〈小説〉スカートとズボンの話 #22
催事の片づけが終わったのは、21時頃だった。ヨシカワにメールを送ると、22時くらい、とひと言だけの返信があった。わたしは時間をつぶし、22時にもう一度メールを送ったが、返信はない。
わたしはあてもなく、西口コンコースの交番の前に立って、ヨシカワのオフィスがある方向を眺めていた。
20分くらいして、ヨシカワの姿が見えた。その姿はJRの改札ではなく、鉛色のコンコースを横切り、別の方向へとずんずん歩いていくのだった。
ヨシカワは、見たことがないくらいおっかない顔をしていた。わたしは夢中で彼に走り寄って、その腕をつかんだ。
「どこに行くの」
腕をつかまれたヨシカワは、魂が抜けたような呆然とした顔で、わたしを見つめた。
中央線に乗って帰る間、わたしたちはずっと黙っていた。
最寄り駅に着いて改札を抜け、わたしはヨシカワの手をつないだ。とても冷たい手だった。
華、とヨシカワが、はじめて声を発した。
「好きだよ」
わたしは、うれしいのにものすごい胸騒ぎがして涙があふれ、何も言えなかった。
それから、ヨシカワは行方不明になった。メールの返信もなく、携帯もつながらなくなったのだ。
ようやく連絡が取れたのは、10日後だった。わたしは仕事以外は必死で、彼を探し回っていた。
最寄り駅を歩いていると、携帯が鳴りだした。見慣れたヨシカワの名前と番号が表示され、わたしはあわてて電話を取った。
今どこにいるの、と聞くわたしに、ヨシカワはひと言、沖縄にいる、と答えた。
「沖縄…… いつ帰ってくる?」
ヨシカワは、何も答えなかった。そのまま電話は、切れた。
華の彼氏は兵士だね、という耀子さんの言葉を思い出した。
ヨシカワはきっと、必死で逃げた。自分を守るために。これでよかったんだ。
いや、これでいいはずがない、わたしは何もできなかったんだ。
さまざまな思いが、頭の中をぐるぐる回った。
見慣れた駅の構内を、大勢の人が行き交っている。
ここで、好きだよ、と言ってくれた。あれが、最初で最後だ。
駅から家への道を、わたしは1人で泣きながら歩いた。
つづく