日記 (2020年5月2日)
連日のコロナニュースや先行き不透明さから落ち込み二日間ほとんどなにもせず(この何もせずとはトイレや食事、風呂の放棄)ベッドで夢を見続けた。
何度か夢を見ては起きてまた夢を見ての繰り返しす。
しとしと降る春雨のような静かな夢もあれば、コロナが存在しない未来予想図もあり、かといえばわたしを貼り付けにしていたぶるだけの夢もあるり、わたしと夢の境界線が曖昧になる。
わたしの家には見知らぬ幼い男の子がいて、わたしの家は数人の他人と住んでいて、その幼い男の子が人を殺そうと狂っていく。わたしたちは必死に逃げて、逃げるしか術がなかったのだが、最後には幼い男の子の機嫌を損なわぬよう彼の機嫌を伺いながら持ち上げたり同意したりを試み、少ないキーワードから彼のパソコンを壊すことによって彼の動きを制御した。けれどできたのは制御だけ。大きな紙袋のような入れ物に彼を縛りいれ、幼い男の子が入り込んだそれの入口をガムテープで塞ぎ、空気孔がなければと開けておいた小さな穴たちはさらに年上の他人の同居人によって塞がれ、幼い彼は動かなくなった。動かなくなったけれど、死んだわけではなく眠っただけだと言われ、わたしたちは彼を土の深い穴に収め、土をばさばさとかける ところで目が覚めて、紛れもない朝の、外から聞こえる子どもの笑い声。この辺りは子どもが多い。笑い声と日差しだけを切り取ると、今この世が謎大きいウィルスによってヒトが死んでいることなど夢であるかのような穏やかさ。わたしは曖昧に剥がされた境界線を脳内でゆっくりなぞるように呆けたまま、寝転んだまま、また、夢を泳げることを願いながら目蓋を下ろして、幼い男の子はだれだったか、わたしは、だれだったか、朝は来なかったのか、うつらうつらと