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掌編小説「お正月」          『いりえで書く』1月 お題「お正月」

カーテンの隙間からは、よく晴れていることが容易に想像できる光が差し込んでいた。外は妙に静かだった。
思わず「寝坊した!」と飛び起きそうになったが、すぐに今日が元旦であることに気が付いて、頭まで布団を被り耳や頬や鼻が暖まってくるのを感じながら、目をつぶったまま、うだうだする。

暦とは関係ない(とは言っても繁忙期は世間のイベントや大型連休に影響される)職場だが、今年はシフトの関係上、正月に休みを取ったのだった。
実家は新幹線と在来線を乗り継いで、片道3時間半ほど掛かる地方の片田舎だが正月も盆も帰ることはしなくなった。
特に親や兄弟と仲が悪いわけではなかったが、金や時間を掛てまで帰るメリットが感じられなかった。

次に起きたときは、外の光は幾分弱くなっていた。スマホに手を伸ばし時間を確認すると昼過ぎだった。
尿意を感じたので、思い切って布団から出てエアコンの暖房を入れてトイレに向かう。
用を足しながら、実家の元旦は正午までに親戚やら親の知り合いやらが「新年のあいさつ」に来て、子どものときのように顔を出すことを強いられることはなくとも、騒がしくて寝てはいられなかったなと思い出した。

トイレから出て、エアコンからの温風に当たり少し身体を温めてから、電気ケトルに水を入れて湯を沸かす。
マグカップにワンドリップのコーヒーを淹れながらノートパソコンの電源を入れ、立ち上がるとYouTubeのトップページに向かう。
はっぴぃえんどの『ゆでめん』のサムネがあったのでクリックすると、「春よ来い」が流れた。

はっぴぃえんどの「春よ来い」は実家を離れた独り身の人間が、一人で正月を迎えるのを寂し気に歌う曲だが、自分は一人の静かな正月がむしろ好きだなと思った。

いつもの休日と変わらない軽い食事を取った後、都心の本屋へ出掛けることにした。定期を買ってあるので、途中までは定期で行ける。
最寄り駅は地下鉄の終着駅だったが、次の駅がJRの駅と併設されているせいか高架上を走る路線だった。改札を通りホームに上がると、いつもより着飾った人が次の列車を待っていた。
祭日特有の緩い雰囲気の中で、雲一つない青空を眺めていると列車が来た。

実家のある地元も正月は晴れる傾向があるが、東京の冬の空とは違う。
「迎春」という言葉があるが、東京の冬の様子は地元のどんよりとした冬景色からしたらまさに「春」そのものだ。

車窓からは高架上ということもあって、駅近くの公園の様子が良く見える。
公園の風景の奥の方から、はちみつ色の日光が流れ込んでくる。ここでは、これが永遠に続くかの様に。







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