〈小説〉スカートとズボンの話 #3
わたしは最寄り駅から中央線に乗り、あの駅へ向かった。
「mer bleue」は、駅から少し離れた場所にあるらしい。
あれからいろいろ調べた。「下衣」をどちらかに決めてそれを申し込むには、専用の書類に本人のサインと拇印(指紋)が必要らしい。
市役所の窓口でわたしが
「女性下衣選択法の書類ください」
と言うと、窓口のお姉さんは少し怪訝な顔をした。そして、保護者の方と一緒に書いてくださいね、と言いながら書類をくれた。
「〇月〇日に、係員が書類を取りに行きますから。締め切りは厳守ですよ。お家はどこですか?……あぁその地域なら、夜の10時頃になりますね」
書類は、係の人が家まで取りに来るのか。お姉さんは「国勢調査と同じですね」と言った。わたしはコクセイ調査なんてわからなかったけど、これは好都合だと思った。
どうせママは、勝手にスカートを選ぶつもりに決まっている。当日ギリギリになって無理やり書類を書かせ、夜の10時に来た係員に渡してしまおうって思っているんだ。
そうはいかない。わたしは、ズボンを選ぶ。
1人で書類を書いて、指紋を押して、当日書類を置いて家を飛び出せばいいんだ。わたしが10時まで帰らなければ、それを提出するしかないのだから。
わたしは「mer bleue」の前に立った。
中が薄暗くて、男物のジーンズやGジャンがディスプレイされた、女子には取っ付きにくい感じの古着屋だった。
おそるおそる中に入ると、女性の店員が、いらっしゃいませぇ、と挨拶した。鼻に抜けるような、のんびりした声だ。
女性店員は、背中まである真っ黒なロングヘアの前髪をピンでとめ、おでこを出していた。20歳くらいの、若い人だ。ラッパ形の裾のジーンズは、アルバムで見たパパの若い頃の写真みたいだった。ママが「ヒッピースタイル」と言っていたっけ。
わたしは、あの雑誌に載っていた「リーバイス501」を穿いてみたい、と女性店員に言った。彼女は目を見開いて、あなたが穿くの?というような顔をした。でもすぐに、はぁい、と歌うような暢気な声で応じ、棚からそれを取り出して来てくれた。
つづく