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[エッセイ] イギリス人の水郷めぐり  ──ナローボート運河の旅

 
一昔前、ウォーターフロントという言葉がはやった。
河や運河などの水際を開発し、公園やテラスなどとして、親水空間をつくろうということだった。
水辺の心地よさを積極的に生活に取り入れようというわけである。
私の近所の河は土手に柵を張り巡らして水辺をシャットアウトしている。
水の事故で文句をつけられないようにというお役所仕事である。
安全かもしれないが無様だ。
そのため、ところどころ開放して、水際まで下りられるように企画された箇所にであうと、川辺の景色がやわらぐ。
日本には水郷地帯があり、千葉の佐原、九州柳川などは有名な観光地で、また北海道小樽の運河も古くからのウォーターフロントである。
京都鴨川の川床などは、川の上に憩いの空間をつくり、水辺を効果的に楽しんでいる。
しかしこれら以外には、あまり名所などの話を聞かない。
 
一方、イギリスには運河がたくさんある。
ロンドン、バーミンガムなど、めぼしい都市近郊には、多くの運河が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
しかし一般情報として、イギリスの運河は知られていない。
わたしも以前は知らなかった。
イギリスは児童文学の宝庫であるが、物語などでも運河の話は見かけない。舟好きアーサー・ランサムの連作シリーズの中で川を舞台にしたお話があるが、とくに運河というわけではなかった。
しかしイギリスは運河の大国だったのである。
もともとは水運のために造られたものらしい。
どちらかというと平坦な土地の多いイングランド内陸は、運河づくりに適していたようで、各地につくられた。
その後蒸気機関車や車などの発達で、運河は利用されなくなり、消滅の危機に直面したが、こんどは観光遊覧として生き返ったのであった。
 

ここから出発・・・
緑の中をゆっくりと・・・
巾は狭いが、長さは長い・・・
お茶でも飲みながら・・・
ここは街中の運河・・・
花のある生活・・・


日本には避暑地として有名な軽井沢があり、風光明媚な松林の中に別荘が点在し、閑雅な別世界をつくっている。
ところがイギリスではこの別荘が舟となって移動し、美しい田園地帯を優雅に巡っているのである。
この移動する別荘はナローボートとよばれ、文字どおり細く長い特有の形をした舟で、多くはリタイアした中高年夫婦が乗っているようである。
ナローボートは運河航行専用の舟で、巾3mもなさそうに細い。
そのかわり長さはけっこうあるので、ずいぶん縦長の舟である。
全体はずんどうの屋根つきの船室で囲まれていて、船首、船尾に猫の額ほどのデッキがあり、鉛筆を横に倒したようなかたちをしている。
細長い船室は、居室、調理室、寝室、トイレ等、陸の住宅と変わらぬ生活空間になっていて、コンパクトなミニ空間をきれいに飾り付けて楽しんでいる。
舟は小さなエンジンで動き、船長(たいていはご主人)が船尾デッキの長い棒状の舵をコントロールして進路を進む。
速度は人の歩く速さぐらいなので、まわりの景色をのんびり楽しみながら遊覧している。
ご主人が舟の舵をとり、奥さんは時々岸に上がって、水門(閘門)の開け閉めなど手伝っている。
優雅なスローライフである。
 
かって大航海時代、海洋大国として世界制覇したイギリス人は、年とってもじっとしていないで、見て回り、動き回るのが好きなのだろう。
イギリス人は徒歩旅行も好きで、そのためのパス(道)やルート、宿泊施設等も整備されているようだ。
イギリス内陸、運河沿いの景色は自然豊かで美しい。
アジア的混沌猥雑、貧困、不潔さがなく、整ってクリーンな風景である。
運河の幅はそんなに広くはなく、ぎりぎり舟一艘通るのがやっとのような所もある。
両岸には細いサイクリングロードが並行し、緑葉のトンネル、橋のトンネルをくぐりぬける。
川岸には絵本から抜け出したようなこぎれいでかわいい家が見えたり、しゃれたイス・テーブルを並べたレストランなどもあらわれる。
気に入った場所でしばらく停泊、滞在し、風景を楽しむ。
 

跳ね上げ橋を手動で巻き上げ・・・
ロック(閘門)に来たら・・・
手動で開け閉め・・・


面白いのは閘門(こうもん)で、日本の川や運河では見かけないものである。
高低差のある運河には、要所要所に閘門という河の流れを遮断する門のようなものが設けられている。
舟が河をさかのぼって進みたいとき、船の後方の閘門を閉じる。
するとせき止められた河の水は水位が上昇し、水面が上がっていく。
当然そこに浮かぶ舟も上昇していくわけで、はじめ岸より低く隠れていた舟が、せりあがって岸と同じ高さになる。
そこで舟は前進し、一段先の閘門まで進む。
この行程をくりかえしながら舟を川上に進めていく。
この一連のプロセスは、せっかちで忙しい現代の日本人には、「 とてもやってらんない! 」ように思うが、ナローボートの人たちには、楽しい作業なのだ。
閘門の開け閉めは、その都度、舟から降りて、手動でやっているので、無動力で環境負荷もなく、運動不足の船旅の適度な体操となっているようだ。
この閘門のスケールアップしたものは、パナマ運河でも行われている。
巨大なクルーズ客船などが、せりあがってくる風景は、本場を見てみたいものである。
 
ナローボートの運河で、二つの河が立体交差する動画を見たことがある。
河の上空はるかを別の運河が横切っているのである。
もちろん河の上にアーチ橋が架かっているわけで、その橋を水が流れ、舟が通っている。
このような橋を水路橋といっている。
振り仰いだ橋の上を舟が進んでいくのである !!
この不思議な風景もぜひ見てみたい。
ナローボートも別荘とおなじく、自分で所有する人、レンタルで借りて乗っている人、様々なようだ。
たまに動画でみるだけでも、日常をはなれ時を忘れ気分転換できるので、いちどご覧をお勧めしたい。

トンネルを通り・・・
橋をくぐって・・・
広い水面に来たら・・・
ではまた・・・





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





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