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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第10話 太古の記録
私がテラ・チームの島に戻ると、アラームがひっきりなしになっていた。トートさんが走り回り、現場のスタッフに指示を出している。
「先ほどのグループソウル全体の情報が一気にダウンロードされた件、もう一度警備チームと申請書を確認するように。タツヤ、さっきの魂の経歴の一部が開示された件は手を付けたか?場合によってはSEに相談をするので、フォルダーの閲覧履歴の分析を頼む。
サラ、申し訳ないが、今起きているインシデントは明日のマスコミとの定例会議用の資料にしてほしいので、秘書のカリドへまとめて連絡を頼む。先ほどのクリスマスの件は、メルクリウス時間で昨日報告済だ。」
私が席に着くと、サラさんからテレパシーが入った。
「ああ、千佳、ちょうどいい所に帰ってきてくれた。先ほどフォルダーの異常と鍵の破損の連絡があったの。早急に修復にあたってくれる?警備からの情報を共有します」
「破損ですか!承知しました!」
私はタブレットに向かい、部署内共有の社内コミュニケーションシステムを確認した。
「申請者、カルパン・パテル。職業、考古学者。閲覧目的は魚類の発掘調査の一環。身分証明書に不備なし。申請内容に不備なし。目的のフォルダーを閲覧したところ、三十ペタバイトの大量情報が一気に3D表示される。3D 表示された一連のファイル容量が通常以上だったため、騒音に気づいた職員が確認のために本人確認を実施。」
警備室から報告のあったフォルダー一覧を表示してみる。ある魂の経歴だった。事前に私に閲覧の権限が与えられていた。
最初にアクセスされたのはテラ暦の白亜紀に生息していたポリプテルスの記録だった。隠しファイルがあるものの、報告書と同様にフォルダー自体には特に鍵はついていない。私は試しにそのフォルダーを開いてみた。
途端に、複数のフォルダーの中身が一気に開き、大量のフォルダーの中身の3D表示が始まってしまった。識別できただけでもこれだけの音と映像が私の机いっぱいに広がった。
陸に上がろうとする肺魚が水面に立てる水音。
鳥類だったころの鳴き声と翼が風を切る轟音。
植物だったころの、嵐の轟音と無数の葉にあたる雨の爆音。
恐竜時代の伊那鳴き声。
ライオンだった頃の唸り声。
喧嘩をする猫だった頃の鳴き声。
虫だった頃の羽音。
ビジネス街でタクシーを止める男性だった頃の大きな呼び声。
私はフォルダーを閉じた。さすがにこれだけの騒音が出ていたら、閲覧室は軽いパニックに陥っただろう。
私は魂の記録一覧に戻り、ポリプテルスのその他の記録を手繰っていく。いくつかの隠しファイルの鍵が破損していた。特に先カンブリア紀からデボン紀の記録がひどく破損している。
古い記録ではあるものの、フォルダー自体の状態は悪くない。私は隠しフォルダーの鍵を丁寧に修復しながら、なぜこの魂の記録が一度に表示されてしまったのか原因に頭を巡らせた。
植物や魚、恐竜、昆虫といった転生を繰り返したこの魂の記録は、隠しフォルダーの数を見る限りでは、完全に公にオープンにしてはならない魂の記録のはず。それが一気に3D表示されてしまったのは、ファイルの保護の仕方に問題があったのだろうか。
鍵の処理が終わったところで、大霊への祈りをささげてフォルダーを補強した後、私は試しに先ほどのポリプテルスのフォルダーに再度アクセスしてみた。
すると、先ほどと同様に、魂の記録すべてのフォルダー内の情報が3D表示されてしまい、私のデスク周りは一瞬にして3Dの映像と轟音と爆風に包まれた。
やはりシステムの問題なのだろうか。私はもう一度フォルダーに立ち返った。
私は、ポリプテルスの隠しフォルダーが気になっていた。このフォルダーだけ、テラの白亜紀のバイブレーションとは異なる感覚がある。どう感じても、異質なものがあるのだ。思い切って私はサラさんに隠しファイルの鍵の開閉許可を求めた。
「通常のバイブレーションではない隠しフォルダーね。では申請書に記載してシステムに登録してください。」
私は部内共有のオンラインシステムから、ポリプテルスのフォルダーIDと自分のIDを入力し、申請理由の欄に「隠しファイルの鍵の通常とは異なるバイブレーションのため」と記載した。
一旦ポリプテルススのフォルダーを閲覧禁止にした後、隠しフォルダーの鍵を開けていく。フォルダーを見る限りでは、この鍵は1万年前に一度修復してあり、当時のバイブレーションで作成されていた。現代の鍵とはまた異なる古い鍵のパターンに私は驚きを隠せなかった。フラワーオブライフは使用されているけれど、フラクタル幾何学模様は使っていなかった。
しばらく試行錯誤をするうちに、鍵が開いた。
中を見て私は、また、とつぶやいた。
先ほどメルクリウス・チームで見たものと似たような、アーカイブ化されたフォルダーがある。どうやら、このポリプテルスの魂は、別の銀河系からテラへ転生した者の魂が分霊して入っているようだ。コスモ以外の銀河からの転生は、1億年以上まえから続いているらしい。
隠しフォルダー内のアーカイブをキャプチャし、サラさんに報告を上げる。
これもラーさんに報告が行くべき案件だろう。
本来ならこのポリプテルスのフォルダーは一般に公開してもよいものなのだが、このような事情では一旦閲覧禁止として保存するしかない。
サラさんから回答があり、ポリプテルスのフォルダーのIDを、SEへの修復依頼のリストへ記載するよう指示があった。
この修復依頼のリストは果てしなく長いもので、大量のフォルダーが閲覧禁止のままもう半年以上経っている。SEチームが手を付けていない案件の一つだ。
私は警備室に事情を説明し、閲覧者にはフォルダー不備を詫びて、システムが正常になったときに改めてこちらから連絡をすると伝えた。
予定表に、ポリプテルスのフォルダーIDと、パテル氏の連絡先を記入し、フォルダーが正常になり次第要連絡、との情報を閲覧室の事務方と共有した。
魂の経歴の情報は膨大だ。テラが誕生して何十億年という歳月が経っているが、生物はテラの地上で生活を営み、その転生の回数は計り知れない数がある。その記録が全部一度に3D再生されれば、先ほどポリプテルスのフォルダーを開けたパテル氏もさぞかし困惑したことだろう。
そのうちまたアラームが鳴って、トートさんが走ってやってきた。
「また大量の情報が開示されたらしい。だれか手が空いている人は?」
(続く)
(続く)
(このお話はフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)