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2月5日の礼拝メッセージ「時のしるし」

2月5日の礼拝メッセージは、関西学院大学人間福祉学部宗教主事、嶺重淑先生がルカによる福音書 12章54~56節から、「時のしるし」という宣教タイトルでしてくださいました。

現代に生きる私たちは、日々時間に追われて生活しています。
特に近代以降、私たち人間は、時間を管理することによって合理的な生活を追い求めてきたのですが、どうやらそれが少し行き過ぎてしまったようで、忙しすぎる現代人は、時間を自分で支配しているようで、実際には時間に支配されているのかもしれません。
あるとき主イエスは弟子たちに語られました。

「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。
実際そのとおりになる。
また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる」

(ルカ12:54-55)

どうやら、古代の人々も天候をある程度予測していたようですが、大切なのはこれに続く「このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか」(ルカ12:56)という言葉ですと嶺重先生。


優れた知力と技術を手に入れたはずの現代人ですが、今の時をしっかりと見分けられないでいるのは古代の人々と同様のようです。
では、この“今の時”とは、どういう時でしょうか?
それは時計の針が指す、計れる、目に見える時ではなく、時が満ちたとか、まだ時が来てないと聖書でも書かれてある、神の時、目に見えない時のことですと嶺重先生。
それは何事にも意味があり、ふさわしい時がある、つまり神が定めた時があるとのこと。
また、終末に向けての悔い改めのことだとも嶺重先生はおっしゃいました。
ここで言う悔い改めとは裁くことではなく、救いへと導くことなのだと。
聖書に書かれてある裁きとは救いへと繋がるものだとも嶺重先生はおっしゃり、この一言は私の気持ちを軽くし救われた思いになりました。

この世のクロノス(目に見える計れる時)を超えて、カイロス(目に見えない質的な時)があり、それは神の恵みであり、今という神の時をしっかりと見据え、今何をなすべきかを見極めるように私たち一人ひとりに語りかけていますと嶺重先生。

私も常に、この神の時の意味、何をすべきかを祈り求めていきたいと思います。
そして、どんな結果になっても、そこにも神様の御心があり、今の私に必要なものや考えるべきものが与えられ、全ては益に変えられると信じ、イエス様にすがり共に歩んでいきたいと思います。


礼拝の中で歌った賛美歌は
「この世はみな」

ちょっとワーシップソング的アレンジですが、素敵だなと思ったので、こちらをアップ。

皆さまの1週間が守られますように🍀

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