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Old Punx Are Alright
先日、都内某アトリエ兼ライブ会場でまたしても好きなドラマーのライブを観てきた。以前も行ったことのある会場だったので迷わずに着いた。
上の階にある飲食店で買ったものも持ち込み可能なので、ノンアルビールを買うために先に寄る。すると、ドアの窓から何となく見たことのある面影の人物がぼんやりと見えた。ライブ開始時間も近いので、あまり気にせずに店に入るとなんとその人物は件のドラマー氏だった。
そのまま気にしてない風を装い、ドラマー氏と歓談していた店主とのタイミングを見計らってカウンターでノンアルビールを頼む。手早くノンアルビールのボトルを受け取るとドラマー氏には気が付いてないかのようにドアへ向かい、下の会場へと降りて行く。これだけでも今日来た甲斐があったようなもんだ。
小さな会場に用意されてた席は8割方は埋まっていたが、数列しかない最後尾の席には背の高い椅子が置かれており、位置的にも前の客に塞がれずにドラムセットが置かれた場所がよく見えるのでそこの席を陣取る。
ここではドラムの音はマイクを通さず生音なので、席が少し離れていることもあって難聴予防の為の耳栓をするのを忘れていたが、この日共演する人が担当する楽器の音量がいつも爆音だというのを思い出して、慌てて耳栓を取り出す。
以前、ドラム演奏用の耳栓というものを持っていて、爆音の中でも部屋でオーディオで聴いてる感じくらいのバランスで音量をカットしてくれる優れものだった。ライブ観賞のときも難聴防止の為に使っていたのだが、片方のパーツを無くしてしまい、海外製なので近年、値段も爆上がりしたので手が出せず買い直してない。
自分が今使っている耳栓は普通の安いやつで、遮音性が高いのが仇となって耳に水が入ったような音に聴こえるので、程よい音量で聴けるように耳栓を耳の穴に入れる深さで調節する。演奏の音量や自分のいる場所での音量バランスに応じて耳への差し込み具合を変えている。
ライブが始まった。以前ここで観たライブはサックス奏者とのライブだったので音量はやや控えめな印象だったが、今回、共演するメンバーはノイジーな電子楽器のせいかドラムもフルパワーな感じだった。正直、この日期待していた以上の内容のライブだった。他の観客からも「この広さの会場で、こんなライブが観れるとは」といった声が聞こえ、興奮している様子だった。
休憩タイムの間に上の店に行き、空になったボトルと引き換えに新たに注文したノンアルビールを持って会場に戻る。席に着く前にドラムセットの近くに寄って使っている機材をチェックする。
この日のスネアは最近メインで使われている「パンケーキ」と呼ばれる浅い(薄い)タイプではなく、標準的な深さ(厚さ)のスネアだった。いつもより音量感があるのはこのスネアを使っているからでもあったのだ。
席に着くと、後ろの控え室の方から「苦情来てない?」「○○(この会場の名前)で演れなくなるのはヤだもんな~。」などという会話が聞こえてきた。ここの会場は普段はアコースティック楽器のライブがメインで、地下ではあるが見たところ壁やドアは防音対策が充分ではなさそうだった。
後半のライブは前半よりも抑えめな音量で始まった。しかし、演奏が進むに従ってどんどん音量は増していった。
「警察が来るぞ!」とドラマー氏が叫んで、最後はフルの音量でドラムを連打した後、ドラマー氏は勢いよく立ち上がるとドラムを掴んでは投げ、掴んでは投げて最後はバスドラムを蹴り飛ばしてセットを崩壊させた。崩壊したドラムセットを背にドラマー氏は会場後方の控え室へと向かう。
残された共演者が崩壊したドラムセットから幾つか取り出しパフォーマンスを続けた。元々、ハプニング的なアドリブでおなじみのメンバーだ。しばらくするとドラマー氏が帰って来て、もう一度ドラムを投げて崩壊させ控え室へと帰って行く。ライブは終了した。
前方の席の客はその激しいパフォーマンスに思わず笑い声を上げていた。後ろのカーテン代わりの垂れ幕で仕切られた控え室の方から、ドラマー氏の声で「笑いごとじゃねえんだよ。」と言ったのが聞こえた。
このドラマー氏は数々のパンクなエピソードはあれど、ドラムセットを崩壊させるのは珍しかったので画像を撮って会場を後にした。
その後、上の階のお店で遅めの夕食を取るためにカウンター前のメニューを見ているとライブ会場のスタッフが入ってきた。話を聞くと近隣からの通報で本当に警察が来ていたらしい。ライブ中に何回かこのスタッフが上の階へ行き来してたのはそのせいだった。
結局、ライブ終了時には警察はいなくなって結果的に特にお咎めなしだった。しかし、ドラマー氏の腹の虫は収まりきらなかったようだ。
ドラムは生の楽器なので大きな音量じゃないと出ない音色もあるし、なにより身体の動きがもろに影響するので、激しい感情を表現しようとすれば自ずと音量も上がってくる。本当はもっと思いっきり叩いて、もっと長く演奏を続けたかったのだろう。今回のドラマー氏の行動は単なるパフォーマンスではなく、持って行き場の無い感情の発露でもあったのだ。
家に帰ってから、会場で撮った崩壊したドラムセットの画像をじっくりと見た。床に転がっていたスネアは、ドラマー氏がかつて在籍していた今では「伝説」となっているバンドの解散ライブのときに使っていたものだった。