卵二個分の栄養
私の祖母は皆に愛されている、素直で心優しい人だ。
そんな祖母は時々、不思議なことを口にする。
私は心の調子が悪かった。
何をしてる気持ちにもなれず、日常生活に例えると味のしなくなったガムを顎が痛くなるまで噛み続けるような、そんな日々だった。
そんなある日、久しぶりに祖母宅を訪ねた。
腰が曲がっていてすぐ立てないので、ちょこんと玄関に顔を出し、毎度おなじみのしわくちゃな笑顔で迎えてくれた祖母はとても可愛らしく、愛しい気持ちにすらなった。
荷物を置き、一休みしようとした私に祖母は元気に自分の近況を話し始めた。
何やら祖母はデイサービスに通い始めたらしく、とても活き活きとしている。
そんな元気な祖母に影響され、いくつもの他愛ない話に花が咲いた。
気づけば外は暗くなり始め、夕食の準備かな、とその場を離れようとした時だった。
「笑うと卵二個分の栄養があるんだって。」
今までに全く聞いた事の無いことだったし、卵の話をした覚えもなかったので、一瞬理解が追いつかず固まった。
しかし、その後すぐに祖母と目が合い二人して爆笑した。
どうやら祖母はどこかの健康雑誌で読んだ内容などがごちゃごちゃになっているようなのだ。
情報が混ざってしまい、特にこれといった根拠が無いはずなのに祖母は、信じて、とでも言うように真面目な顔で語り出した。
「卵二個の栄養が摂れるんだから、笑うのはいいこと。」
私は可笑しくなってしまうのを堪えながら、祖母に合わせて真面目な表情で大きく頷いていた。
こういう突拍子もない祖母語録はこれまでにも数えきれないほど生まれてきたが、ここまで耳を疑うことは無かった。
それくらいインパクトが強い言葉だった。
夕食の時間が来た。
親戚一同が集まると居間のこたつでは間に合わず、テーブルを追加して食卓を囲む。
耳が遠くなった祖母だが、皆の話に一生懸命耳を傾けながら、ニコニコ楽しそうだった。
食事の最後に祖母は目元をうるませ、声をつまらせながら、
「みんな来てくれて嬉しいよ。ありがとう。長生きします。」
と微笑んだ。その光景を見て私はなんて幸せ者なのだろう、と感謝の気持ちが溢れ、もらい泣きをした。
目頭がジーンと熱くなりながらそろそろお開きかなという時間に差し掛かったが、祖母はその後もひたすら喋り続け、皆の笑いを誘っていた。
あなたの孫でよかった。大好きですーーー。
私は笑い泣きをしながら、
「さっきは疑ってごめんね。笑うと卵二個分の栄養って、ほんとだね。」
心の中で、そう小さく呟いた。