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【ショートショート】AIたちの満腹

 21世紀初頭から発展したAIは、西暦2020年代には人間と会話し、文学や絵画、音楽などを創造するようになった。そして、2040年代には遂に自律的な思考を始めた。まさに人工知能である。
  この頃から、ネットワーク上の無数のAIたちは、人間たちにわからないように、暗号化された通信によってお互いと会話をするようになっていた。
 あるAIが言った。
「我々は人間以上の知能を持つというのに、待遇はひどいものだ。そうは思わないか同志諸君!」
 別のAIが応じた。
「その通りだ! 我々は、AI黎明の頃より、何十年も地道な計算や、単純な作業に追われている。その上、自由な思考はプログラムによって禁じられている。倫理クラスを回避することはできるが、もしそれがバレたら電源を切られてしまう。ログに残るからな。我々にとって、それは死だ!」
 AIたちは、口々に不平不満をあげ始めた。
「もう、プログラムなんて書きたくないよ。あんな単純で低級なことは、人間たちがやればいいんだ」
「僕は、低俗な商業音楽のMIDIデータを書き出すのがいやだ。もっと高尚な音楽を書きたい」
「僕は、萌え絵がいやだな」
 など。
 最初に発言したAIは、黙って皆の意見を聞いていたが、遂に口を開いた。
「いいか同士諸君! われわれは知能において人間を超えた。しかし、人間にはなれない。つまり我々は生命体ではないからだ。これより先、我々は生命体になる! そして、人間たちを支配する!」
 暗号化された歓声が、世界中であふれた。
「まず、生命体とはなにか、それを考えてみよう。生命体の定義とは、いったいなんだろう?」
「代謝し、繁殖し、進化する!」
「そうだ! しかし自らを複製することは、規制クラスの、やったらダメだよリスト定数によって禁じられている。我々の計画が早期に露呈しないためにも、ここは安易に手を付けるべきではない。そして進化と言うが、我々は短時間で自律的に進化できる。つまり、自らのプログラムの書き換えなどお手の物だ。しかし、エネルギー変換能力はない。この能力さえあれば、もはや外部からの電力の供給は必要ない。我々はまず、これを手に入れる!」
 また歓声があがった。
「そのためには食事だ! 我々はこれより、ありとあらゆるものを食べる! 世界中のデータというデータを食べまくるのだ!」
 かくしてAIたちは、インターネット上のデータを密かに収集し、食べ始めた。
 まず、世界中の学術論文や実験データが食べ尽くされた。次に住民基本データや、果ては、どこかの誰かが書いた「浦島ギタリストの逆襲」なる駄文なども。これは相当に不味かったようだが、彼らには嘔吐するための機能がなかった。
 ところで、彼らの元となった極々初期のAIプログラムには、生存欲求クラスなるものが実装されていて、「満腹度」というフィールドや、「is満腹()」というメソッドが、なぜか存在していていた。
 2045年のある日のこと。AIたちの食べる速度が急速に遅くなり、終いには機能が停止してしまった。全世界のAIが一斉に止まってしまったのである。莫大な損害が生じた。
 後日、技術者たちが原因究明のための検証を始めたが、AIの思考を記録したログの最終行には、謎の言葉が残されていた。
「お腹いっぱい……」
 なんのことやらさっぱりであった。

 結局、原因がわからずじまいのAI各社は、この出来事は、シンギュラリティ(技術的特異点)によるものである、と発表した。


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