「やめる」より大切なこと(後編) 松本俊彦×横道誠「トシとマコトの公開対談ーヘイ、B&B!」『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』(太田出版)刊行記念
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(※以下、依存症当事者、関係者にはフラッシュバックを起こす可能性のある表現があります。)
松本さんによる横道さんからの質問の応答が終わり、ちょうど中ほどの時間だということで休憩になった。
気分転換に外の空気を吸いたかったのと、店のトイレは混むので下の階のイベントスペースにある共有のトイレへ行った。
トイレで用を足し外へ向かって歩いていると、多目的トイレのドアの方から何やら「ガチャガチャ」と音がし始めた。
自分はもう出口付近にいたのと、イベントスペースの中にまだ数人の利用者がいたので、もし何か問題が起きていたとしても大丈夫だろうと2階の会場へと戻った。
自分の席に戻ってしばらくすると、登壇者の席に松本さんが戻って来た。
「多目的トイレに入ったらドアが開かなくなっちゃって、どうなるかと思った。」と松本さん。あの「ガチャガチャ」は松本さんだったのだ。
危うく謎の失踪事件が起きるところだった。(起きてもすぐに解決しただろうが。)
休憩時間が終わり、イベントの後半が始まるアナウンスがされる。
開始早々、「ヘイ! B&B!」と空のグラスを掲げ、コールする横道さん。どうやら「おかわり」の催促を兼ねているらしい。
松本さんもビールを嗜んで、信田さんもいないせいか(?)前回よりもリラックスしている。
横道さんの飲んでいる量が気になったのか、会場に向かって藤澤さんが「この本のタイトルに『やめられない』って入っていますが、飲みまくってもいいという内容ではないです(笑)」と言い、それに合わせて横道さんも今回の本の趣旨について話始める。
横道さん
「そこが誤解されがちな所で、ちゃんと読んでくれた人はそう思わないだろうけど、やめなくていいんだよ的な本なんじゃないかと邪推をする人はいそうですよね。 例えば私がお酒をやめたり、松本先生がタバコをやめる、ハームリダクションの考え方をやめると、もっと良くない方向に進む可能性もあるわけですよ。」(松本さんもうなずいたり、「そうですね。」と相づちを入れる。)
横道さん
「これまで、そういう風な当事者っていっぱいいたと思うんだけど、そこをみんな見てこなかった。『絶対、断酒』とか『絶対、断薬』という感じでやってきて、悲惨なことになったことも多いんじゃないか?というのが、この本をつくることになった背景にあるということをわかってほしいです。」
続けて先日の代官山でのイベントの登壇者でもある、信田さよ子さんの話題を挟みながら、横道さんから「なぜ、松本さんは依存症専門医の中でも突出した存在(のような印象)であるのか?」とご本人に質問。
松本さんは謙遜されながらも、自分なりの考えを述べられた。
松本さん
「本職と並行して10年くらい自殺対策をやっていたのがすごく大きかった気がするんですよね。死んだらおしまいだしっていう風に思って。結構、依存症の方が断酒、断薬していて亡くなっていたんですよ。それって、どういうことなんだろうと思って。」
「これまで僕らの中で『依存症の治療って筏で急流を下るみたいなもの(何が起こるか予測がつかない)だから犠牲者が出るのはある程度、止むを得ないよね。』って。依存症は最終的に死に至る病だから(という前提で)、『筏から振り落とされる人がいても、なるべく多くの人が河口までたどり着こうよ』って感じだったんだけど、『いや、そうじゃないんじゃないかな?』と思い始めたんですよね。」
「90年代に自分が診ていた若い薬物依存症患者の人たちが、やたらとリストカットしていたんですよ。それが、なんでだかわからなくって。調べるとあまり研究されてなかった。精神分析の世界では『手首の人格化』っておっしゃる先生がいたんですけど、抽象的過ぎて(医療の現場での活かし方が)よくわからなかった。」
「ちゃんと調べた方がいいんじゃないかと思ってたときに、依存症の専門病院から大学病院に移ったんです。前の職場が依存症専門だったこともあって依存症患者への対応が得意だと思われて、依存症やリストカットする患者を全部、僕の方に割り振られる。1日80人以上とか大変だったんですよ。でも、リストカットの研究をしようと思ってからモチベーションが維持できた。」
「ずっと、リストカットの研究は隠れてやってたんですが、今の職場の所長に研究していることがばれて、自殺対策も併任することになったんです。」
精神医療に関する話題の中で、依存症治療の「エビデンス」について貴重な話をされていた。
現状では自殺念慮がある人、アルコールや薬物濫用がある人たちは薬物療法や心理療法の臨床試験対象から外されることが多い(行動、発言などに一貫性や信頼性に欠けると思われている?)ので、「エビデンスのある」治療方法が確立されにくいらしい。
このような状況では逆に、ある臨床の現場で効果があるとされる方法があっても「エビデンスが乏しい」として共有されにくいだろう。
横道さん 「『依存症は、ほぼ治らない』というのが精神医学の現状ですからね。」
松本さん 「(ほぼ治らないという前提なら?)福祉サービスが大事ですよね。」
横道さん 「松本先生みたいな福祉的な(支援が依存症患者には必要だという)意識を持った医師がもっと増えてほしい。」
続く参加者との質疑応答ではさらに突っ込んだ質問や、今回の本への熱い感想などがあったが、最後の質問者の「行政に関わる仕事をしているが、依存症の問題を抱えた人が受け入れられるコミュニティを作るにはどうしたらいいのか?」という問いへの松本さんの返答が全体をまとめるような内容で印象に残った。
松本さん
「いろんな地域に『安全なトー横』が沢山あったらいいなと思うんですよ。トー横は今は殺伐としていますけど、最盛期に行ってみて思ったのはすぐにみんな声をかけてくれるんですよね。指図も否定もされなくて『あ、そうなんだ。』っていう(感じで、身構えて行くと)拍子抜けなことばっかりで。10代の子たちがホームレスの老人と話してたり、いい場所だなと思って。周りに悪い大人がたかって来るのが良くないなって思ったんです。」
(『安全なトー横』=年代など問わずにいろんな人たちが集まって気軽にコミュニケーションが取れる場所)「そういう場所って地域で無くなってきたし、(夜に)ゲームセンターにいたり、コンビニの前で座り込んでいたら補導されるじゃないですか。コロナ渦になって、ますます居場所が無くなって結局、子どもたちの手の中にはスマホだけが残って。それでTikTokなんか見ると『I ♡ 歌舞伎町』とか書きこまれているから、みんなあそこに集まって来てるというのもあると思う。」
「いろんな年代の人たちをカバーする場所っていうことでいうと、今日、本屋さんでイベントやっているからって訳じゃないけど、本屋さんって特に目的無くっても来るじゃないですか。」
「(今回のトークイベントみたいに)なんかよくわかんない、まとまらない、どこに行くんだかわからない話を、この『空気を共有』しに来てると思うんですよね。そういう場所がもっとあったらいいなと。」
「今、本屋さんってずいぶん減ってきてますけど、本屋さんみたいにウダウダしたり、無目的に来たりできる場所がもっと地域にあったら、もうちょっと救われる人もいるんじゃないか。」
「別になんか良くなったり、偉くなったり、学んだりとかっていう『目的なし』で、変に(利用できる)期限も切られたりしないって場所があったらいいなと思いますね。」
ここまで、松本さんが話終わったところで横道さんからイベント終了の時間が近づいたことが告げられる。
この日のイベント参加者が配信の分も入れると230人で、今まで横道さんが B&Bで登壇されたイベントでは最多記録だと発表された。
トークイベント終了後はサイン会。まずは松本さんからサインをもらう。
「こちらの本(『酒がやめられない文学研究者と ~ 』)は前回の代官山のイベントでサインをいただいたので、今日はこちらの本にサインをお願いします。」と、『誰がために医師はいる』を差し出す。
興味を持った箇所にラインを引く代わりに、細い付箋を貼っていった結果、剣山のようになった本。
それを見て、「すごい付箋の数!」と驚きつつも笑顔でサインをされた松本さん。代官山のイベントにも行ったことを伝えると「ありがとうございます。」と言っていただいた。
次に横道さんからサインをもらおうとすると「今日も○○(自分が住んでるところの地名)から?」と言われ、「そうです。」と答える。
一瞬、なんで知ってるのかと思ったが、前回の代官山でサインをもらうときに何処から来たのか聞かれて答えたのを思い出した。横道さんが覚えていてくれてたのが少し嬉しい。
横道さんには Xで、自分がnoteで書いた横道さんのイベントレポをリンクを貼って紹介してもらっていたので、お礼を言おうと思っていた。
自分 「あの、ホッシーという名前でnoteを書いてて、」
横道さん「ん?ホッシーさんって書いたらいいんですか?」
自分 「いや、ホッシーという名前でnoteに横道さんが出られたイベントについて書いてて、」
横道さん「最近書かれたものはどんなやつですか?」
自分 「信田さよ子さんも出られた代官山のイベントです。」
横道さん「今度、読んでみますね。」
完全にこちらの言っていることが伝わってないか、ご自身が Xで紹介されたことを忘れられている。
イベント中に、「今日はハイボールから始めて4杯飲んでいる」と言っていた横道さんの顔は、ほんのりピンク色で「出来上がってる」のがわかる。
後ろにはサイン待ちの人たちの列がずらっと並んでいる。ここであまり時間をかけても後の人に悪いなと思い、「お願いします。」と言って会場を出た。(今回の記事で気付いていただけたら幸いです 笑)
自分が酒をやめるきっかけになった『酒がやめられない文学研究者 ~ 』のイベントが終わった。
B&Bのあるボーナストラックから下北沢駅へ向かう途中の、小さな公園の曲がりくねった道を歩きながら、なにか自分の中にも一つの区切りができたような気持ちで帰路に着いた。