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What is 「GYPSY THE GOAT」?Vol.02「THE PINBALLSの亡霊」

 こんにちは。The Pedantic Roomのアダチです。ここでは私たちの音楽性に深く関わっているバンド、「THE PINBALLS」についてお話ししていきます。全ての「THE PINBALLSの亡霊」に幸あれ。

僕らとTHE PINBALLS

 体感であるがPINSのファンというのはコア層の割合が極めて高い。当時大学生だった僕とダイジローがライブに行くと、見慣れたやつらがぞろぞろと現れる。そして入場SE「Have Love Will Travel」の手拍子。「十匹の熊」のカウントアップの指。何よりディナーショウにでも来たかのような出立ち。これがフェスでも野外でも、客の雰囲気が全く変わらないのだから驚きである。
 僕らはといえば、ツアーのセットリストの中で場所によって組み換えられる1・2曲(だいたい4曲目とアンコール1曲目、我々はそれを「自由枠」と呼ぶ)目当てに遠征に出ることもしばしばで「今日は自由枠FREAKS’SHOWだったな」とか「ICE AGE久しぶりだな」とか「高円寺で『地球最後の夜』演ったァ!?」とかそんな日常を過ごしていた。当時軽音楽部だった僕とダイジローはライブが終わればステージに残された機材を見に行ったし、その日のセットリストを車で復習しながら帰ったし、ギターアンプのセッティングを覚えて試すこともした。
 社会人となってからは新譜がYoutube上で公開されても個々人ではトレーラーすら聴かず、アルバムが届いた日に集まり、『開封の儀』なるものを開き、そこで音源を初めて聴き、共に涙するといった日々を送っていた。完全にIsolation dope。控えめに言って人生だった。


僕らはバンドを組んだ

 大学を卒業して我々は働き始め、社会人3年目にしてようやくバンドウ、ヒロキと共にバンドを結成することができた。PINSの音源を聴いてもらい、ライブに誘い、ソングライティングに関しては当然というか、「新譜はこんな感じになる」みたいな、学生がテストの予想問題を作るような、そんな気持ちで作っていった。
 作曲して、ライブに出て、PINSのライブにみんなで出掛けて。古川さんが喉の不調から帰ってきたRIJでの「失われた宇宙」を聴きながら、「いつかはなくなってしまうもの」とか「行けるライブは絶対に行こう」などと強く感じたものの、もうしばらくは、そんな風に歳を重ねていくものだと思っていたし、幸せな人生だと感じていた。

僕らは亡霊になった

 コロナの影響で始めたCD制作が佳境に入った頃だった。活動休止。覚悟していたこととは言え、流石に憔悴した。俳優の結婚で仕事を休む人たちの気持ちを完全に理解し、MVやDVDを流しては夢のように打ち寄せるライブシーンを思い出して涙した。最後のアルバム「ZERO TAKES」は、通算4テイク目の「ダンスパーティーの夜」、レコード限定の「sugar sweet」、ライブでは初期の頃しか聴いていない「地球最後の夜」が入ったことに歓喜の咆哮をあげ、1曲1曲を、それはそれは丁寧に聴いた。「ニューイングランドの王たち」では、いい歳の大人とは思えないほどオイオイと情けなく泣いた。
 そして2021年11月、Zepp DiverCity。この日お台場に数多のロックンロールに踊る亡霊が生まれ、凍るような胸の中で僕は「古川貴之になる」ことを静かに決意した。

亡霊は魂の救済を求めて

 活動休止が発表されてからというもの、魔法が解けた僕の音楽をする理由は変化した。いわゆる「好きが高じての」音楽から「THE PINBALLSの亡霊となった自分の『魂の救済』」。これからいろんなバンドに出会うだろうけど、音楽人生にあまりにも深く絡みついたTHE PINBALLSを超えることはまずない。もちろん活動休止だし、「何も諦めていない」古川さんにこれからも注目し続けていくけど、もしもあなたが僕らと同じようにTHE PINBALLSに取り憑かれてしまった亡霊なら、僕らの音楽を聴いてみてほしい。色んな意味でびっくりすると思う。そして亡霊が彷徨う姿を見ていてほしい。GYPSY THE GOATをどうぞよろしくお願いします。


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