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【文アル】コラボ・焼津小泉八雲記念館―不終の怪談
今年の10月5日から始まった焼津小泉八雲記念館の文豪とアルケミスト(略称「文アル」)のコラボ企画展示「不終の怪談―怪談に魅入られた文豪たち―」を観てきました。
こちらの記念館は、2021年にも文アルとコラボした企画展示(「世紀末を生きたイギリス幻想文学作家たち」)をしてくれました。今回で2回目です。2回もコラボしてくださって本当に嬉しいですね。
前回は新型コロナが蔓延して1年目だったので、感染しないようにと気を配りながら恐る恐ると旅行をした覚えがあります。今回はそういう恐れもなく、心行くまで焼津を含め小泉八雲に関する思い出を存分に楽しめました。
この記事では、記念館の展示内容とグッズ、そして記念館周辺にある八雲ゆかりの地を少し紹介します。
焼津小泉八雲記念館
そもそも、静岡にある焼津市と小泉八雲の関りですが、焼津は彼の避暑地として愛されていました。
夏の水泳を楽しみにしていた八雲は深い海を好んでいたので、当時住んでいた東京から近い場所でかつ深い海がある場所として焼津が選ばれました。特に、宿泊中に知り合った山口乙吉とは大変仲が良くなりました。彼の優しく穏やかな人柄に心を惹かれた八雲は、彼を「乙吉さーま」と呼んで慕っていました。
八雲は亡くなる年まで、およそ5回も焼津を訪れました。その間、焼津市の人々と関わったり、様々な場所、主に寺を巡ったりして、その名残が今の焼津の観光地となっています。
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企画展示「不終の階段―怪談に魅入られた文豪たち―」
(展示の撮影について。
常設展は撮影OK、企画展は撮影NGでした。なお、SNSへのアップはフォトスポットのみOKです。)
こちらの企画展示は、2020年に新潮文庫から刊行された『不終の怪談 文豪とアルケミストノベライズ case 小泉八雲』をもとに、小説に登場する文豪たちの怪談について語られています。
八雲は、日本の怪談を通して己の体験を照らし合わせたり、泉鏡花は怪談とは自身の感情を表現するものだと創作をしたりしました。
江戸川乱歩は前の2名とは違い、自然から起こる怪奇現象とは異なり、科学にも不可思議な現象が起こり、また幽霊よりも人間が怖いと話しました。中島敦は怪談とはやや無縁に近いですが、中国やパラオなどのアジアを中心とした歴史や民話を取り入れた作品を創作をし、『山月記』や『文字禍』のような人が人では無くなる恐怖や人間と人間ではない何かの境界が曖昧になるといった怪奇めいた作品を書きました。
怪談をテーマに、それぞれの文豪の怪談考を知ることができる良い展示でした。特に、ノベライズの内容を補足している形にもなって、何故鏡花、乱歩、敦が八雲と関わりある文豪として小説に登場したのかよく分かります。
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ちなみにこの企画展示は、文アルのゲーム内情報についても触れられています。
文アルに転生した八雲のキャラクター像について、前世の時の記憶を照らし合わせて説明してあります。私が今まで見て来たコラボ企画展示の中で、ゲームに生まれ変わった姿と前世の記憶を重ねて説明すると言った内容は、一度も見たことがありません。ゲーム関係者以外の人がゲーム内情報に触れた説明をしてくれて、内心小躍りするぐらいに舞い上がりました。
他にも、「夏夜怪綺談」に使われたステージの背景画像についての説明もありました。こちらの背景画像は、「廃村」という題で1冊目の『帝國図書館極秘資料集』の「有碍書図録」156ページに載っています。
本にも説明されていますが、この「廃村」は八雲の怪談を元に描かれています。企画展示では、より詳しく「廃村」に描かれた八雲の怪談について説明されています。こちらも過去の企画展示にはなかったものなので、大変興味深く鑑賞させていただきました。
ゲーム内情報と前世の記憶を照らし合わせた説明はなかなかに無い組み合わせなので、この企画展示をきっかけに他の記念館・文学館でもコラボした際、採用してくれないかなと期待しています。
なお、「夏夜怪綺談」はイベント回想の2ページ目にあります。久しぶりに回想を見たらボイスがついていたり、八雲と思しき人物が3名の文豪の怖い話を語ったりと「こんなことがあったなあ」と思い出に浸りました。
(*「夏夜怪綺談」へのリンク―― 司書室→図鑑→回想図鑑→イベント回想→2ページ目)
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今現在こちらの「廃村」のステージは「若菜集」で見られます。
この企画展示は、来館した人に文アルデザインのしおりを配布しています。他にも企画展示向けのクイズもあり、正解数が7以上を越えると記念館のオリジナルのしおりをもらえます。
しおりには、今回の企画展示で紹介された4名の文豪の顔が描かれています。それぞれ作品をイメージした良いデザインで、思わず全部集めたくなります。
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今年2024年は、小泉八雲の『怪談』が出版されて120年です。それをお祝いして、記念館ではコーヒードリップが販売されています。色んなパッケージデザインがありますので、お気に入りのものをお土産に買ってみてはいかかでしょうか。
記念館のグッズは焼津駅前の焼津市観光協会にもありますので、買い忘れがあってもこちらで購入できます。
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八雲ゆかりの地巡り
以下は、八雲が訪れた焼津市内にあるゆかりの地です。
私は、「焼津八雲散策マップ」を頼りに、焼津小泉八雲記念館から徒歩で各地を回りました。全ての地を回ることができませんでしたが、およそ2,3時間ぐらい歩いたと思います。
焼津駅前に、焼津市観光協会があり、そこで自転車を借りることができますので、サイクリング希望の人はこちらを利用してみてはいかかでしょうか。
① 焼津神社
小泉八雲記念館から徒歩20~30分ほど。
八雲の散策場所として愛された神社です。こちらは看板にも書いてあるように、毎年8月12,13日に行われる祭りに八雲は大変興味を持っていたようです。今年刊行された『黒い蜻蛉―小説 小泉八雲―』の題名にもなった黒トンボは、この神社で捕まえたと言われています。この虫は「ハグロトンボ」のようで、ネットの情報では「神様トンボ」と呼ばれていると書いてありました。
(※聖地巡りに興奮して、社を撮るのをうっかりと忘れました。
社までの道のりはすべて砂利ですので、足元に気を付けてお参りをしてください。)
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② 山口乙吉の家跡
焼津神社から徒歩10~20分ほど。
八雲が、焼津に滞在している間にお世話になった山口乙吉さんの家跡です。
家そのものは、昭和43年に愛知県にある明治村に移転しました。八雲が滞在していた頃は、おそらく目の前に海が広がっていたのでしょう。今は住宅地が並び、大きな道路、更に強固な防波堤が敷かれています。
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(上記のURLは、「博物館明治村 小泉八雲避暑の家」のページです。)
③ 新川橋「小泉八雲風詠之地」碑
家跡から徒歩5-10分ほど。
家跡がある道路を焼津港がある方面に真っ直ぐ歩きますと、黒石川の橋の近くに「小泉八雲風詠之地」碑が置かれています。
潮風や経年劣化の影響か文字がかなりかすんでいますが、「小泉八雲風詠之地」と緑青色の仙台石に彫られています。この石碑は、大正14年に大正天皇の銀婚式をきっかけに焼津青年団の人々によって建立されました。
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④ 新浪除け地蔵
こちらの浪除け地蔵は昭和41年、焼津の人々の浄財で新しくつくられた地蔵です。八雲と縁のある浪除け地蔵は光心寺に置いてあります。
なお、こちらの石碑には八雲を「詩人」と称していています。今まで『怪談』を始め、紀行文やエッセイなどを手掛けた作家としての八雲のイメージが強かったので、詩人として紹介されたことに驚きました。
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⑤ 光心寺・浪除け地蔵
こちらの寺に、八雲が見た浪除け地蔵が置かれています。
八雲はこの首無し地蔵を憐れに思い、当初は自身の子どもの名を付けて新しい地蔵を作りたいと願っていました。ですが、妻のセツに縁起が悪いと反対されてしまいます。こちらの地蔵は後に取れてしまった首を付け直し、光心寺に納められました。
お寺の本堂は大変綺麗で神々しく、見ていて心が浄化されるような気持ちになりました。こちらに訪れた際は、地蔵はもちろん本堂もぜひ見てください。
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焼津小泉八雲記念館をメインとした観光旅行記は、これにて終了です。
以下は、おまけです。興味のある人は是非読んでください。
小説『不終の怪談』について
(※ 展示で紹介された小説『不終の怪談』について、やや長めに語っています。
ここではっきりと言いますが、こちらの小説は評価数は高くても内容に関して酷評する読者が多いです。それを踏まえて、小説について自分なりの解釈を入れてお話します。)
2020年に刊行された文アルのノベライズ版第二弾ですが、発売当初の評価はなかなかの酷評でした。
今もAmazonレビューを参考に見ましたが、評価数は高い一方、レビューの内容から物語の不満をいう読者が多いです。
特に主役である小泉八雲よりも、江戸川乱歩の方が目立つといった、八雲の存在感の薄さを気にする見方が多いです。
これに関しては、『不終の怪談』を担当した作家・矢野隆氏が八雲よりも乱歩の方が書きやすいキャラクターだったからでしょう。作家の書き方がどうも脚本じみていたので、いわゆる大衆小説の気質を持った人だと思われます。
乱歩のようなエンターテイナーの性質があるキャラクターは、多くの読者を惹きつける役割としては最適なので、どうしても彼ばかり書きたくなったのでしょう。だからといって、物語の肝心でもある日本人としての八雲、日本人ではない八雲の場面をたった5~6ページしか書かなかったのには、さすがに不満を隠せません。
なお、八雲の二面性について、ゲーム内では「「山月記」ヲ浄化セヨ」、「山月記 五」で描かれています。ゲーム内で深く語られることがなかったこの八雲の台詞を小説で深堀してくれると期待していましたが、残念ながら期待通りのものではありませんでした。
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「「山月記」ヲ浄化セヨ」、「山月記 五」より。
今回、焼津小泉八雲記念館で4年前に発売された小説の補足として、企画展示が公開されたことを私は大変嬉しく思います。事実、この企画展示で、少しでも小説の消化しきれない読後感を解消できたら良いなという一縷の望みをかけていました。
おそらく、文アル側も小説『不終の怪談』について、思う所があったと思います。
あくまで個人の意見ですが、文アルの小泉八雲を「怪談を恐れるラフカディオ・ハーンと怪談を愛する小泉八雲の狭間に揺れ動く人物」として描きたかったのだろうかと考えました。
八雲が「小泉八雲」として日本人に帰化した理由は、自身の財産を妻や子どもたちに残す為でした。何より、妻のセツは家庭のパートナーとして、更に創作の助手として、八雲にとって「仁」と慕う大切な存在でした。
彼が怪談を愛するのは、怪談を教え、話してくれるセツを愛するのと同じでした。そんな家族の為に彼は日本人に帰化しましたが、八雲として生きた期間はわずか8年です。
ラフカディオ・ハーンとして生きていた頃、幽霊や怪異と言った超自然的存在に自分は為す術もないことに恐怖を覚え、その時の様子を「悪夢の感触(邦題)」に書きました。八雲として生きるまでは、超自然的な脅威に怯え続けていたのでしょう。
実際、八雲が西インド諸島にいた頃は、ヤシの木を見て、幼い頃のトラウマであるゴシック建築の柱を連想して怖くなったと「ゴシックの恐怖(邦題)」で語られています。来日した際も、彼が富士山を登って黒石の中に混じる白い雪を見た瞬間、シンシナーティで見た黒い焼死遺体から覗く白い歯を思い出したようです。
八雲が過去に体験した精神的苦痛は、『怪談』によって昇華されました。しかし、文アルの八雲は潜書して喪失状態になると、「誰がこの奇妙な物語を好むのデスか」と自らの作品を蔑むような言葉を吐きます。この辺りが、おそらくラフカディオ・ハーンとしての心――幽霊や怪異への恐れが出ているのでしょう。
いつかは、日本人ではない八雲・日本人である八雲、その両者について、きちんと語られる日が来たら良いなと今も願っています。それこそ、自分で二次創作するという手もありますが、やはり公式の見解が待ち遠しいです。ただ、85名も図書館に集った今現在では、ひとりひとりの文豪を取り上げるだけでも、その苦労は並大抵のものではありません。
今回のように、小説の補足という形で記念館の企画展示のコラボをしただけでも大変幸運な機会を得られました。
焼津小泉八雲記念館の職員の皆さまには、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
最後に、書籍紹介
こちらの記事のおまけです。
記念館で偶然見つけたMUJI BOOKSの『小泉八雲』が、大変良かったので紹介します。
こちらの本は、無印良品から刊行された本です。「MUJI BOOKS 人と物」というテーマでシリーズ化されています。無印良品特有の温かみのある素朴な表紙が目印です。
本の内容は、著名人の著作の一部を引用、所有物の図像解説やその人物の言葉を載せたもの等々。簡潔にまとめられていながらも、それぞれの人物の個性や作品をよく表した本です。
MUJI BOOKSの販売店は限られています。
静岡駅近くにあるパルコの無印良品には置いてありますので、もしも静岡駅まで寄れる人は、ぜひこちらの本を買ってみてはいかかでしょうか。
静岡繋がりで、芹沢銈介の本もあります。こちらもおすすめです。
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また、自分が旅行に行く前に岩波ジュニア新書『ラフカディオ・ハーン 日本のこころを描く』という資料を読みました。
ラフカディオ・ハーンもとい小泉八雲について分かりやすく、丁寧にまとめられていました。何より、著者の河島弘美さんが優しく親しげに八雲について語ってくれて、心穏やかに彼について知ることができました。
こちらの本はAmazonでも購入できますし、図書館でも借りられます。焼津に行く前に、八雲について知っておくにはちょうどいい本です。
最後に、今年は『怪談』が刊行されて120年を迎えました。これを機に、是非原文つまり八雲の言葉で書かれた英文で『KAWAIDAN』を読んでみるのはいかかでしょうか。
『むじな』が子どもにも大人にも分かりやすい英語で書かれていますので、手始めに『MUJINA』を英文で読むことをお勧めします。
金の星社の『日本の文学15 怪談』に、『むじな』の対訳が載っていて、原文と訳文、両方を楽しめられます。
もし英語に慣れている、または英語を勉強したい人には、講談社インターナショナルの『怪談 Kwaidan』をお勧めします。
『耳なし芳一』や『雪女』など八雲の代表作が英文で載っている上に、ましませつこさんの愛らしくも儚げな挿絵が載っていて、英語の勉強にも良し、挿絵を眺めるにも良い本です。
こちらは再版が何度か出ていましたが、残念ながら今では再版されていない為、古本でしか購入できません。もし最寄りの図書館にこちらの本があるようでしたら、是非ともお手に取って読んでください。
私は英語は少ししか読めない上、英文しか載っていない文章を見ると頭が混乱する性質ですが、八雲の英語はすんなりと受け入れられ、もっと読みたくなる魅力があります。
これはきっと新聞記者としての経験が活かされているのでしょう。読者に寄り添って、その場にいるような感覚にさせる描写はもちろん、難しい英単語が少ないので本当に読みやすいです。
ここまで、読んでくださりありがとうございます。
【参考文献】
『帝國図書館極秘資料集―文豪とアルケミスト1周年記念読本―』
株式会社DMM.comラボ監修 Gzブレイン 2017年
『ラフカディオ・ハーン 日本のこころを描く』
河島弘美著 岩波書店 2002年
『日本の文学15 怪談』
小泉八雲著 金の星社 1985年
『MUJI BOOKS 人と物13 小泉八雲』
小泉八雲著 良品計画 2020年
『怪談 Kwaidan』
ラフカディオ・ハーン著 ましまえつこ挿絵 2005年