忙しいのにアンニュイ(600字)#青ブラ文学部
残業時間になると、僕は彼女が気になる。
同じフロアにいる、同期の宇野さん。
こちらに背を向け数メートル前方、斜め前に座る。横顔も少しだけ見える。
昼間はおろしていたセミロングの髪を、いつの間にかひとつに結んでいる。
白い首筋と、頬からあごのラインにおくれ毛。
残業で忙しくなればなるほど、宇野さんはアンニュイになる。
残業時間になるとメイクも崩れる、と先輩の女性が愚痴っていた。
宇野さんもそうかもしれない。
でも彼女は、その方が色っぽい。
僕は彼女に、社内チャットでメッセージを送る。
「忙しいの? 今日も遅いじゃん」
「来週リリースだからね」
絵文字も何もない。そっけない。
「疲れてそうだな。テカってない? Tゾーン」
「うるさい」
徹底して、つれない。
もうすぐ21時だ。オフィスが閉鎖するので、全員強制的に退勤しなくてはならない。僕は思い切って次のメッセージを送る。
「21時には出るでしょ。飯食おうよ」
「Tゾーンテカってるから嫌だ」
下手なことを言った。
「大丈夫。全然問題ない。むしろその方がいい」
「意味わかんないし」
宇野さんは振り向いて、僕を見た。
かすかに笑っている。
そしてまたディスプレイに向き直って、何か打ち始めた。
「別にいいよ。お腹すいたね」
まさかのOKだ。
宇野さんは画面を見つめたまま髪をほどき、両手ですばやく髪を結い直した。白い首筋に、新しいおくれ毛がさらっと落ちる。
早くもっと近くで、アンニュイな彼女が見たい。
〈了〉
山根あきら様「青ブラ文学部」企画に参加します。
いつも企画ありがとうございます!
残業中に不埒なことを考える、若手社員の話でした。
なんか少し変態っぽいですね。
この前子どもの通院で小児科に行ったら、赤ちゃんを連れた若いママがいました。特別おしゃれをしているわけではなくナチュラルな雰囲気なのですが、なんだかとても色っぽくて。
彼女を思い出しながら書きました。私が一番変態ですね。。
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