいたが、そろそろ退屈になってきた。
 お茶の時間にシナモンが、船長のカップにコーヒーをつぎたしながら聞いた。
 「船長、ずっと南に向かって進んでいますが、カラカラ島はどこにあるんですかい?
あと何日くらいで着くんです?」
 シナモンはリモコンをつかむと、正面の大きなモニターの画面を、世界地図に変更して拡大し、南の島々のあたりを動かした。
 「地図にはのってないんだよ、カラカラ島は。今は、ない島なんだ」
 機関長のチェ・パトスがモニターをみていった。
 「え──っ? 今はない?」
 シナモンがおどろいてさけんだ。
 「時間をさかのぼって、昔に向かって航海するんだ。それもすごい大昔、まだ人類も恐竜もいなかったはるか昔、カラカラ島があったころの時代にね」
 一等航海士のドンスコイが、コーヒーをうまそうに一口飲んでいった。 「それじゃあ、はるか昔の古代の時代に行くということですかい?」
 シナモンは目を丸くした。
 「まあ、そういうことになる」
 船長はうなずくと、特製フルーツポテトパイを半分切って口に入れた。 「それってタイムマシンじゃないんですかね? 本や映画で見たことがありますよ、自分が生まれる前の時代に行ったり、逆に未来の世界に飛んでいって、ひと騒動したりする、おもしろい話ですよね。
 なるほど、それで生きたゴンタウロスにお目にかかれるというわけですかい。
 でもタイムマシンなんてほんとにあるんですかね?」
 シナモンは大きな腹の上で腕を組んだ。
 「この船にタイムマシンがあるんですかい?」
 「コック長、気がついたかね。それがあるんじゃよ!」
 船長はグフンと鼻をならすと、
 「今、テオが調節しているあの銀色の機械、あれは一種のタイムマシンなのだ。[Nボックス]という名前だがね。
 [Nボックス]は、カラカラ島のあったとされる、正確な位置を指示してくれる。そしてその場所で、ある操作をすると、その時代に運んでくれるのだよ。
 これはむずかしくいうと、[時間の可逆性の特異点]という、最新の宇宙物理論の応用なんだがね」
 きいたことのないことばだった。そんなのでできた[Nボックス]をいじっているテオは、なんてすごいやつなんだ。
 そういえばタイムマシンがどうとかいっていたのを思い出した。あれが時間を飛びこえる最新の機械だとはしらなかった。
 「まだどこでも自由に行ける完全なタイムマシンではないがね。カラカラ島だけしかいけないのじゃ。しかも一回しか行けない。
 ガーリン号の出発にぎりぎりまにあった、できたばかりの試作品なのだよ。うまく動くといいんだが」
 「今、テオが苦労しているあの機械が、その[Nボックス]とは知らなかった。おどろいたな。テオ、そろそろ使えそうかい?」
 ドンスコイがテオのほうを見て聞いた。
 テオは、食べかけのパイを下におくと、白いほほをぽっと赤くして、ぼそぼそと、とぎれとぎれにしゃべった。
 「もうすこし待ってください。
 ふつうのコンピューターなら・・・・・
 なんてことないんですがね・・・・・
 あいつは、知らない言葉や数式がいっぱいなんで・・・・・
 大変なんですよ」
 それだけいうと、またパイをほおばり、コーヒーをゴクンと飲みこんだ。 「船長、このまままっすぐいくと、グレートザザン大陸にぶちあたりますぜ、あそこにはゴンタウロスはいないし、このあたりでストップして、[Nボックス]の整備を待ったらどうだろう?」
 ドンスコイが残りのコーヒーをひといきで飲みほしていった。
 「うむ、そうだな、そうしよう」
 船長のオットー博士は、真っ白なもしゃもしゃ頭をぐりぐりかきまわし、うなずいた。

  ガーリン号は広い海の上で停止し、[Nボックス]が使えるようになるまで待つことになった。
 ちょうどいいチャンスだった。 
 船長に翼の操縦法をききにいった。ひまな時に覚えておきたかった。
 船長は首をふってドンスコイをよんだ。
 「一等航海士、ナツオに翼のあつかい方を説明してやってくれ。わしにはわからん」
 ドンスコイは机の引き出しから書類のたばをとりだし、めくりはじめた。 「船のあつかいにはなれているが、空を飛ぶのははじめてだ。ちょっと説明書を見てみよう。

 1 ガーリン号をジャンプ可能速度VWまで加速。これより低速は不可。
 2 翼展開ボタンを押す。翼が開きジャンプ開始。滑空中は飛行ハンド      ルで操縦。
 3 ガーリン号のエンジンは使わないので停止。
 4 最大高度ポイント通過。徐々に降下。
 5 速度VRで着水。ジャンプ終了。翼をとじる。

 どうだい。だいたいわかったかな」
 ドンスコイが、にがわらいしながらうしろを向き、こいつがその飛行ハンドルだよ。といったので、イスにすわりハンドルをにぎってみた。
 「翼を広げてみよう。モニターで見られるだろう」
 ドンスコイがモニターをつけた。
 操作テーブルの右にある翼展開ボタンのセーフティカバーをはずし、そっと押してみた。
 その瞬間、折りたたみがさをすばやく開いたように、ガーリン号の左右から大きな翼がとびだした。
 おもわず息がとまった。
 みごとな翼だ。開くとこんなに大きくなるとはおどろきだった。これはりっぱに飛行機の翼だ。ぴんと伸びた曲面が高性能を感じさせた。
 風をうけて船がゆらりとゆれた。
 胸がどきどきしてきた。こんな大きな翼をうまくコントロールできるだろうか? 小さなラジコン模型とはわけがちがう。でも操縦してみたい・・・・・・ ドンスコイと船長もおどろいたようだった。
 「これはすごい。この大きなガーリン号が空を飛ぶなんて想像もできん」 船長は首をふると、もしゃもしゃ頭をぐりぐりかきまわした。
 テオと[Nボックス]のたたかいはまだ続いていた。
 深夜まで作業を続けるテオを4DS撮影機で撮影した。
 4DS撮影機は、高性能の4D画像が撮影できる性能をもっているにもかかわらず、おどろくほどコンパクトな大きさなので、プロに愛用されているものだった。今回の航海のためにバイト代をためてやっと買った貴重品だ。   二日後の晩、ついに[Nボックス]が作動を開始した。
 テオが[Nボックス]に、カラカラ島の惑星年代時間や歴史位置データを入力すると、ケーブルでつながれた指令室の大モニターに、指示情報があらわれた。
 黒い画面に緑色の文字がずらりと並んで、ちかちかとまたたいている。これは記念すべきすごい決定的瞬間だ。すかさず4DS撮影機で撮影した。「旧カラカラ島存在地点に向かって発進」
 深夜の指令室の中で船長は命令した。
 一等航海士のドンスコイは、ただちに船の操作を開始した。
 やっと[Nボックス]から解放されたテオは、三日間ほとんど寝ていなかった。
 「よくやった」
 「ありがとう」
 「ごくろうさん」
 みんなでテオの働きに感謝した。コック長のシナモンは、栄養たっぷりのガーリン号特製ミックススープをテオにすすめた。このスープはテオのお気にいりだった。
 夜のあいだにガーリン号は移動して、太古、カラカラ島があったはずの場所に到着していた。
 翌朝、食堂のモニターで外の景色をみて食事をわすれた。
 きれいな青い海、透明な水、白い砂浜、緑のヤシの木、白いヨットも浮かんでいる。そのあいだを、水澄ましのようにすばやく、モーターボートが走りまわっていた。
 まるで、南の島の観光案内のコマーシャルのようだ。
 「ここはハナヒラ湾です。有名な観光リゾート地です。スキューバ・ダイビングのメッカともいわれています」
 ミミちゃんが、かってにモニターのナレーションをしていた。
 ドンスコイが食堂をとびだし、はしごを駆け上がっていったので、あわてて撮影機をつかんで後に続いた。
 昨晩おそく寝たテオも元気に走ってきた。
 ガーリン号の上に全員でてきてしまった。
 「おどろいたなー、カラカラ島はこんな所にあったんだ」
 「ゴンタウロスがここをかけまわっていたんだ」
 船長のオットー博士はもしゃもしゃの白い頭を、ぐりぐりかきまわした。 「さてと、船長、いよいよカラカラ島に行きますか?」
 一等航海士のドンスコイが、黒いりっぱなあごひげをなでながら、不敵な笑顔をみせた。
 「うむ、全員準備態勢にかかれ」

 

3 タイムワープ

 
 撮影機器と記録用ミニパソコン、そして予備の電池をバッグに入れると、食堂にいった。コック長のシナモンは、テーブルの上にパック詰めの携帯用食料をまとめて並べていた。
 大モニターには、
 [タイムワープまもなく開始。各自準備] 
 と映し出されていた。
 とつぜんミミちゃんの声がして、
 「ナツオ様、テオ様がお呼びです。至急、コンピューター室までおいでください」
 と、二回くりかえした。
 バッグをつかんでコンピューター室に走っていくと、テオが待っていた。 「ナツオさん、ちょっと手伝ってもらえますか? 時間のカウントダウンお願いしたいんですけど。やることがたくさんあって、一人じゃ無理なんですよ」
 ぼくはおどろいてテオの顔をじっとみつめた。
 テオの話しかたがかわった。声がおおきくなったし、とぎれとぎれじゃなくなった。
 もうぼそぼそしゃべるのは卒業したようだ。五歳くらい、いっきに大人になったような感じだった。
 「いいよ。そんなことかんたんだ」
 ガラスの向こうの指令室を見ると、船長と一等航海士はきびしい顔でイスにすわり、正面を向いてぴたりと動かない。
 船内が緊張感につつまれた。
 すべての音が消えた。
 「では、スタート」
 いつもとちがうおごそかな声で、船長の声がスピーカーから聞こえた。「10」
「9」
「8」
「7」
 時計を見ながらカウントダウンしていった。
 緊張して声がふるえた。
 テオは、それに合わせて、いそがしくキーボタンをたたいていた。
「3」
「2」
「1」
「0」
「マイナス1」
「マイナス2」
 船が地震のようにゆれた。ジェット機が頭の上を通過したような、すごい轟音がとどろき、あたりは真っ暗になった。
 「ブョョーン、ブョョーン、ギィィーン、ギィィーン、 ・・・・・・ 」
 鉄塔の上の電線が強風で振動しているような、金属的で不気味な音が、次々に近づいては遠ざかっていく。
 頭の中心がしめつけられるように痛い。思わず頭をかかえてしゃがみこんだ。
 どれくらいたったろうか。不気味な音が小さくなり、頭の痛みが薄れてきた。
 なんの音もしなくなり、明るさが戻ってきた。
 頭をあげてまわりを見回すと、テオも船長も一等航海士も、そのままそこにいた。
 夢からさめた人のように、みな、ぼーっとした顔をしている。
 指令室のドアを開けて、チェ・パトスとシナモンが飛び込んだ。
 「何億年の時間をとび超えたぞ!」
 「カラカラ島に着いた!」
 「やったー!」
 ぼくははっとして我にかえると、テオといっしょに指令室に飛び込み、みんなで肩をたたきあった。
 一等航海士のドンスコイが、左手のにぎりこぶしを高くあげた。

  ドンスコイが指令室の大きいモニター画面のスイッチをいれた。
 二、三回またたいたかと思うと、ぱっと明るくなり、外の映像がうつしだされた。
 巨大な昆虫の顔のようなものが、画面いっぱいにあらわれた。思わず身体をよじってよけた。
 「しまった!」
 テオのさけび声がした。
 「着地点がずれた!」
 巨大な生物は、頭を動かし、ガーリン号をつっついていた。後ろにももう一匹いて、仲間を呼んでいるようだ。
 全体の形が見えた。頭に大きなハサミがあり、大型バスぐらいの大きさはありそうだ。巨大なクワガタ虫の脚をたくさんふやしたような感じだ。
 オットー博士は、画面に顔をこすりつけて見ていたが、
 「ゴンタウロスだ、ゴンタウロスの巣のまん中に飛び込んでしまったぞ」
 といって丸いめがねの中で目をパチパチさせた。
 「ゴンタウロスのハサミの化石は、デボンシャー博物館で何回も見たが、本物の生きたやつははじめてじゃ。さすがに大きいものだ」
 博士はこうふんして大声でしゃべった。
 ぼくはモニター画面にすいよせられた。こんな生き物ははじめてだ。
 脚は片側だけで十本以上はある。頭の上の巨大なハサミが開いたり閉じたりしている。
 この大きなハサミはみるからに頑丈そうで、人間のからだなんて一発でちょん切られそうだ。
 がりがり引っかいているものや、よじのぼろうともがいているもの、うしろにどさっと倒れるものもいて、船はぐらぐらゆれた。
 「ここにいては危険だ、船を倒されたらまずいことになる」
 ドンスコイが叫んだ。
 「最新の強化複合材製だから、こわされることはないと思うが、いったん島の外に避難しよう」
 船長は残念そうな顔をして、一等航海士の方をふりむいた。
 「船長、ガーリン号は船なんですよ、ここは地面の上ですよ、車じゃないのにどうやって動かします?」
 ドンスコイはモニターをにらんだ。
 「テオ、[Nボックス]を使って、さっき来たときみたいに移動できないのかい?」
 あの不気味な音を思い出しながら聞いた。
 「何億年も飛び越えるようにプログラムされているんですよ、ほんの数分のような短い時間なんて誤差の範囲なんで、設定不可能です」
 たしかにそうだった。目的が違いすぎる。
 [Nボックス]が使えないとすると、あとなにかないか?
 ずっとモニターを見ていたシナモンが、指さしながらいった、
 「船長、ここは海に近いですよ、ほら、二、三十メートルぐらい向こうに波が見えてますぜ」
 あそこまで行けばガーリン号は自由にうごける。でもどうやってあそこまで移動するんだ。頭の中をフル回転させた。
 「突然あらわれた我々は、ゴンタウロスには迷惑そうだな。あっちへ行けといっているみたいに首をふっているぞ。
 足がいっぱいあって力がありそうだから、ガーリン号を海まで運んでくれるとありがたいのだが」
 機関長のチェ・パトスが手を上げていった。
 「いい考えがありますよ、匂い作戦はどうでしょう? 
 ここはゴンタウロスのすみかの真ん中ですから、きらいな匂いのするものがいたら、どかそうとするでしょう。
 だから何かくさい匂いをガーリン号につけるんですよ。いかがでしょう?」
 「ふむ、それは珍案だ、よし、すぐやってみよう。
 シナモン、大至急くさいスープを作ってくれ、バケツ二杯くらいな」
 シナモンは調理室にとんでいった。
 まもなく、両手で重そうにバケツをもって、こぼさないようにそろそろとあらわれた。
 「最高にくさいスープ汁ですぜ、一週間前のくさった生ゴミと汁をベースに、ニンニク、トウガラシやその他もろもろ、隠し味にセロリも入れときましたぜ」
 たしかに頭が痛くなるくらいくさかった。みんな鼻をつまんでバケツからはなれた。
 チェ・パトスがアイデアを考え、シナモンがスープを作った。ぼくもこの作戦に参加したい。
 「よし、それを船の上にまいてきます。なんだか面白そうになってきた」    「危険な作業だぞ。私が行ってもいいんだぞ」
 ドンスコイがたしかめるようにぼくを見た。ほかのみなも見つめた。
 「気をつけます。だいじょうぶです」
 二本かさねたてぬぐいで鼻をマスクすると、バケツをかかえてはしごの下まで運び、こぼさないように気をつけて、一個ずつハッチの下まで持ち上げた。
 ハッチを半分開けて外を見まわすと、ゴンタウロスのハサミの先端が何本も動き回っているのが見えた。ここまではとどいていないようだ。
 思いきってハッチの外に出ると、なるべく四方に広がるように、くさいスープを船の上にひっかけ、いそいでハッチの中にとびこんだ。
 指令室に戻ると、みんなはモニターを見ていた。
 「ごくろうさん」
 「うまくまけたようだな」
 船長とドンスコイがふりむいてうなずいた。
 反応はすぐあらわれた。
 ゴンタウロスたちは、狂ったようにガーリン号のまわりを走りはじめた。 相談するように頭をすりあわせては、また走りまわる。
 すると一匹のゴンタウロスがガーリン号の前部に行き、船の頭の先端を、大きなハサミでがぶりとつかんだ。
 そのゴンタウロスの尾の部分を、別のゴンタウロスのハサミがつかんだ。こうして五匹のゴンタウロスが、ずらりと電車のようにつながった。
 ガーリン号の後部もおなじように五匹のゴンタウロスがつながった。
 ガーリン号を真ん中にして十匹のゴンタウロスたちが、ゆっくりとガーリン号を引きずりだした。
 ズリズリ、ズリズリ、・・・・
 ギシリ、ギシリ、・・・・ 
 ズズ、ズズ、・・・・ 
 船がギシギシとゆれ、モニターの画面が大きくゆれた。
 海の方向に向かっている。ガーリン号を海に流すつもりなんだろう。
 船は引きずられながら、砂浜から海の中へ入っていった。海水にふわりと持ち上げられると静かになった。
 ガーリン号を海に入れると、ゴンタウロスたちはいっせいにばらばらになって、もと来たほうへ戻って行った。
 「やったー!」
 「大成功!」
 拍手して手をにぎりあった。
 ほっとしたとたん、おなかが「グーッ」となった。腹がへっていることに気づいた。
 「さて、一件落着じゃな、考えてみたら今日はまだ食事しとらん。シナモン、さっきの最高のスープの仕事のあとで、またまた申し訳ないが、なにかめしでもだしてもらえんかな」
 「大丈夫です、携帯食料がテーブルの上に並べてありますぜ」
 緊張が続いたあとなので、食堂の中はにぎやかだった。
 ミミちゃんも元気な声で迎えた。
 「みなさま、お疲れさまでした、どうなることかとはらはらしましたが、安心いたしました。今後も充分ご注意ください」
 「さっきの場所は、ゴンタウロスの観察には最高にいい環境だったな」
 一等航海士のドンスコイが笑っていった。
 「でも、もしかしたらゴンタウロスのえさになったかもしれない」
 テオも笑っていた。
 「たしかにゴンタウロスの観察には最高にいい環境だったんだがね、いきなりここに来てしまったので、カラカラ島の全体のようすがわからん。
到着の順番が逆になってしまった。食事がすんだらいったん沖に出てみないかね?」
 「船長、了解です」
 ドンスコイはコーヒーを飲み終えると、指令室に戻っていった。
 ガーリン号が沖にでたところで船長は、机の上の旧式のデジタル双眼鏡を首にかけ指令室をでていったが、すぐ鼻をつまんで戻ってきた。
 「くさい。たまらん。ハッチを開けたら目がまわった。船の上に出られんぞ。さっきのスープの匂いがプンプンだ」
 ドンスコイが笑いながら、
 「ほう! あの珍兵器はそんなに強力だったんですか!」
 というと下の方を指さし、
 「ちょっと水中にもぐって、さっきのスープを洗い流しましょう?」といった。
 船長はうなずくとグフンと鼻をならした。
 「ガーリン号最初の潜水ということになるな。せっかくだから海中を見てみよう」
 船長が深度五メートルの指示をだすと、ドンスコイは潜水の操作を開始した。
 テオと食堂の大モニターの前にすわりスイッチをいれた。
 「さあ、カラカラ島水族館のはじまりだぞ」
 ガーリン号は前部を下げながらゆっくり水中にもぐっていった。
 エレベーターで下にさがるときのように、足元が軽くなった。
 モニターの画面が、陸上から水中に変わり、海底の白い砂が見えた時、シナモンが調理室から飛びだしてきてさけんだ。
 「たいへんだ。水がもれているぞ」
 通路にでてみると、船の前方の左右二か所から、こわれた水道の蛇口のようにいきおいよく水がふきだしている。
 たちまち足元が水びたしになった。いそいでそばにあった非常ボタンを押して、マイクに向かってさけんだ。
 「船内浸水中! 通路は水びたし!」
 指令室の船長と一等航海士は、ただちに船を急浮上させた。
 水もれはとまったが、足元はびしょびしょだ。そろって通路の前方にいってみた。
 「こんな新品の船がどうして水もれするんだい?」
 シナモンが、ぶつぶつひとりごとをいった。
 機関長のチェ・パトスは、水もれした二か所の穴をさわりながら、にっこりした。
 「わかったよ、こいつはさっきゴンタウロスにかみつかれた時できた穴なんだよ。だから二か所あるんだ、それにしてもすごい力だなあ」
 「船のうしろはだいじょうぶだったようじゃな、ひと安心だ。それじゃ、くさいスープは洗ったし、外に出て見るとするか」
 船長につづいて、ハッチの外にでて島をながめた。
 島は奇妙なかたちをしていた。
 たいらな島の中央に山があったが、山のとがった先端が、象の鼻のように長く伸びて、ぐにゃりと真横に曲がり、こちらを向いていた。
 先端の穴から煙がふきだしていた。
 「ほう、象の鼻みたいに曲がった火山ですな、オットー博士、これはめずらしいんじゃないですか?」
 一等航海士のドンスコイは、船長の方をふりむいた。
 船長は、旧式のデジタル双眼鏡をにぎって、おかしな火山をじっと観察していたが、
 「じつにおもしろい。溶岩のいたずらかな。太古の謎だ。ナツオくん、撮影記録忘れないように」
 双眼鏡をのぞいたまま、もしゃもしゃ頭をぐりぐりかきまわすと船長はいった。
 「さて、島の形がわかったからどこかに停泊しよう。
 一等航海士、さっきのゴンタウロスの浜から、どのくらいはなれたかね」 「そうですな、十キロぐらいですかね」
 「そうか、じゃ、このあたりでいい場所をさがそう」
 ガーリン号は島に近づき、ちょうど桟橋のような岩がとびだした所に停泊した。
 船の上からみんなでまわりをさぐった。
 このあたりには、あの恐ろしいゴンタウロスはいないようだ。
 チェ・パトスが、強力な接着充填剤エポキンSFXで、二か所の穴を修理すると、船をおりて島に上陸した。
 「では、島の調査をおこなう。各自持ち物チェックするように」
 船長は、愛用の旧式デジタル双眼鏡を胸にかけ、超倍率電子虫メガネをポケットにしまった。
 「武器を持っていこう。なにごとも用心がかんじんだ。
 一等航海士、このピーデル銃をたのむ。高圧ガスが噴出するのだ。ガスで麻酔のように眠ってしまうんだ。一定時間たつと目がさめる」
 一等航海士がピーデル銃と予備のカートリッジ五本を受けとった。迷彩服を着ているから銃がよく似合う。
 カートリッジを腰のベルトに装着すると、みな、たのもしい装備に安心した。
 「眠らせるだけで命はうばわないから、タイムマシン条約に違反せんのじゃよ、安心して使ってかまわんぞ」
 「何ですかい、そのタイムマシン条約っていうやつは?」
 ドンスコイと同じ迷彩色の服に着変えたシナモンがきいた。相変わらず腹がぱんぱんで、せっかくの衣装が全然にあわなかった。
 「過去の歴史をかってに変えてはならない、ということさ。もしタイムマシンでシナモンの子供時代にいって、シナモンを殺してしまったら、今のシナモンはいないことになってしまう」
 チェ・パトスが、わかりやすく説明した。
 撮影機材を入れたバッグを肩にかけ、靴のひもを結びなおした。
 テオは小型の手帳くらいの大きさの銀色の機械をバッグにしまっていた。 「それはなんだい?」
 テオは、にっこり笑うと、
 「秘密の新兵器ですよ。使うかもしれないから」
 といった。

 

4 迷路の道

 
 船長が先頭にたち、ピーデル銃を持った一等航海士は一番うしろについて、一列になって歩いていった。
 曲がった火山は、海から見たときよりもずっと大きく見え、黒い穴からふきだしている煙が、頭の上高く海の方へ流れていた。
 歩きにくい砂浜をこえ、小川をまたいで、大きな岩がかさなってころがった迷路のようなところにきたとき、遠くから変な音が聞こえた。

 「ヒュー、ヒュー、バビブベボボー、ボボーン」

 立ち止まって耳をすました。何かとんでもなく大きなものから出てくるような音だ。からだがビリビリと振動した。
 恐竜やマンモスの集団がいっせいにほえたら、こんな声になるのだろうか。でも恐竜もマンモスも、この時代にはまだ生まれていないのだ。
 それっきり聞こえてこなかった。
 また歩き出した。見上げるように大きな岩が次々に道をふさぐので、そのたびに右か左によけて進んだ。
 遠くが見えない。見えるのは、岩と岩にはさまれたすきまからのぞいている青空だけだった。
 迷路の道はまだまだつづいていた。
 「なんだあれは?」
 いちばんうしろを歩いていたドンスコイが、前方の岩の下を指さした。
 動物の骨がちらばっていた。
 ばらばらになった二本のハサミが見つかったので、ゴンタウロスの骨だとわかった。
 「このハサミの大きさだと、子どものゴンタウロスだな」
 船長は長さをはかりながらいった。
 また、さっきの音が聞こえた。

 「ピー、ピー、ピー、ポポロン、パー、ププー」

 さっきより高い澄んだ音だ。
 「鳥の声にしては大きすぎる」
 シナモンが、上を見上げながらいうと、
 「まだ鳥もいない時代だよ」
 船長は、もしゃもしゃ頭をぐりぐりかきまわした。
 「でも気持ちいい音だな、ずっときいていたいな」
 チェ・パトスは音のするほうに顔を向けながら目をつむった。
 「ゴンタウロスの声でないことはたしかだ。あのからだでこんなかわいい声を出すなんて考えられん」
 一等航海士はにやりと笑った。
 不思議な音はだんだん小さくなると、そのまま消えてしまった。
 「この迷路の道は疲れるな、ちょっと休憩するか」
 船長は双眼鏡をはずすと、小さな岩の上に腰かけた。
 ぼくは水筒をとりだし、すわってひとくち水をのんだ。シナモンがバッグからパイをだして、みんなにくばった。
 船長は、うまそうにパイを食べると、ポケットから超倍率電子虫メガネをとりだし、近くの岩に近づいて、観察をはじめた。
 「ほう、この岩は岩じゃないぞ、岩のように見えるが生き物じゃ。この最新式虫メガネでみるとよくわかる、岩石ならこうはみえん。
 あの向こうの丸い岩の上についている小さい岩は、おそらく子どもの岩にちがいない」
 岩の上に、小さい岩が三つ並んで生えていた。
 「サボテンみたいな形だ、ということは植物なのかな」
 テオも岩をながめていった。
 休んで元気になったので、また歩きだした。
 「船長、この迷路の道はけっこうながいですね、もうだいぶ歩きましたよ」
 カメラをバッグにしまいながら話しかけた。同じような岩ばかりつづいたので、もう写すものがなかった。
 「あれっ? またゴンタウロスの骨が落ちているぞ」
 シナモンが岩の下を指さした。
 「あれはさっきの骨だ。また、同じ所にまいもどってしまった! まずい、道にまよったぞ!」
 船長が左右をみまわして道を確認したが、大きな声でさけんだ。
 「一等航海士、あれを見ろ!」
 二枚の岩と岩のあいだの土のなかから、新しい岩があらわれた! まわりの土や草をおしのけて、ずりずり伸びてきた! 
 生きているように動いている。おそいかかる蛇の頭のようにゆれている。 たちまち胸の高さになった。道をふさごうとしている。ここにとじこめられるぞ! 
 ドンスコイはその岩をにらむと、ピーデル銃を発射した。
 岩はぴたりと動きを止めた。
 「いまだっ、逃げろっ!」
 船長のかけ声でかけ出し、その岩にとびついてよじのぼり、飛びこえた。 向こう側に走りだしたとき、
 「たすけてくれー!」
 シナモンが岩に両手をかけたままさけんでいた。重くてよじのぼれないようだ。
 近くにいたテオと二人で引き返すと岩の上に乗り、シナモンを引き上げた。
 しばらく全力で走ると、まぼろしが消えるように迷路は終わり、台地のような所に出た。
 「たすかった!」
 地面の上にころがった。
 口をあけ上をむいて息をした。
 太ったシナモンも大の字になって大きな腹をうごかしていた。
 しばらくは息が苦しくて話もできなかった。
 「子どものゴンタウロスはあれで捕まったんですね、ばけものみたいな岩だ」
 「地面からはえてきたから、やっぱり植物だ」
 「どうやってゴンタウロスを食べたんだろう?」
 「食虫植物みたいに、溶かして養分を吸いとったんじゃないのかな?」
 はなしがもりあがっている時、こちらをむいた火口の方から、地面をゆらす太い風が吹いてきた。
 風を合図に、大きな音が鳴りだした。
 さっき聞こえたあの不思議な音だ。
 まわりじゅうから聞こえてくる。台地全体が歌いはじめた。
 見回すと、広い台地いっぱいに、緑色の筒のようなものが無数に生えていた。
 風にゆれながらそれぞれに音を出していた。
 これがさっきの不思議な音の「ぬし」だったのだ。
 見上げるように大きく長い筒が、低く太い音をだしている。ぼくのからだがブリブリ振動した。音のマッサージだ。手足が軽くなる。なんて気持ちいいんだ・・・・・・ 
 ひざの高さもない細くて小さい筒が、いっぱい並んで合奏している。きらきらさざめく小川の流れのようにここちよい音・・・・・・ 
 濃い緑や薄い緑が風にはためいて、緑色の巨大な楽器のようだ。
 力強く大合奏でもりあがったかと思うと、子犬がかけまわるようなかわいらしい演奏に変わったりした。
 今まで、聞いたことのないような体験だったが、すっかり心をうばわれてしまった。
 チェ・パトスはあおむけに地面の上に横たわり、目をつぶって聞いていた。
 船長も音にあわせて首をふりながら、愛用のデジタル双眼鏡でながめていたが、
 「音が出る原理がわかったぞ、あの丸い筒が風に共鳴して鳴っているらしい。
 だから風が吹いたら鳴りだしたんだ。一種の笛だな。生き物のようだが、動物なのか植物なのか、ぜひじっくり調査したいものじゃ」
といって広い台地をみまわした。
 「なんか飛んできますよ」
 テオが指さす火口の方から、白い煙のかたまりのようなものがながれてくる。音に誘われて近づいてくるようだ。
 白い煙のようなものは近づくと、台地いっぱいに広がった。
 小さな白い虫のようなもののあつまりだった。丸い胴体の上から、竹トンボのように二枚の羽を左右に広げ、ヘリコプターのようにくるくるまわりながら、蜜蜂のように筒のまわりを飛びまわっていた。
 一匹、指で捕まえてながめた。
 「これは何でしょう? 虫ですかね?」
 博士は超倍率虫メガネをとりだし、観察をはじめたが、一等航海士のドンスコイが、
 「船長、空がだいぶ暗くなってきた。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないですかな」
といってまわりをみわたした。
 日がかげって風も弱くなってきた。音がだんだんちいさくなり、消えた。 「そうだな、調査はここまでにして、今日は帰ることにしよう。暗くなると危険だからな」
 博士は虫メガネをはずし、つまんでいた白い虫のようなものをはなした。 するとそれはくるくるまわりながら音をだした。博士もぼくもテオも耳を近づけた。
 あの音だ。いままで鳴っていた台地の音をはきだしている。とても小さい音だが同じ音だった。まるで小さな録音機だ。
 音をはきだしながら、丸い腹が小さくなっていき、ひょいととびあがると、回転しながら飛んでいってしまった。
 三人とも口をあけたまま空をみあげた。
 「帰りはあの迷路をさけて、海岸ぞいを通って行きますか、歩きにくいがこっちなら道に迷わないで帰れるとおもいますよ」
 一等航海士が先頭に立って歩きだした。
 「この島は、さすがに不思議な生き物がいるね、あの迷路のばけもの岩にはおどろいたよ、こわかったなあ。あしたはどんなのがあらわれるかな」
 コンピューターの天才少年テオも、カラカラ島の生物に興味がわいてきたようだった。
 こわかったのはおんなじだった。でもさっきの合奏はよかった。もっとたくさん聞いていたかった。
 「この台地に名前をつけよう。[パイプオルガンの丘]というのはどうかな?」
 船長が歩きながらいった。
 「ぴったりですね、すると、あの筒は[パイプオルガンの樹]ですか、船長は詩人ですね。そしたらあの迷路は[ばけもの街道]でどうですか?」
 チェ・パトスが笑っていった。
 「あのおそろしい岩は[ばけもの岩]だ」
シナモンがいうと、
 「さっき飛んできた虫みたいなやつは[カラコプター]でどう? くるくる回っていたからね」
テオも名前をつけた。
 「それじゃ、あの最初の場所は[ゴンタウロスの浜]だ」
ドンスコイも名前をひとつ提案した。

 ガーリン号に戻り食堂に入ると「ポッピンポーン」となって、
 「皆さま、お疲れさまでした。ごゆっくりお食事してください」
と、ミミちゃんの声がした。
 「ミミちゃん、今日はすてきな音をきいてきたんだよ、ミミちゃんにもきかせたかったな」
ドンスコイが笑いながらいうと、
 「そうだったんですか、それは残念です」
と、ミミちゃんが答えた!
 みなで顔をみあわせ、目をまるくした! 
 ミミちゃんが答えた! 会話ができるように進化したぞ。
 「モニターをつけてみてください。私があらわれますよ」とミミちゃんがしゃべった。
 シナモンがリモコンのスイッチをいれると、
 「こんばんは、初めてお目にかかります。ミミです。よろしく」
 モニターの中から、白い制服すがたのかわいい女の子があらわれて、にっこりおじぎをした。首にまいた黄色いスカーフがよく似合っている。
 みんなだまってミミちゃんをじっとみつめた。
 コンピューターの人工画像だけど、本物の人間みたいだ。
 ミミちゃんは笑いながら、ぼくたちひとりひとりを順番にみつめた。
 目が動いている! すごい、本物だ。 
 「ミミちゃんはいくつなの?」
 ドンスコイがミミちゃんの顔をみまわしながらきいた。
 「十六歳です。たぶんナツオ様といっしょのはずですよ」
 ミミちゃんはそういいながらぼくを見た。ぼくはどきんとしてあわてて答えた。
 「う、うん、あたり。じゃ、テオはいくつかわかるかな?」
 ミミちゃんはテオのほうをみて、しばらく考えていたが、
 「十四くらいじゃないですか?」
といってテオをじっと見つめた。
 「うん、かなり近いけどまだ十三なんだ」
 テオはもじもじしながら下をむいた。
 「テオ、肩にさっきのカラコプターがついてるぞ」
 一匹、肩につけたまま帰ってきたようだ。つかまえて手をひらくと、くるくる回りながら明るいモニターの方へ飛んでいった。
 「ミミちゃん、いい音がするから聞いてみて」
 ぼくは口に指をあてて左右を見回した。
 みんなだまってカラコプターをみつめた。
 モニターの前でくるくる回りながら、カラコプターがあの音をはきだしていた。小さい音だがやはりすてきな音だ。
 「どうだい、いい音でしょう」
 ミミちゃんは、おおきく目をみひらいて、カラコプターを見ながら耳をすましていたが、にっこりしてうなずいた。
 音をだしおわって下におりてきたカラコプターをつかまえると、テオは部屋のそとへでていった。逃がしにいったようだ。
 「かわいい家族がひとりふえてにぎやかになった。よろしくたのむよミミちゃん」
 船長も笑ってミミちゃんにはなしかけた。

 

5 パイプオルガンの丘

 
 あのパイプオルガンの樹やカラコプターを、じっくり観察したいと博士がいったので、また行くことになった。
 ぼくはほっとした。もういちどあのすてきな音を聞ける。
 朝食をすませ、したくをすると、博士を先頭に出発した。
 こんどは迷路の道をさけて、きのうの帰りとおなじ海岸ぞいの道を通っていった。
 パイプオルガンの丘が見えてくると、あの音が聞こえてきた。
 音に引っぱられるように、みんなの歩くはやさも早くなった。
 遠くから見ると、丘の上のたくさんのパイプオルガンの樹は、林のように見えた。風にそよいで静かにゆれている。カラカラ島の緑の林だ。
 丘につくと博士は調査を開始した。
 チェ・パトスが広げた軽量パンタグラフはしごにのぼると、超倍率電子虫メガネで筒の上から中をのぞいたり、ビーム巻き尺で長さをはかったり、いそがしそうに動きだした。
 カラコプターたちが、樹のまわりをぶんぶん飛びまわっている。
 4DS撮影機をとり出し、博士のあとについて筒の中や外を撮影した。つよい風がくると筒が大きくゆれるので、撮影がたいへんだったが、そのかわり、耳元でいい音を聞くことができた。
 博士は、たちまち二十本のパイプオルガンの樹を調査した。
 「ナツオくんとテオくん、こうやって音を聞いてごらん」
 博士は、自分の背の高さの三倍はある、太くて大きなパイプオルガンの樹の根元に、しゃがんで耳を押しつけながら手まねきした。
 博士のようにしゃがんでその樹に耳をあてると、ぼくとテオは飛びあがった。すごい大きな音だ。「ゴワーッ」と鳴っている。樹はブルブルと振動していた。
 「あっはっは、そこは音波の定常最大点なのじゃよ」
 いたずらそうな顔をして博士は大笑いした。
 「歌いながら風を食べているようじゃ、ほら、筒の口を開いたり閉じたりしている。おそらく火山の煙に含まれている硫化栄養素を養分にしているにちがいない」
 博士の話を聞きつけたシナモンが、笑いながら風に向かって両手を広げ、口をぱくぱくさせた。
 「ぜんぜん腹いっぱいになりませんぜ博士、味がしないし」
 テオと腹をかかえて大笑いした。
 「不思議なのはこのカラコプターだ」
 博士は、つまんだカラコプターをみまわしながらいった。
 「音につられて飛んできた。しかしここでなにか食べているようすがない。ということは音を食べて生きている生き物ということになる。
 きのう観察したときに、くるくる回りながら音をはきだした。
 あのとき腹がだんだん小さくしぼんでいったのを見ていたかね。あれが証拠だ。音エネルギーを変換する機能をもっているのかもしれん。信じられんはなしだ」
 「テオが、コンピューターがなければ生きていられないようなもんですね」
 とっさにひらめいた冗談をいうと、みなふきだした。
 そういえばそろそろ昼食の時間だ。
 台地の周囲の調査に出かけていた一等航海士とチェ・パトスがもどってきた。
 シナモンが携帯食料と飲み物をくばった。
 みな、好きな場所ですわり、音を聞きながらシナモンの用意してくれた携帯食を食べた。

  食事をすませ、あおむけに寝ころがり、両手をひろげて空を見ていたシナモンが、ゆっくり背中を起こすと、
 「なんだあれは?」
といって空を指さした。
 むこうにみえる曲がった火山の上空に、白くて丸いものが浮かんでいる。 風に流されて、ゆっくりとこちらの台地に移動していた。
 もうひとつほかに、四角いのも浮かんでいた。
 「あんな大きなゴミはないし、雲じゃないし、鳥でもないし・・・・・・」
 「だいたいあれは生き物なのかな?」
 きれいな青空をバックに、それぞれ静かに動いていた。丸い方はゆっくり回転し、四角い方はゆらりゆらりゆれていた。
 動きながら太陽の光を反射して、ときおりキラリとひかった。
 博士は愛用の双眼鏡で、しばらくそれらを観察していたが、
 「からだをよじったり、くねらせているぞ、どうやら生き物らしい。
 クラゲみたいに透明だ、巨大なクラゲということになるな、ゴンタウロスぐらいの長さはありそうだ」
といった。
 「空飛ぶ巨大クラゲですか? またまた珍生物の登場ですな」
 ドンスコイが上を見上げながらいった。
 おおいそぎで4DS撮影機のレンズを超遠距離用に交換すると、空にむけて撮影を開始した。
 「あんな空高くまでどうやって登ったんだろう? 羽がついているようにも見えないし」
テオがぼくのほうをみながらいった。
 「船長、こいつは調査する価値がありそうですな」
 一等航海士のドンスコイが立ちあがった。
 「うむ、クラゲは海中に住むものときまっている。もし空飛ぶクラゲの存在が明らかになれば、古代生物史上の大発見だ」
 空を見上げて見つめていると、とつぜん、四角いクラゲが丸いクラゲにおそいかかった。
 二匹のクラゲははげしくもつれあいながら、下に落ちてきた。
 丸いクラゲのまんなか辺にかみつくように襲いかかった四角いクラゲは反撃され、とがった角をひきちぎられて、ふらふら逃げ出した。
 頭の上まで落ちてきた二匹の巨大クラゲは、博士のいったように、ゴンタウロスくらい大きかったが、透明なからだは、一枚のビニールの布のように薄かった。
 わずかに厚みのあるからだの中央部に口のようなものがちらっと見え、一瞬キラリと歯がひかった。
 丸いクラゲは、力をふりしぼって、泳ぐようにからだをひらひら動かすと、台地の東の海の方へ飛んでいった。
 たたかいにやぶれた四角いクラゲは、風にとばされる紙きれのように、くしゃくしゃになって落下し緑の筒に巻きついた。
 クラゲは黄色いねばねばした液体を体じゅうからふきだし、緑の筒といっしょに溶けて、かたちがなくなり、あとには緑色の小さな水たまりのようなものだけが残った。
 ぼくたちは目を丸くしてその光景をながめていた。

 

6 コピーの森

 
 「船長、あのクラゲのすみかをさがしに行きましょう」
最初にしゃべったのはテオだった。
 「どうやってあんな高く昇ったのか見たいんですよ。あんな大きい生き物が住んでいる所ですから、きっと発見できますよ」
 船長はもしゃもしゃ頭をごりごりかくと、大きくうなずいて、
 「出発」
と命令した。
 「しかし、行き先がまったくわかりませんな、どっちに行きます?」
ドンスコイは首を振って左右をながめた。
 「一等航海士、とにかく歩きだそう、そうすればなんとかなるもんだ。
ここにいても、なにも始まらん」
 船長は旧式デジタル双眼鏡を首にかけると、さっさと歩きだした。
 みな船長のあとに続いた。
 [パイプオルガンの丘]をすぎると、石ころ道になった。大小の石がまじっているのでとても歩きにくかった。なんどもつまずきかけた。
 「おーい、もうちょっとゆっくり歩いてくれー」
 シナモンの声がした。太ったシナモンは、ふうふういっていた。
 「ちょっとここで休憩しますか」
 ドンスコイも頭の汗をふきながら船長にいった。
 手頃な場所をみつけてすわり、追いつくのをまった。
 「テオはどうした?」
 シナモンよりおくれてずっと向こうで、テオがしゃがんでなにかさがしていたが、立ちあがると走ってきた。右手になにかにぎっている。
 「きれいな石をひろったよ、こんなのが落ちていたんだ」
 右手を開くと、ガラス玉のようにまん丸で青い石が光っていた。ゴルフボールくらいの大きさだった。
 「めずらしい石だな、ちょっと見せて」
 チェ・パトスはその石をうけとると、石に顔を近づけ、上や下からながめた。
 開いた手の平の上で重さをたしかめるようにポンポンと石をふると、コロンと石が落っこちた。
 「ごめん、ごめん。気をつけよう」
 もう一回同じことをすると、また手の平の外に飛びだした。
 「おやっ、なにか変だぞ?」
 チェ・パトスは、石をにぎった手の平を、そーっと開いた。
 丸い青い石はコロコロと動いて、ポトンと落ちた。
 「この石は何かに引っ張られているぞ、磁石に引っ張られているみたいだ」
 みんなまわりに集まってきて、順番にためしてみた。
 「カラカラ島の中心の特殊な力がこの石を引きつけているのかもしれん。不思議な現象だ。この島の隠された秘密がわかるかもしれん。
 この石を引っ張ってる方向に行ってみよう。そうすれば、あの空飛ぶクラゲのいる所がわかるかもしれんぞ」
 船長は急に元気になってグフンと鼻をならした。
 「さっきわしがいったとおりじゃろう。
とにかく歩き出したから、この青い石が見つかったのじゃ」
 「なるほど、これで道がわかるぞ」
ドンスコイは、うなずくと、
 「テオ、先頭に立って方向を示してくれ」
といってテオを手招きした。

  テオを先頭にまた歩き出した。
 石ころ道の向こうに大きな森が見えてきた。
 森の入口で立ち止まった。
 「テオ、ここから先はどっちの方角かい?」
 一等航海士のドンスコイがテオの左手をながめていった。
 テオが手の平をそろそろ開くと、青い石はまっすぐ森の方向にころがってぽとんとおっこちた。
 「ふむ、この森の中へ進めということじゃな。よし、どんどんいこう」
 森の中へ入ると、みなれない植物がぼくたちをむかえた。
 雨傘のようなかたちをした大きな丸い葉の植物が、あちらこちらキノコのようにかたまって生えていた。
 緑色のじゅうたんを敷きつめたような苔の地面から、竹にそっくりな樹が無数に生えていて、森いっぱいに広がっていた。
 見上げるように巨大な樹々の下で、小人になって森の中を歩いているような気分になった。
 どの竹も、「節」の部分が青白く蛍光色に光っていたので、森の中全体ぼんやりと青白く明るかった。みわたすかぎりうしろも前も竹にかこまれ、たよれるのは青い石だけだった。
 オットー博士はいちばんうしろから、みなから遅れて、きょろきょろ植物を見ながら歩いていたが、
 「おーい、一等航海士、ここらでちょっと休憩しよう。この、竹のようなやつを調べたいのじゃ」
といって立ち止まり、愛用の超倍率電子虫メガネをとりだして、竹の節の青白く光る部分に近づいた。
 「おかしいぞ、こわれたのかな?」
 博士は超倍率電子虫メガネをひっくりかえして裏側を見たり、ふったりして、また竹をのぞいたが、
 「だめだ。全然倍率がなっとらん、そのままの大きさで見えるだけだ」
といってぺたりとすわりこんでしまった。
 「さっきまではちゃんと使えたのだぞ、どこかぶつけたわけでもないし、これじゃ仕事にならん」
 機関長のチェ・パトスはその電子虫メガネを調べた。
 「充電時間はまだ充分あるし、メカはなんともなさそうだし・・・・
もしかしたら竹の節のこの青白い光の影響で、虫メガネの電子回路が働かなくなっているのかもしれませんよ。この光の周波数が、電子回路のデジタル信号の動作を妨害するとかね」
 すぐれたエンジニアでもある機関長チェ・パトスの分析だった。
 「それじゃ、双眼鏡もカメラも使えないかもしれないですよ。みんな電子回路が入っていますからね」
テオがいった。
 さすがコンピューター博士のテオはすぐそれに気がついたらしかった。テオはしゃがんでバッグから手帳くらいの大きさの銀色の機械をとりだしてスイッチをいれた。
 「やっぱりだめだ、画面がまっ白だ。これはひまな時遊ぼうとおもって持ってきた愛用のゲーム機なんですよ」
 博士は首からデジタル双眼鏡をはずし遠くをながめた。ぼくも4DS撮影機をとりだしてスイッチをいれてみた。
 「デジタル双眼鏡も使えん。その撮影機はどうかね?」
 博士に聞かれてぼくは首を左右にふった。この森の中では使える道具はないようだった。
 「役に立つのはテオの青い石だけだな」
一等航海士のドンスコイがにがわらいした。
 「昔の、レンズだけの虫メガネも用意すべきだったな」
 オットー博士もにがわらいしながら立ちあがり、また歩きだした。
 森の中の広場のようなところにきたとき、
 「あれをみろよ、もしかしたらゴンタウロスじゃないのか?」
 ふるえるような小声でシナモンが、広場のむこうの樹と樹のあいだを指さした。
 ぼくはごくんとつばをのみこむと、シナモンの指さすほうをながめた。
 樹と樹のあいだにたしかになにかいるようなかたちが見えた。
 青白くかすんだような森の中で、黒いシルエットのような影法師だったが、おおきなハサミとたくさんの脚の形がわかった。
 よくみると一匹ではなかった。あっちにもこっちにもいる。横をむいたやつ、正面をむいたやつ、ハサミを大きくひらいたやつ。
 右の奥から左の奥まで、ゴンタウロスの群れにかこまれていた。
 モニターで見た、頑丈そうなとげとげのハサミを思い出してぞっとした。あれでチョキンとやられる!
 足ががくがくしてきた。からだもかってにふるえだした。
 「こんなにたくさんいたんじゃ、このピーデル銃一本では、どうしょうもないな」
 ドンスコイがゴンタウロスをにらみながらつぶやいた。
 「ここは、やつらに気がつかれないうちに、そっと引き返しますか?」
チェ・パトスが船長にささやくようにいった。
 船長はうなずくと、手真似で、戻ろうと合図した。
 シナモンが先頭になって、今歩いてきた道をもどった。ゴンタウロスに見つからないように、なるたけ背を低くかがめ、そろそろ歩いた。
 しばらく歩いてからふりかえると、もうゴンタウロスたちは見えなかった。どうやら見つからずにすんだようだ。
 そのときシナモンがさけんだ。
 「あっ、人間だ!」
 シナモンの声のほうをにらんだ。
 ずっとむこうの樹のあいだに、見上げるような巨人が立っていた。
 頭、胴、手、足のかたちがはっきりわかった。これは人間だ。ぼくたちの十倍くらいの高さがある。
 まっすぐこちらをむいて、ようすをうかがっている。
 すばやく、近くにあった雨傘のようなかたちをした大きな丸い葉の下に、もぐりこんだ。
 しばらくはおたがいに顔をみあわせて声もでなかった。
 「さっききたときはあんなのいなかった」
 「ゴンタウロスと巨人にはさまれてしまったぞ」
 「はなしかけてみたらどうだろう」
 「信じられん。まだ人類なんかいない時代なんだぞ!
どうして人間がいるんだ? しかもあんなでかいやつが」
 オットー博士はうでをくんで頭をかしげた。
 「今回の探検の最大の発見ではないですか? これは」
機関長のチェ・パトスがいった。
 「今までの古代史を書きかえる大事件じゃよ。人類の歴史的大発見ということになるな。それにしても道具が使えなくて、観察記録も写真も残せないというのはつらいな。証拠写真や映像がなければ、だれも信じてはくれん」 「博士、いい考えがありますよ。あの巨人を森の外におびきだすのです。そうすれば、道具はちゃんとうごきますから、観察も記録もできるじゃないですか」
 あいかわらずすばらしいアイデアがとびだす機関長のチェ・パトスだった。
 「しかし、どうやっておびきだすか、それが問題だ」
 一等航海士のドンスコイは首をひねった。
 「ここから逃げだすだけなら、ピーデル銃をうって、巨人が眠ったすきにとおりぬければいいんだがね」
 「いや、なんとしても調べたいし、写真もとりたい。なんかいい方法はないかな」
 博士はどうしてもあの巨人を調べたいようだった。
 テオが大きな葉のかげから、こっそり巨人のほうをさぐっていたが、
 「巨人は一人だけじゃないですよ。あっちこっちに何人か見えます」
といったかとおもうと、
 「見て見て」とさけんだ。
 全員、大きな葉の下からとびだし、テオのいうほうをながめた。
 近くにあった一本の大きな竹が、高く積み上げた積木をばらすように、青白くひかる節のところから一個ずつばらばらにわかれて落下し、地面の上にカランカランと音をたててころがった。
 いちばん上まで分解して、とうとう竹の節の山になり、もそもそ動いていたが、こんどはさっきとは逆に、積木を積んでいくように、自分で形をつくりはじめた。
 はじめ、大きな足首のようなものが二個、地面の上に間隔をあけてならんだ。
 その足首の上に、磁石ですいよせられるように竹の節がつぎつぎ乗っかっていった。
 だんだん高くなり、膝ができ腿ができ、両足ができあがった。
 両足の上に胴と頭が積みあがると、二本の手が足から胴をつたわってよじのぼってきて、肩の左右にぴたりとくっつき、人の形ができあがった。
 竹の節は、最後の仕上げに、それぞれ部分的にふくらんだり、丸みをつけたりして、たちまち本物の人間らしくなった。
 これが六人目の巨人になったようだった。
 六人の巨人たちが、あちらこちらから、こっちをむいてじっと立っていた。
 「うーむ!」
 オットー博士はうでを組んだまま動かなかった。
 「感動した! 生命の神秘をながめたぞ」
 目の前でおこったことが信じられなかった。みなだまって巨人を見上げていた。しばらくことばがでてこなかった。
 「六人ということは、われわれ六人をコピーしたということですかね?
さっき森の中を通ってきたとき、見ていて・・・・」
 チェ・パトスがいった。
 「この、竹のような樹は、自分のからだを強そうなものに見せかけることで、生きのびてきたのじゃよ。たぶんはじめて見るわれわれが強そうに見えたのじゃろう」
 「それじゃ、さっきのゴンタウロスも、この竹の樹の化けたやつということですかい?」
シナモンは信じられないといった顔つきだった。
 「うむ、そうだよ」
 「自然というのはすごいもんですねー!」
 コンピューター少年テオも素直に感動していた。
 また逆戻りして歩きだした。
 テオとドンスコイが先頭に立ち、一列になって歩いていった。
 さっきのゴンタウロスたちが見えるあたりまできたとき、森全体がとつぜん体操をはじめたように、めちゃめちゃに動きだした。
 歩けないし、立っていられない。みな、よっぱらいのように両手をふっておどりだした。
 「すごい地震だ」
 「足がかってにうごくぞ」
 嵐の中のように竹の樹もはげしくゆれ、たがいに音をたててぶつかりあっていた。
 しばらくゆれたあと動きはちいさくなって、やがて地震はおさまった。  「火山の島だから地震はつきものだ」
 博士が森の中をみまわしてから歩きだしたので、みなはまた歩きだした。
 ゴンタウロスのむれに近づくと、どれも博物館の恐竜の化石のように、じっとしたままうごかなかった。
 さっきの地震で、ハサミが落ちたり脚が折れたりしているのもいた。
 「やっぱり本物ではなかったな」
 シナモンが大きなハサミをみあげながらつぶやいた。
 ゴンタウロスたちのあいだをぬけて、かまわずどんどん歩いていった。
 トンネルの出口のように、森のむこうが明るくなってきた。

 

7 引力のない池

 
 森をでたとたん、目の前はあの曲がった火山だった。
 火山の真下にきていた。
 ピラミッドのように大きな三角形の火山だった。
 いきなり明るい外にとびだしたので、頭がくらくらした。
 目がなれてくると、火山はまっ白でなめらかな岩でできているようだった。その反射でまぶしかったのだ。 
 見上げると、巨大な象の鼻のように曲がった火山の先端が、頭上たかく横たわっていた。
 その鼻の穴からうっすらと煙をはいている。
 火山の手前に丸い池があった。
 池の水面から白い蒸気がたちのぼっていた。温泉のようだ。
 「このあたりには危険な生き物はいないようだ」
 一等航海士のドンスコイが、するどい目つきでまわりをみわたしていったので、みな池の岸に腰をおろした。
 ドンスコイは、背中のバッグをおろし、ピーデル銃も下におくと、岸をおりて池のそばへいき、しゃがんで手の平を水につけた。
 「おお、けっこう熱いぞ。熱すぎてこの温泉には入れん」
 シナモンは、パックに入れた[特製フルーツポテトパイ]をとりだすと、温泉につけてあたためた。
 「森のひと騒動のあとのパイは最高だな」
 携帯カップのコーヒーをひとくちのみ、あったかいパイをかじりながらオットー博士はわらった。ぼくとテオは腹がへっていたので、むちゅうでパイをぱくついた。
 腹いっぱいになり、あおむけにねころがると、おもいっきり手足をのばしてくつろいだ。
 巨大な土管を横にしたような火山の火口が頭の真上に見えた。
 空に地面が浮かんでいるように見える・・・・
 あの象の鼻が折れたら、この上に落ちてくる・・・・
 じっと見ているとめまいがして、おもわず両手で地面をつかんだ。
 テオやシナモンも頭をふったり、目をこすったり、両手でからだをささえたりしていた。
 オットー博士は、使えるようになったデジタル双眼鏡でまわりをながめていたが、
 「ここにはどんな生き物がいるかな。見つけしだい名前をつけていこう。 ほう、さっそくおもしろいのがあらわれたぞ」
 というと、火山の裾のななめの斜面を指さした。
 白くなめらかな斜面を、なにかが下りてくる。二匹で競争しているようだ。こちらにむかってきた。
 だんだん近づいて、形がはっきりしてきた。
 「クルマだ!」
 テオがさけんだ。
 「足が車輪だ!」
 シナモンもさけんだ。
 みな立ちあがって斜面をみつめた。
 二匹はおおきめのイルカのようなかたちをして、背中に二本の角をつけていたが、おどろいたことに両側に車輪のようなまるい円盤をつけていた。あれが足なのだろうか?
 片側に二個なので、全部で四個の車輪だ。その車輪がくるくる回り、車のように走っている。生き物の自動車だ。
 「こいつはカラカラカーだ」
 テオがすばやく名前をつけた。
 池にむかってまっすぐ下りてくると、岸のはしからビューンとジャンプした。
 なれたようすで水面におちると、そのまままっすぐすべっていった。
 すべりながらすばやく水中に口をつっこみ、なにかをとらえて食べた。
 白い蒸気がゆらめく池のまんなかで二匹が止り、じっとしていると、信じられないことがおこった。
 一匹ずつ静かに空にあがっていく! 
 「おおっ!」
 「ありえない!」
 「どういうことだ!」
 カラカラカーが、見えないクレーンで吊りあげられ、運ばれていく! 
 博士もぼうぜんとして、ぽかんと口を開き、みあげているだけだった。
 だんだん小さくなり、火口のあたりで見えなくなった。
 「どうして空に浮かんだのだろう?」
 「あそこは引力が働かないのかな?」
   「クルマなんて知らないはずなのに、車輪がついていたぞ」
 機関長のチェ・パトスが博士にきいた。
 「オットー博士、あのカラカラカーの車輪は足が変化したのですかね?」  博士は考えこんでいた。
 「もしこれが事実なら、古代生物進化の大変な発見ということになる。車輪足なんていうのはまだだれも発見しておらん」
 シナモンが大声をあげた。
 「またなにかやってくるぞ!」
 みなはまた火山の斜面のほうをながめた。
 こんどは丸い円盤のようなやつがころがってきた。
 マンホールのふたぐらいの大きさで茶色だった。
 「こいつはカラカラ円盤だ」
 ぼくはおもわずさけんでいた。かなりのスピードでころがってくる。
 からだがタイヤのようにクッションになって、斜面のでこぼこを飛び越えるたびに、やわらかくはずんだ。
 所々に落ちている岩のかけらを、左右にじょうずによけながら池にむかってきた。
 どこに目があるんだろう。円盤のどこにもそれらしいものが見あたらない。皮膚でまわりのようすを判断しているのだろうか。
 そいつもきれいにジャンプすると、池の上にすとんと落ち、すべるように走った。池のまんなかでとまるとぱたりと倒れ、円盤のまんなかがムニュムニュ動き、なにか食べたようにみえた。ここが口のようだ。
 このカラカラ円盤もさっきとおなじように、「すーっ」と空にあがっていった。
 「また上がっていったぞ」
 「カラカラカーとおんなじだ」
 こんどはどんなのがあらわれるだろう。
 ぼくは火山の斜面のほうをじっとみつめた。
 オットー博士が池を指さしてさけんだ。
 「なにかでてくるぞ!」
 みないっせいに池のほうをながめた。
 白い蒸気がもやもやたちこめる、池のまんなかへんがゆれて、まるい波紋が次々にひろがっていった。
 中心のあたりが盛り上がったかとおもうと、円形でビニールのように薄く透明なものが水中からあらわれ、ふわんと水面にうかんだ。
 「巨大クラゲだ!」
 クラゲは、ためらっているように、ゆらゆらただよっていたが、けっしんしたようにユラーッと上昇していった。
 丸いふちのあたりをひらひらさせ、じょうずにバランスをコントロールしていた。
 カラカラカーやカラカラ円盤にくらべて、はるかに大きいので、からだをゆらすと、白い蒸気が周囲にふきつけられた。
 みな、うっとりして巨大クラゲの離陸をみまもった。
 次のクラゲがまた水面にうかんできた。
 木の葉のように細長い楕円形をしている。
 丸いクラゲとおなじように、ゆっくりのぼりはじめたが、巾がせまいため安定がよくないようだった。
 風もないのにくるりとひっくりかえった。あわててクラゲは態勢をたてなおし、必死になって姿勢を維持しているようにみえた。
 高くのぼっていったが、丸いクラゲほど安定がよくなく、バランスをたもつのに苦労しているようにみえた。
 次々に、四角い形、細長い形、タンポポの種のように先端がこまかく分かれた形など、色々な形のクラゲがあらわれて離陸していった。
 細長い形のクラゲのように、離陸してもうまく上昇できず、横方向にすべってからふらふらと下りてきて、池に墜落してしまうのもいた。
 「安定してのぼっていくのはたいへんなんですね」
 「どうしてこんなにいろいろあるんでしょう」
 ぼくとテオはオットー博士に質問した。
 「非常に興味深いものを見たぞ。生物の進化の試行錯誤を見学したようなものだ。どれがいいか、いろいろ試しているのだよ」
 博士は、もしゃもしゃの白髪あたまをぐりぐりかきまわした。

  クラゲがいなくなって、池はもとどおり静かになった。
 色々なできごとに頭が混乱していた。
 理解できない体験をしたので、ひといきつきたかった。
 ゆっくりとしゃがみ、岸に腰をおろした。
 テオもすわると青い石をとりだし、脇においた。
 すると青い石がかってにコロンと動き出し、ヒユッと池の上に飛んだ。
 石は水の上をまっすぐころがっていった。
 「まてー」
 テオはあわてて青い石をおいかけ、池の上を走っていった。おどろいたことにテオも池に沈まなかった。
 池のまんなかでいったんストップした青い石は、スイッと空にあがっていった。
 「まてー」
 追いついて上をむいて石を捕まえようとしたテオのからだが、フワンと浮いた!
 青い石とテオはそのままの姿勢で、見えないエレベーターに乗っているように上昇していく!
 「おーい、おりてこーい」
 「もどれー」
 「まてー」
 みなでさけんだが、テオは上空にのぼっていってしまった。
 手をふってなにかさけんでいるようだったが、遠くて聞き取れなかった。 「博士、どうします? テオがいっちゃいましたよ」
 「かわいそうに、これでお別れだ」
 「いいやつだったのになあ」
 博士をとりまいて、口ぐちにさけんだ。
 「諸君、落ちつくのじゃ。
 どうやらこの池の中央は、重力が働かない特別の空間のようだ。あのカラカラカーもカラカラ円盤も、クラゲもそしてテオも、みんな空にのぼっていった。
 空といっても、あの横に曲がった火口のあたりに行ったにちがいないが、どうしてそうなるのかはわからん。
 おそらく方向性のある、強力な引力をもった特殊な物体が、この火山のどこかにあって、その影響と思われるが、今そんなこと考えていてもはじまらん。
 未知の世界に一歩踏みだそう。われわれも行ってみようじゃないか」
 博士の力強い演説に心はきまった。
 バッグを背負うとみんなと並んだ。
 博士を先頭に池の上を歩いていった。
 水の上なのに沈まないというのは不思議な感覚だった。というより体重がゼロになっているような気がした。
 水蒸気がたちのぼっていたが、それほど熱さは感じられなかった。
 そっと押されたらそのまますべっていってしまいそうだ。
 先頭の博士が池の中央に立った。うしろに一列にならんで順番をまった。 博士はエレベーターに乗ったように、静かに上昇していった。
 見上げると靴の裏が見えた。
 次はぼくの番だ。
 二歩前に進んで深呼吸をした。
 おやっと思うまもなく、まわりの景色が下に動いていった。
 ぼくは上から引っ張られるしっかりした力を感じた。
 池が下に小さくなり、森が見え、遠くに海も見えてきた。
 真下を見るとシナモン、チェ・パトス、ドンスコイの頭が、順番に空間に浮かんでいる。それを見て、頭の中がクラーンとし、めまいでたおれそうになった。
 あわてて上を見ると、博士の靴の裏が見え、そのむこうにあの曲がった火口が見えた。
 火口に近づき、表面の岩やでこぼこが見えてきたとき、ふしぎなことにからだが前にぐるりと半回転して、足が火口の方をむいた。そのまま静かに落下していって、すとんと着陸した。
 足でたたくとたしかに地面の上だ。二、三歩歩いてみた。だいじょうぶだ。
 博士とテオがこっちを見て笑っていた。
 あとの三人も降りてきた。全員またそろった。
 「よかった、またいっしょになれた」
 「もうおわかれかとおもったよ」
 みなでまるくなって肩をたたきあった。
 近くでカラカラカーたちやカラカラ円盤たちがかたまって休んでいた。 「ここまではあのゴンタウロスもやってこないだろうし、安全な天上の楽園というわけだな」
 博士はまわりを見回していった。
 「ここに住んでいれば、斜面をころがっていって池のえさを食べ、あの不思議なエレベーターで戻って生活できるわけだから、足も手もいらないわけだ。だから円盤になったり、足が車輪に変わってしまったのだろう。環境が生物の形をつくったのじゃよ」
 上を見上げると、大地が広がっている。あの池や森、遠くに海もみえた。 以前見た映像で、さかさまに飛ぶジェット戦闘機のパイロットがみた景色を思い出した。あれと同じだ。ここは天と地が逆だった。
 ずっと見ていると、大地にむかって落下していくようなへんな気分になり、あわてて目をそらした。
 さっきのクラゲたちが火口の上空に集まってゆらゆらゆれていたが、マラソンランナーたちがスタートするように、いっせいに風にのって移動を開始した。
 すばらしいながめだった。大空がちぎれて動いていくようだ。
 安定した姿勢で流れていくもの、ふらついて進路がおかしくなるもの、バランスをくずして降下していくもの・・・・・・ 
 「これは生物の壮大な実験なのじゃ。生き残るための」
 博士は空いっぱいに広がって飛んでいくクラゲたちをゆびさしていった。
 「あちらのほうにあるゴンドロワ大陸を目指して挑戦しているのじゃよ。安定して長距離飛行できたものが到達できるわけだよ」
 「このカラカラ島じゃ満足できないんですかね」
 島を見回しながらシナモンがきいた。
 「もしかしたら、かれらの本能でなにか危機を感じとっているのかもしれん」
 ぼくとテオはだまってうなずいた。
 「ちょっとわれわれも実験に参加してみよう」
 機関長のチェ・パトスはバッグからノートをとりだし、一枚紙を切り取るとヒコーキを折った。
 空に向かっていきおいよくなげると、上昇気流に乗ってぐんぐん上にあがっていき、あっというまに小さくなって見えなくなった。
 「あの紙ヒコーキはゴンドロワ大陸まで飛べるかな」
 チェ・パトスは笑った。
 ぼくとテオも紙ヒコーキを飛ばしたくなった。
 楽しそうだ。記念に作って飛ばしていこう。
 チェ・パトスから紙をもらうと、ヒコーキを作った。
 ぼくの紙ヒコーキは、ゆっくり円をえがきながら池のほうに落下していき、テオのはまっすぐ海のほうへ飛んでいった。
 「さて、そろそろ帰らないと、日が暮れてしまう。ここからどうやって下に下りるかな」
 博士はみんなの顔をみまわした。
 「馬みたいに乗っておりられないかな」
 ドンスコイは、そばにいた一匹のカラカラカーにちかづいて頭をなでた。 カラカラカーは頭を左右にふって上をむいた。
 はじめてみた人間にたいして警戒するようすもない。おとなしそうだった。
 ドンスコイは馬にのるようにまたがり、背中の二本の角をつかむと足で進めと合図した。
 カラカラカーはゆっくりと動きだし、火口の斜面を走りだした。ドンスコイがふりむいて手をふった。
 「なるほど、これはいい」
 みな自分のカラカラカーをさがした。
 ぼくもおとなしそうなカラカラカーを見つけて頭をなでてみた。茶色のごわごわした皮膚だったがあたたかかった。
 カラカラカーはふりむくとじっとぼくをみつめた。おだやかな目をしている。
 何億年もはなれた世界に住む生き物どうしが今こうして見つめあっている・・・・・・ 
 人間というふしぎな生き物を見て何を感じているだろう・・・・・・
 ぼくはカラカラカーの背中をなでながら、そっとまたがった。
 ぼくたちはドンスコイのあとをおって斜面を走っていった。
 池のところまで下りてきてジャンプし水面の上に停止すると、そこでおりて池の上を歩いて岸にもどった。
 「ひゃー、楽しかったなー。遊園地にいったみたいだった」
 「あっというまにおりちゃったな」
 「けっこう安定がよかったよ」
 みんな、新鮮な体験に興奮した。
 帰りもまたテオとドンスコイが先頭になった。
 帰りは青い石と反対の方向にいけばよい。
 森をぬけ、パイプオルガンの丘を越えて、海岸ぞいの道にきたとき、また地震がおこった。きょうはこれで二回目だ。
 「船長、地震がひんぱんに起こりますね。なにかいやな予感がしますが」 機関長のチェ・パトスがいった。
 「火山活動が活発になったのかな。用心しよう」
 空がすっかり暗くなったころ、ガーリン号にもどった。
 「ミミちゃん、きょうもたくさん冒険してきたよ」
 ドンスコイがミミちゃんに報告した。
 「空飛ぶクラゲに森の巨人、そして火山に登ってカラカラカーにも乗ったよ」
 ミミちゃんはモニターにあらわれると、
 「みなさんお帰りなさい。おつかれさまでした。
 でもこちらもちょっと事件がありました。みなさんがいないあいだ、おそろしい怪物があらわれたんです。ものすごく大きかったんですよ」
 といってかわいい目をおおきくみひらいた。
 「どんな怪物だったの?」
 ぼくとテオはミミちゃんのほうをみて、いっしょに質問した。
 「それはこのガーリン号の監視カメラが撮影していますから、そちらを見てください。では画面を切りかえます」

 

8 五つ目ギガドロン

 
 ミミちゃんが消えて、画面は海になった。
 モニター画面をじっとみまもった。
 しばらくは、水平線が写っている静かな海だったが、とつぜん蛇の胴体の一部のようなものが水面にあらわれた。
 太さは電車ぐらいありそうだった。
 大きな波が広がり、水滴をまきちらして小さな山のようにもちあがった。
 まんなかへんに丸い目玉のようなものがみえ、こちらをじっとうかがっていた。
 カメラのレンズのように、まばたきしないで無表情なのが、ぶきみだった。
 よくみるとそこからはなれたうしろにも、もひとつおなじような小山ができて、目玉がひとつみえた。
 前とうしろの二つの目玉でしばらくじっと見ていたが、やがてくねくねと動き出し、水中にもぐっていった。
 それっきりそいつはあらわれず、ただの水平線だけの画面にもどった。 「なんだあれは? 海蛇か? それにしても巨大なやつだったな」
 「竜みたいだったな、竜の先祖じゃないかな?」
 「目玉がからだのまんなかについていたな、頭はないのかな」
 「二匹のように見えたがあれは一匹だ。水中でつながっているにちがいない。うごきかたでわかった」
 「あれにまきつかれたらこのガーリン号なんて、ぐちゃりだ」
 「船長、あいつはなんですかね?」
 一等航海士のドンスコイはあごに手をあて、モニターをにらんでいた。
 船長のオットー博士もうでぐみして考えていたが、
 「あれが五つの目をもつギガドロンというやつかもしれん。ヤツメウナギというウナギがいるが、その遠い祖先という説もある。からだのわきに目が五つもついているぶきみな生き物じゃ」
 からだがぶるっとふるえた。ゴンタウロスどころではなかった。
 胴体の一部だけでもあんなに大きいのだから、全長はどのくらいあるのだろう? 想像しただけでも恐ろしい。
 まだこのちかくにひそんでいるのだろうか? このガーリン号のま下にいたらどうしよう? 
 その晩は寝つけなかった。爆弾の上で寝ているような気がした。
 朝になり、寝不足のぼんやりした顔で食堂にいくと、みんなもやはり眠れなかったような顔をしていた。
 食事のあとは対策会議になった。
 「ここにいては危険です。どこか別の場所に移動しましょう」
 「しかし、動いたらおそってこないかな?」
 「その前に、どこにいるのか確認するほうがさきじゃないのかな。この船の下にいるかどうかわからないし」
 チェ・パトスの意見は正しかった。
 「そうだった。はやく気がつけばよかった。そうすれば一晩中心配することはなかった」
 ドンスコイはにがわらいした。
 「あいてが古代の生物でもベータ音響探査機で位置反応くらいはたしかめられるだろう」
 といって指令室にいったが、しぶい顔をしてもどってきた。
 「だめだ。反応がめちゃくちゃだ。モニターが混乱していて位置なんて確認できん。どうしてだろう」
 「からだの両側で十個のするどい目玉があるわけだから、そいつでばらばらに信号をはじいちゃうからじゃないかな。それだったら、いっそのことその目玉をとじさせてしまったらどうですか。目が見えなきゃ追ってこられないわけだし」
 テオの提案だった。
 「どうやって目をつぶらす?」
 ドンスコイがきびしい目つきでテオをみた」
 「いい考えがある」
 チェ・パトスがにっこりした。
 「ピーデル銃のカートリッジはまだたくさん残っているでしょう。
 そいつを使うんです。あの眠りガスを水に溶かして海にばらまくんですよ。このガーリン号のまわりに。
 もしこの下にギガドロンがいれば、この近くの目玉は眠ってしまう。そのすきに全速力で発進して、羽をひろげてジャンプすれば、にげられるかもしれない」
 みんなうなづいた。これは決死の作戦だ。このすじがきどおりいくとはかぎらない。しかし、ほかにいいアイデアはない。
 「いちかばちかの作戦だがやってみよう。チェ・パトス、珍兵器の準備をたのむ」
 チェ・パトスは自分の部屋からノートとペンをもってきて食堂のテーブルに広げ、新兵器のスケッチを色々描いてはながめ、首をひねって考えていたが、
 「よし、これでいこう」
 といって最終決定したスケッチをみなに見せながら、作り方を説明した。 さっそくドンスコイは、ピーデル銃のカートリッジの入った段ボール箱二箱を食堂のテーブルにはこんできた。
 シナモンとテオは貯蔵室から冷凍用のポリ袋をたくさんかき集めてきた。
 ぼくは調理室からバケツを集め、ほかにペンチやドライバーなどの道具も用意した。
 チェ・パトスの指示で、調理用の白い手袋で手を保護し、水を入れたバケツの中にカートリッジを沈めてキャップをゆるめ、中の高圧溶液を排出させた。
 この作業はキャップをゆるめすぎると、いっきに噴出して失敗するので慎重にしなければならなかったが、テオと二人でがんばった。
 溶液を水に溶かして青色になったバケツの水を、ドンスコイとシナモンが注意しながらポリ袋につめた。できあがった珍爆弾を、チェ・パトスがテーブルの上にきれいに並べていった。
 二時間ほどして爆弾製造作業は終了した。みなほっとして白い手袋をはずし、テーブルをかこんでいすにすわった。
 「船長、この爆弾は水面に落下すると、その衝撃でポリ袋がひらき、中身がこぼれるようになっています。準備オーケーです」
 「ほう、ずいぶんたくさん作ったな。六十個もある。これだけあれば、船のまわりくらいは効果があるじゃろう」
 さっそく作戦会議になった。
 シナモンが爆弾投下係になった。
 投下完了後、中身が海水中に広がって効果があらわれてくる時間をみはからい、一等航海士ドンスコイがエンジンをフル回転にしてガーリン号を急発進する。
 離陸可能速度に達したら翼をひろげジャンプする。
 はじめてのジャンプだ。その操縦をまかせられた。
 いよいよガーリン号を飛ばすときがきた。ラジコンの模型飛行機ではなくて本物のガーリン号を操る・・・・・・
 うれしくて歯ががちがちなりだした。胸もぶるぶるふるえている。
 練習もしないでいきなり緊迫した本番で操縦する、というのは無謀だがしかたがない。
 テオはタイムキーパーとして時間を知らせる役目、チェ・パトスは万一に備えてピーデル銃で船全般の警戒にあたる。
 船長は総指揮として、モニターを見ながら状況判断し、臨機応変に指示をだすことになった。
 各自配置についた。
 指令室の一等航海士ドンスコイのうしろにテオとならんですわった。
 サブテーブル上の飛行ハンドルや、ボタン、スイッチなどの操作方法を思い出し、船長の命令をまった。
 テオがそっと口に手をあてると、小さくコホンと咳ばらいした。
 ドンスコイが首を二、三回ふってイスにすわりなおした。
 外の波の音がきこえるくらい静かになった。
 正面の大モニターにガーリン号のハッチ部分が写り、船の輪郭にそって船首から船尾まで等間隔に置かれた爆弾がみえた。
 テーブルの上に料理をきれいに並べたようで、さすがコック長てぎわがよかった。
 左右を確認して異常のないのをたしかめると、シナモンは右手を上げ、オーケーの合図をだした。
 「よし、作戦開始」
 船長がおちついた声で命令をだした。
 シナモンは船の先端から時計まわりに爆弾を投げていった。あらかじめ並べてあるからそこから投げこむだけでいい。
 片側三十個投げおわると、反対側も同じように投げこんでいった。
 全部投げおわると、右手をさっとふって終了の合図をした。
 ドンスコイが機関スタートボタンをそっとおした。
 エンジンをあたためるスロー回転がはじまった。ブルルルル、低い音が聞こえ、船体が小さく振動をはじめた。
 この音に気づいてギガドロンが動き出したらもうすべて終わりだ。
 ギガドロン、ねむれ、ねむれ、おとなしく眼をつぶってねむるんだ。あばれだすなよ。 
 テオのカウントがはじまった。
 「10秒、20秒、30秒、・・・・・・ 」
 モニターをにらんでいると、ガーリン号のまわりの海水がしだいに青色に変化してしずんでいく。
 「3分」
 ずいぶん長く感じた3分間だった。
 ドンスコイがメインハンドルを力強く押しこんだ。
 ガーリン号はブルルンと身震いしたかとおもうと、大砲の弾のようにとびだした。
 「ギ──ン」
 エンジンは、たちまち気が狂ったような激しい音になり、からだと頭がぐいっとうしろに押しつけられた。
 「V1」
 速度計をみながらテオがさけんだ。
 ガーリン号はぐんぐん加速し、モニターで見る映像はすさまじい水煙につつまれた。 
 「V2」
 船体がビリビリ振動し、ギシギシ悲鳴をあげだした。
 「VW、ジャンプ可能速度」
 「よし、いくぞ!」
 翼展開ボタンを押した。 
 からだがイスにおしつけられ、船がぐいんともち上げられた。
 ガーリン号がジャンプを開始した。ここからは投げられたボールのように自力で空を飛んで滑空していく。
 ドンスコイはちらりとふりかえると、機関のスイッチを停止した。
 エンジン音にかわって風を切る音がはげしくきこえ、暴風の中を飛んでいるようだ。
 モニターの水煙が消え、水平線が下に移動していく。
 「すこし頭を上げすぎだ。飛行距離が短くなる。ちょっと頭をさげろ」
 モニターをにらみながらドンスコイが大声でさけんだ。
 「了解」
 ハンドルをすこし押して角度を下げた。
 「最大高度ポイント通過」
 ガーリン号はゆるやかに降下をはじめた。
 海岸線がゆっくりうしろに移動している。
 モニターを監視していた船長が大声でいった。
 「ギガドロンから逃げられたようだ。ナツオ、どこかこのあたりに降下だ」
 「了解」
 飛行ハンドルを引いて翼の抵抗をふやし速度をおとした。
 船はゆるやかに左旋回しながら高度を下げていった。
 「VR、着水速度、高度OK」
 テオの声が元気にひびいた。
 ガーリン号は安定した姿勢で水面に着水した。
 翼をたたんでスイッチを切るとテオと手をにぎりあった。
 これでひとまず危機を脱出した。

  食堂にいくと、みんなも集まってきた。
 「ナツオ、すばらしいジャンプだったよ。とてもはじめてとは思えない」  「本物のラジコンの味はどうだったね」
 「作戦、大成功だ。無事ギガドロンから脱出したぞ」
 「あの珍爆弾の効果はどうだったんだろう。見たかったな」
 シナモンが調理室からあつあつの特製フルーツポテトパイをはこんできた。こんなとき食べるおやつは最高にうまい。
 甘いパイの匂いとコーヒーの香りがただよい、からだがほぐれていった。 みんなパイのおかわりをたのんだ。シナモンは笑いながらうなずくと、調理室にもどっていった。
 大モニターが明るくなってミミちゃんがあらわれた。
 「みなさんおつかれさまでした。大作戦でしたね。あのおそろしい怪物から逃げられてほっとしました。ごゆっくりしてください」
 ドンスコイは笑いながら、
 「はじめての空中旅行はどうだったかな」
 といってパイを半分に切った。
 「すばらしかったですよ。空からみるカラカラ島もすてきでした。
 でも煙の出方がおかしかったのが気になりました。ボン、ボンと音を出していたんです・・・・・・」

 

9 カラカラ島噴火

 
 そのとき電光がひらめくと、かみなりのようなすさまじい音が鳴り響き、豪雨のようにたたきつける水音がして船体がぐらんとゆれ、テーブルの上の食器やスプーンがすべり落ちた。
 食堂のあかりもモニターも消えて、非常灯の緑のあかりだけぽつんとのこった。
 ゆかにおちた食器やスプーンのぶつかりあう音が暗闇の中にひびいた。
 しばらくしてゆれがおさまり、明りとモニターがふたたびつくと、食堂の中はめちゃめちゃになっていた。
 モニターにうつったカラカラ島をみて息がとまった。あのカラカラ島はもうそこにはなかった!
 象の鼻の部分がなくなって、残った火山の切り口が真っ赤な火を吹いていた。
 黒煙と白煙がまざりあいながらみるみる大きなかたまりになり、空高くのぼっていった。
 船長とドンスコイが食堂をとびだしていった。
 あとを追ってはしごをのぼりハッチの外にでると、バキバキと音がきこえ、こげたようなにおいがつたわってきた。
 火山が爆発した。地震はそのまえぶれだったんだ。
 足も手もがくがくふるえ、ハッチにつかまりながらカラカラ島をみつめた。
 「あれをみろ」
 船長の指さすほうをみると、ゴンタウロスの群れがかたまりになって、海岸にむかって走っている。
 「あっちからもでてきたぞ」
 シナモンは島の左側の海岸を指さした。
 ゴンタウロスが島のあっちこっちからどっとあらわれてきた。こんなにたくさんいたのかとおどろくほどの数だ。
 どれも黒いかたまりになって海岸めざして全速力で走っている。海岸はたちまちゴンタウロスのむれにうずめつくされた。
 黒いひとつの大きなかたまりになって、いそがしくうごめいていたが、やがて先頭から海にはいると、狂ったように足を動かして泳ぎだした。
 新しい火口から赤黒いどろどろの溶岩があふれだしてきた。
 溶岩は白い斜面を伝って流れだし、下におりてきた。
 森にとどくと、マッチで火をつけたように森が燃えだした。
 灰色の煙がたちあがり、じりじりと燃えひろがっていく。
 煙が流れてきて目にはいり涙がでてきた。息苦しくなり手をふって煙をはらった。
 「みろ、ギガドロンだ」
 ガーリン号のすぐそばをあの小山のような胴体をみせながら通過していく。波をけたてて進み、その波がつぎつぎに船にあたってくだけた。
 小山は五つあった。先頭から最後まではたいへんな距離だ。ぶきみな五つの目はこちらをみているが、ガーリン号などまったく無視して必死に泳いでいる。
 「こっちがわにもいるぞ」
 二匹のギガドロンはガーリン号をはさんだ両側を泳いで、あっというまに行ってしまった。
 沖のほうをふりかえると、いつのまにか海は大移動するゴンタウロスたちに埋めつくされて、水平線が見えなくなっていた。
 二匹のギガドロンはゴンタウロスの集団に追いつくと、水中にもぐっていなくなった。
 火口から新しい溶岩が大量にふきだしてきた。
 小石くらいの焼けたかけらが船の上にとびこんできて、カラカラところがった。
 こんどの溶岩はするすると流れてきて、台地を伝い海岸に達すると、海の中に入り、すさまじい水蒸気をふきあげながらこちらに進んできた。
 「あぶない。あの溶岩はここまでくるぞ」
 「あの水蒸気にやられたら即死だ」
 船長が、溶岩をにらみながらさけんだ。
 「大至急ここで退避作戦会議だ。一等航海士、あの溶岩がここまでくるのはあとどのくらいかかると思うかね」
 「そうですな、五分くらいじゃないですかね。早く逃げないと」
 「よし、一分間で作戦会議だ。水中はギガドロンがもぐってしまったので、あぶなくてもぐれん。空中しかない。ゴンタウロス達の上をジャンプして逃げよう。さっき予行演習しといてよかった。
 今回のジャンプで問題なのは、助走距離と踏み出し速度、そしてジャンプ距離と方向だ。どれかひとつでもまちがえると、ゴンタウロスのむれの中につっこんでしまうぞ。
 したがってやつらの正確な位置を計算する必要があるが、動いているからむずかしい高等数学になる。
 ここはレーダー連動コンピューターを使って計算してもらおう。テオ、まかせたぞ。
 シナモンとチェ・パトスは、わしといっしょにモニターを監視してくれ。人数が多いほうが見落としがない。
 ナツオはまたすばらしいジャンプをたのむぞ。ではただちに作戦開始だ」 溶岩は白煙につつまれてじりじりとせまってきた。
 全員船内にとびこむと配置についた。
 「ゴンタウロスの最後尾との距離400」
 レーダー連動コンピューターのモニターを見ながらテオがさけんだ。
 大モニターは、溶岩の水蒸気で画面がくもってきた。早く動け。早く。早く。
 「ゴンタウロスとの距離800」
 ・・・・・・
 「距離1200、最少助走距離確保、発進」
 ガーリン号はふたたび走りだした。たちまち振動、轟音の世界になった。
 「距離1000」
 テオのカウントが続いた。
 「距離800」
 ゴンタウロスの最後尾がみるみる近づいてくる。
 ・・・・・・ 
 「距離400」
 目の前にゴンタウロスたちがせまった。ぶつかる!
 「距離100、速度VW、ジャンプ」
 すかさずボタンを押した。からだがいすに押しつけられ、いすがきしみ音をたてた。
 「ぶつかるなよ!」目をつぶってさけんだ。
 ゴンタウロスに船の腹をこするような距離でガーリン号は浮上した。
 ほっとしてモニターをみると、ゴンタウロスのむれが下に遠ざかっていく。
 ゴンタウロスたちのかたまりの上をガーリン号は飛んでいた。
 嵐のような風切り音の中からテオのさけぶ声がひびいた。
 「最大高度ポイントただいま通過」
 飛行ハンドルをすこしもどして、水平滑空姿勢にいれた。このあとは高度がさがってくる。
 モニター画面をにらんだ。すごい数のゴンタウロスだ。最前列がまだみえない。
 「できるだけ長く高度を維持しろ、距離をのばせ」
 ドンスコイがふりむいてさけんだ。
 「了解」
 飛行ハンドルをそっとおさえてモニターをにらみ、飛行姿勢を確認する。最前列はまだか。
 「やつらは左に曲がりだしたぞ。右側が空いてきた。右にシフト」
 チェ・パトスがさけんだ。
 「了解」
 飛行ハンドルをじわりと右にかたむける。あわてて急ぐと降下が早まる。これはラジコングライダーで身につけた経験だ。
 「ゴンタウロス最前列まで、距離180」
 高度が落ちてきた。ゴンタウロスがまじかにせまってきた。最前列が見えてきた。
 あそこまでもう少しだ。がんばれ。いけっ。
 モニター画面の白波がわかるようになり、大きくなり、アップになったかとおもうと画面がグランとゆれ、ガーリン号は力つきてぱったりと着水し、停止した。
 ゴンタウロスの集団が、ガーリン号のすぐ左側を黒い山のようになって進んでいった。からだや脚をぶつけあい、ぎいぎい鳴きながら、水しぶきをあげていた。
 大集団が通りすぎた。騒音はしだいに遠ざかっていき、やがて遠くの島のように小さくなった。

  全員、船の上にでた。
 船をたたく波の音がかすかにきこえた。
 空一面に広がった黒い煙で、あたりはうす暗くなっていた。
 遠くにカラカラ島がみえた。
 火口のあたりがときおりぶきみに赤くかがやいた。
 4DS撮影機がかすかな音をたてていた。
 カラカラ島に来てからのことが、つぎつぎにまぶたに浮かんできた。
 パイプオルガンの丘のあのすてきな音、ミミちゃんも見た小さなカラコプター、おどろいた竹の巨人、こわかった化け物岩・・・・・・
 そしてぼくを見つめたあのおだやかなカラカラカー・・・・・・
 みんな消えてしまったのだろうか?
 地獄のように燃えているカラカラ島のアップの映像を撮影しながら、涙がほほをつたわってきた。
 テオもだまってカラカラ島をみつめていた。
 「おおっ」
 シナモンが頭の上を見上げた。
 黒い煙の下を巨大な紙ヒコーキが飛んでいる。何台も飛んでいた。
 クラゲの紙ヒコーキ、正確にはクラゲのクラゲヒコーキがはるか上空をゆっくりと通りすぎていく。
 チェ・パトスはじっと上を見上げたまま石のようにうごかなかった。
 クラゲヒコーキは翼の先をゆるやかにはばたかせ方向をかえた。左におおきく曲がり、ゴンタウロスのいったほうに向かった。
 クラゲたちはしだいに小さくなり、黒い煙の中にかくれてしまった。
 きっとあっちがゴンドロワ大陸なのだろう。
 ぼくたちはいつまでもクラゲたちを見送っていた。
 「ところで今後の予定なのだが・・・・・・」
 船長は全員の顔を見回していった。
 「まだ海の中が未調査でたいへん残念なのだが、急いで現代の世界に戻らねばならん。
 カラカラ島があのように変わってしまった。もっと変わってしまうだろう。あるいはこのままなくなってしまうかもしれん。
 すると[Nボックス]がカラカラ島を認識できなくなるおそれがあるのじゃ。誤作動してしまう。なにしろできたての試作品だからプログラムに余裕がないのじゃよ。
 そうなると、おそろしいことになる。いつの時代のどこの場所に戻るかわからなくなってしまうのだよ。
 われわれは永遠にさまよえる[時の旅人]になってしまう。
 したがって島の形がまだ多少残っている今、いそいで帰らねばならん」
 
 [Nボックス]で現代に戻った。
 無事戻れた。
 おだやかな波の上に静かに停止しているガーリン号のまわりには、きれいな青い海、透明な水、白い砂浜、緑のヤシの木、白いヨットが浮かんでいた。そのあいだを、水澄ましのようにすばやく、モーターボートが走りまわっていた。ここは観光リゾート地ハナヒラ湾だった。
 緑の森のうしろに青い火山がそびえ、白い煙がしずかに流れていた。
 夏の太陽がまぶしかった。眠くなるような波の音が遠くにきこえた。
 テオがポケットからなにかとりだした。
 あの青い石だった。
 手を開くと、コロンと動き、すーっと上に浮かぶと、ぼくたちのまわりをゆっくりまわりだした。わかれのあいさつをしているようだった。
 まわりながらだんだん色が薄くなり、すきとおってきて、ふっと消えた。 あの遠い、はるかな古代のカラカラ島に帰っていったのかもしれない。

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