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縁は小説よりも奇なり 「いりえで書く」12月のお題「今年どんな1年だった?」
今年を振り返ると「縁」に恵まれた年だった。
思うに、書店での本の刊行記念イベントなど、自分が今まで行ったことのなかったところに参加したことが大きい。
そういったイベントへ参加したのは、ただ心のままに動いた結果だった。自分自身の中にある「自分でも捉えきれない何か」の形を手探りするかのように、気になった本を読み、イベントに行った。
そんなことを繰り返しているうちに、『いりえで書く』のメンバーのように定期的に会うことになった人たち(「仲間」と言ってもいいのだろうが、もうちょっといい意味で距離感のある関係でもあると思う)との出会いがあった。
思えば、純粋に自分の興味や関心のあることについてリアルで話し合える場があるのは、十年ぶりくらい。そこで話される内容の濃さは、今が一番のような気がする。
また、今年に自分が興味を持った本の著者の方たちが、初めて一緒にイベントをやったりということも何件かあった。
元々、似たような感覚、価値観だったという可能性もあるが、それにしても同時期にこんなにタイミングが合うというのは不思議だなとは思う。(スピったりはしてないのでご安心を。)
さらに自分の中で大きかったのは、自分が気になった本のイベントに行ったときに、その著者に興味を持ってもらい、連絡先を交換したという方が二人いることだ。
その方たちとはそれぞれ、プライベートで他の書店イベントに行ったり、本に関することで話を聞いてもらったりしている。そんなことって、普通、あるだろうか?
ちなみに自分は業界関係者でもなければ、社会的地位なんかも勿論ない。むしろ、ランク外のような状況である。
そんな自分と繋がってもらえたというのは、ありがたいことだし、「自分にも関係している何かがある」と思って、本を読んでイベントに行ったのも満更、的外れではなかったのかなと思う。
自分にとって「本」というのは、自分の周辺では見聞きしたことがなかったり、自分の中にはあるが周囲に共感、理解されなかったりする「大切なこと」を著者や他の読者と「共有」できるという、特別なものである。
そんな「本」が存在するだけでも救われた気がするのに、その著者や読者と直接やり取りできるというのは、嬉しい事なのだ。本好きの方なら、多分わかってもらえると思う。(逆に「本」を通じてだけ、ネット上だけの方が気楽という意見もあるとは思うが。)
「本」から始まった「縁」というのは、今年に入るまで自分の人生にはなかった。それは四十代になって行き詰ったように感じてた自分にとって、分厚い雲の切れ間から差し込む、無数の細い日の光のようだ。