9枚目「 燃え去りて 」
少し季節は遡り
湿気が残り、肌が不快な梅雨明け頃に
私は、私と元恋人の思い出を全て燃やした
前回にも記した通り
元恋人から頂いた手紙や、私が元恋人に宛てた手紙
一緒に博物館、美術館へ行ったチケットやノベルティ
出かける際に残した、残してくれた走り書きのメモや落書き
互いの想いや生活、それぞれの思考や時間
そういったものが垣間見えるような
掛け替えのない日々の断片を、一緒くたにして燃やした
まず、何故燃やすということになったのかというと
単純に別れてしまっているからで
手元にあるのは、どうにも気持ちがよくないからだ
かと言って、有料ゴミ袋に詰めて朝8時までに出すのも
何か虚しさだけが置き去りになるような気がした
それなら全てを自分の手で燃やしてしまって
最期を見届けよう、との思いつきで行き着いたのが
お焚き上げだった
(なお、この最期を見届ける発想のことを
自身の中では、別れた話のリバイバル上映だなと思っていた)
ここまで目を通してくださった方は
少し引っかかっている(であろう)部分があると思うので
早々に説明してしまおうと思う
それは、私が、元恋人に宛てた手紙や残したメモや落書き
それらの元恋人に”渡った”ものを
どうして”私が”持っているのかということ
(だと思うのだが合っているだろうか?)
まったくもって不思議であり
どう考えても不思議だと思う
(未だに納得がいっていないだけ)
その理由は、元恋人から別れ話の最中に
がさりと、まとめて返却されたのだ
その際、唐突のことで感情が無になり
呆けた顔をしてしまったかもしれないことを覚えている
ふたり、それなりに続いていて
互いに手紙や落書きといった
思い出の欠片を残していたのは
しっかり互いに思い合っていたからではないのか?
最期にそれらを全てまとめて突き返すのは
これまでの時間を無かったことにしたいのか?
私をどう苦しめたいのか、どこまで苦しめればこの人は満足なのだろう?
とさえ思った
その他にも思考はめぐり、いろんなことを考えた
ここでは省略するが基本的にはアリエナイという感情だった
そんなことがあり、手元には
ふたり分の日々の断片が残ってしまっていた
まぁこの様になってしまったので
どうせ燃やすなら、最も私の中で意味のある日に
燃やしてしまおうと考えた
というのも、交際と破局
どちらもまったく同じ日なのだ
もう、どう足掻こうと面白い
お笑い草だ
私はその大事な記念日に燃やそうと
着々と準備を進めていた
が、梅雨がなかなかに手強く
燃やすための記念日には豪雨、予定地は河川の増水
その日の状態が最も悪く、泣く泣く断念した
晴れていてもそれはそれで
癪に障るというかなんというか
日を改め、翌週に予定地を変え
なんとか燃やせるようにはなった
少し遠方になってしまったのだが
そこはそこで良い川の畔で
燃やすには最高の場所だったので
一週ほどは記念日からずれていてもいいだろう
ということにして、再度準備をはじめた
リュックサックに必要最低限の生活用品と
ふたりの日々の断片を丁寧に詰め込んで
いつでも出発出来るようにしておいた
そしていざ当日、背負ってみると
これがなかなかに重かった
荷物量的にはここまで重くなるはずがないのに
ずしりと背中が重かった
ここで重さ云々を言っていても予定地が近くなるわけでもないので
ひとまず予定地へ向かうことにして
行きがけにはライターオイルと高めの塩を買った
一応、お焚き上げという形なので
塩を撒いて清めちゃおうという考えからで
なんとなくしっかりとした高めの塩を選んだ
荷物は揃い、電車にゆられ目的地へ向かった
その川の畔にはちょうど良い石がごろごろとあったので
早速、その石で囲いを作ってみた
もうその時点でなんとなく
燃やす人として様になってきている気がした
(が、それは気の所為かもしれない)
準備が整って、リュックサックから
ひとつ、またひとつと取り出していくうちに
案外ひとつひとつの思い出をしっかり覚えているもんだな
と自身に感心した
それと同時に、元恋人はこれらを私に返却することで
何か変わったのだろうか、とも思った
(何も変わらずさらに無駄に拗らせてしまえ、とも思った)
そんなことを考えながら取り出していき
囲いの中に並べると
思いの外、目頭が熱くなってしまって
過去に別れる悲しさからなのか
別れ話の際の記憶が過ぎったからなのか
その辺りは定かではないが、決意は揺るがなかったので
その時点では涙を流すことはなかった
燃やす前の最後の段階として
道中購入した高めの塩を手に取り
過去に囚われた自分との決別と
元恋人の逃した魚は出世魚だということと
今までのことをコンテンツ化してやる
という意思を込めて盛大に撒いた
(清められているかはさておき)
その後、ライターオイルを少しかけ
火を近づけた
火は一気に全体に燃え広がり
バチバチと空気を切り裂きながら
ゆっくりと日々の断片は灰の黒色に変わっていく
それが私には、過去の私の悲鳴のように聞こえ
彩度が失われ戻らないものになっていくのをみて
あぁ、過去の自分をも殺しているんだなぁと思えた
燃えてゆく様をぼーっと眺めていると
今までみてきた炎より
いろんな色があるようにも思えた
その際私が炎の中にみたものは
マッチ売りの少女と同じように
夢や願望をみていたのかもしれない
その夢をみていた時間は
とても永く感じたが
実際には数分だったと思う
炎が火に落ち着き
原形を留めていた灰も崩れ落ちる頃に
涙がひとすじ頰を撫でていた
それらが燃え去って
一抹の寂しさと秋晴れの様な爽やかさがあった
後始末をする際も、身体が軽く
滞りなく終わった
そのまま一泊し帰路に着くのだが
荷物量はさして変わらなかったのに
驚くほど背中が軽かった
私自身、背負い込みすぎたものや
返却されたショックなども
一緒に焚き上げられたのだろうかとも思った
年甲斐もなくスキップなんかしたりもして
帰路を楽しんだ
今となっては、炎を眺めていた際の感情の起伏や、その内容
薄れてきているのもあるが
思い返す必要のないものとなったので
多く記さないが
想像の上をいく情報量で感情が追いつかなかったことは
今でも確かに覚えている
今回、その燃やす際の前後のものを
ここに残してみようと思う
これから忘れた頃に
私自身がこれを読み返し、ショックを受けるかもしれないし
こんなこともあったと前を向けているかもしれない
どうなっているかは分からないが
盛大に燃やしたことで
生きてきた中で最も不思議な感情を抱いたことは
いつまでも覚えていたいと思う
お焚き上げ前⬆
お焚き上げ中⬆
お焚き上げ後⬆