「わら人形の第三道士夫人」第2話
原作ストーリー本文|第2話
#2
「モーメイ奥様が何とおっしゃられたのかわからなくて……」――
屋敷に戻ってきたフミノは、第一夫人のリネンにモーメイの言葉がわからなかったことを伝える。先程、彼女が色々と必死に話してくれたけど何だったのだろうか。
リネンは娘のチュアンに鶏の締め方を教えていた。
「あの子、モーメイはまだ〝奥様〟じゃないわ」
〝奥様〟というのはイヤン家の女主人を指す。男児を出産しなければなれないものだ。
モーメイは道士長の第二夫人なだけで、まだ誰も認めていない。
女の人権が認められるのは、道士の里では男を産んでから。
フミノは論外だ。
もしこのまま当主が昨夜のように興味を示さないのだとしたら、フミノをここのまま置いとくわけにはいかない。
きっとその後、ダメな私の代わりに五刻家は妹を差し出すだろう。父はキョンシーの製法のためなら妹も犠牲にするはずだ。
この取引は呪術師両家の婚姻が条件なのだから。一族が続く限り婚姻関係を結ばなければいけない。
製法を知って契りを破るものなら、呪いで五刻の一族は滅ぶ。
フミノの目には自分の死後、妹が嫁ぐ姿まで見えてしまった。
(それは、できない)
フミノは諦める、日本で夢見た幸せを。そして死ぬ覚悟で逃げることも。
この神仙境のハーレムの嫁になるしかない。そう思った。
目の前では鶏の血が滴っている。
昔、父から教えられたことを思い出す。
鶏は料理だけに使うものじゃない。
中国の道士はその『鶏血』を呪術に使う。
キョンシー操る呪符の血文字は基本的には『鶏血』で書かれているのだ。
道士のための下働き。それこそキョンシーにやらせればいいのに。
それを女にやらせている。道士にとって、ただの女はキョンシーと変わらないということなのか……。
次の夜――
薄い布でできた御簾を隔てて向こう側にある寝室での男女の様子、かすかに透けて見えるそれをフミノは真っ直ぐに見ていた。
寝室からの女性の艷やかな声ははっきり聞こえる。大げさだな思うぐらい。
それは第一夫人のリネンによるものだった。
フミノは新妻だというのに当主に呼ばれなかったのである。
フミノの胸に淡い希望が生まれる。
もしかしたら私がこのままこの地での妻の役目を務めなければ日本に返され……!
首を左右に振った。
いやキレイに殺されキョンシーとして生まれ変わらせるかもしれない。死んでも永久にイヤン家に奉仕させられるのだろう。
道士も呪術師。国は変われどあいつらそういうタチだ。
いくら私が日本の呪術師の大家から輿入れしてきたからといって関係ない。
ブルッと震えるフミノ。少し怖くなる。
眠ろうと自分のベッドで横になるが、眠ることができない。
この御簾、セクシーなカーテンを通したシルエットが男女二人の夜の営みを伝える。
それを見続けていたフミノは起き上がる。
この地で生きると諦めたそばから、それも叶わないかもしれない。
大きく深いため息が出てしまう。
それが聞こえたのか、心配したモーメイが寄り添ってくる。
「大丈夫?」多分、そう言っているのだろう。
フミノはその言葉につい甘えて助言を求める。言葉はリネンから習いたてで片言だ。ここ神仙境での常用語は独自の現地語なのだそうだ。だからフミノの中国語は意味をなさなかったのだ。下手だからではなかった……。
「ダンナサマ。愛シテもらうには……どうすれば?」
あの当主の欲望を自分に向けさせなければ! フミノの体に興味を持たせなければならない。
父以外の家族のために。
そんな切実なフミノをモーメイは凝視し、徐々に彼女に唇を近づけていけていった。した。
「!」
キスをされ驚くフミノ。だがそれは唇同士ではなく、されたのは頬だった。
驚きによるフミノの緊張がほぐれた頃。それを確認するとモーメイはフミノの漢服の内側に指を這わせる。この今着ている漢服は寝巻きにと先程もらったもの。
「フーミン」
なんとなく何を言っているかわかる。真似するようにと言っているのだ。
「あなたにも?」
フミノは真似をしてモーメイの漢服の内側に指を這わせる。
そうすると、彼女が体をくねらせ色っぽく見せた。
(……演技をしろということか)
次にモーメイは優しくフミノの漢服を脱がしていく。
腕で胸を隠すフミノの首筋にモーメイは口づけ。そして、彼女は何かをささやく。
「何? なんて言ったの?」
フミノにはやはりなんと言っているか、わからなかった。
(力を抜いて……? かな?)
わからなくても自然に、強張っていた腕の力は抜け落ちていく。
裸になったフミノとモーメイ、二人の夜は更けていった――
以降のフミノの日常はこのような感じだった――。
昼間、フミノは使用人のキョンシーように家事の手伝いをし合間、リネンとその娘・チュアンから言葉を教えてもらった。
そして、夜中。モーメイから性の手ほどきを受ける。
裸の女性二人が今夜も体を絡めあっていく――。
フミノがモーメイの肌に舌を這わせ臍の下あたりになったところで、モーメイがわかりやすく喘いでみせる。
思わず失笑するフミノにすぐアドバイスを授ける。
「舞いと歌をしていると思ってみて」
「それって演技じゃ?」そう尋ねるフミノにモーメイは笑って返す。
「演技でいいの、旦那様が喜ぶなら」
そう言って彼女はフミノの手を導く、自分の体の下の方へ。
「私を熱くするのはここよって。それで彼に教えるの」フミノに触れさせた。
どうすれば自分の体が喜ぶか、自分で知ってそれをこちらから旦那様に見せてあげるだ。
そうすれば、彼が夢中になっていくという。
見た目は同級生の友達のような二人。そんな彼女らの秘密の愛のレッスン。
教える方は妊婦で当時の人々が見れば背徳感たっぷりな光景だった。
それを何者かが覗いている。その存在に気づかないほど二人は没頭していた。
数週間がたった――
今夜も二人がしている頃。 妻だけの寝室とは別の道士長の大きな寝室。
「リネン、どうした? 気分、悪いのか?」
そこでご当主は今夜もリネンと過ごしていたが、いざ通じあおうとすると、そのタイミングで彼女から手で拒否されてしまう。
リネンは気分が悪いという。
翌日も「体調が悪い」と言う彼女。当主はその日から自分の寝室に呼ばなくなった。
リネンを子どもたちと一緒に寝かすことにする。
彼は懐妊を期待してそうしていたのだが、裏切られることに。
リネンが真ん中で、左右にジェウとチュアンは並んで寝ている。三人は川の字になって眠っていると思いきや、リネンは寝たフリをしていた。起き上がり部屋から出ていく。
毎晩、隠れてどこかへ行くようになる……。
イヤン家の邸内の誰もそのことに気づいていなかった。
リネンもモーメイは旦那様と床を一緒にできない。
つまり彼の夜伽相手がフミノしかいない状況に。
「フーミン」
予感から、フミノとモーメイが見つめ合っていた、いつもの二人のベッドの上で。
今夜のこれからのことを思いフミノは緊張していた。
キョンシーたちがぴょんぴょん飛んでフミノを当主の寝室へ連れていこうとする。
彼らの案内に従って、フミノは起き上がる。
だが、フミノは部屋の出口で足が止まり進めなくなり出れない。
「フミノ」
名を呼ぶモーメイ。それに相槌を打って返すとフミノは歩きだし彼の部屋に向かった。
格好はまた白襦袢を着込んだ。
日本からの貢物であるフミノが当主の待つベッドへ。
初老の男の醜い全裸の元に近づいていく。
前回と違って、跪いて、よつんばいのまま誘うように。その表情には優しい笑みを浮かべて。むろん演技だ。
特訓がうまくいき順調だった――。
フミノは旦那様であるこの男に襦袢を脱がされ、無事二度目の初夜を過ごしていく。
痛みに顔をそむけるフミノ。それを見て嫌な笑顔になる男。
フミノは苦痛に耐えながら、むなしくなった。
(あとどれぐらい目を閉じてれば? これから、ここであと何回こんなこと……?)
本当はこんな男に抱かれたくなかった。
この男は他人からの呪いを恐れ名すら妻に明かさないのだ。夫婦になれる気がしなかった。
〈第3話へ続く〉
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