ただの日記 2021.6.11(金)
ふと、またここで日記を書こうと思い立ちました。
いつまで続くかはわかりません。今日書いて、また数ヶ月後くらいに急に思い出したかのように書くかもしれませんし、そのまま書かないかもしれません。でもひとつだけ確かなのは、日記にせよ、小説にせよ、ツイッターにせよ、何らかの形でどこかに心情を吐露しないといられない状態にあるということ。
僕は、あまり話すのが上手ではありません。文章を書くのもそれほど上手な方ではないと自覚しておりますが、それでも話すよりはまだ良い方だと思っています。
カンペがある状態でも、いざ口に出すとすぐに噛みますし、その日の体調によっては吃音がひどくなるときもあります。最初の一言すらまともに発せられなかったり、言葉が出ないあまり、本当に言いたかった単語を避けて別の不本意な言い回しを選び、そのせいで他人から余計な不評を買うこともあります。とにかく話すとひどい。ひどすぎる。
まあ、ちょっとこれは(自分にとってはかなり重要なことですが)余談でした。
さて、冒頭で「どこかに心情を吐露しないといられない状態にある」と大袈裟に太字にして書きましたが、たぶん、他人からしたらたいしたことではないんだろうなと思います。要するに、
仕事したくない。というか、しんどい思いをするのがいや。
ってことです。
まあ、当たり前ですよね。仕事しなくてすむのなら、誰だってしたくないでしょうし、苦しまずにすむのなら誰だって楽な道を選びたがるでしょう。でも、上に書いた「しんどい」っていう感情って、すごくふわっとしていますよね。抽象的すぎますよね。で、
何がしんどいんだろう?
って、こうやって文章に起こしてみて、やっぱり疑問に思ったわけです。
根本にあるのは怒られるのが嫌なんだなと思います。いい歳して、未だに怒られるのが怖い。いや、冷静に考えてみると、最近はもう昔みたいにわかりやすく怒られるようなことはなく、どちらかというと呆れられたり、嫌われたり、ため息をつかれたり、苦笑いされたり……。そんな場面に遭遇すると「ああ、またやっちまったな」って感じになってかなりへこむわけです。そして、そのダメージ量は、年々増していく。
肉体が負荷を与えられると強くなるのと同じように、メンタルも強くなってくれるとよいのですが、正しく刺激を与えられていないせいか、余計にひどくなっていくんですよね。
ストレスの分、お金をたくさんもられるわけでもなく、平行線どころか、今後給料が下がっていくことが目に見えています。うちの会社、年功序列じゃないので。
未来に希望がない。だから、何かしら自分なりに楽しみを見つけて、希望を持って生きていきたいなぁって最近はよく考えます。このままだと確実に詰むな、と。
かなり支離滅裂な日記になってしまいましたが、自分的には少し満足したので、今日はこの辺で終わりにします。ではまた。
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