〈小説〉スカートとズボンの話 #4
ゴワついたようなそれは試着室で穿いてみると、とてもやわらかかった。フロントのボタンを1つ1つ留めると、上等のコルセットみたいにわたしの下腹を覆った。そしてわたしの脚を、やわらかくまっすぐにつつんでくれた。
カーテンを開けると店員の女性は、わぁ、と目を見開いた。そして、ねぇ見てみて、とバックヤードに声をかけた。すると、ヒゲも髪もモジャモジャの大柄な男性が出て来た。
「シンデレラ・フィットじゃない?」
女性店員の言葉に、男性はわたしを眺めて、おぉ、と言った。
「それ、雑誌に掲載されたアイテムだけど。お姉さん若いのに似合うね。高校生?」
はい、とわたしは嘘をついた。男性はよく見ると、日本人離れした彫りの深い顔立ちをしていた。
8900円。わたしは財布から、お年玉の1万円を出してお会計をすませ、店を出た。
ここからが勝負だ。今日は「女性下衣選択法」の書類を係員が家まで取りに来る、その日なのだ。書類は仕上げて、家に置いてきた。なんとか、夜の10時まで家に帰らず、逃げ続けなければいけない。
まだ、夕方の6時。あと4時間、中央線を行ったり来たりして過ごすのだ。東京駅まで行って、折り返して立川か高尾か、とにかく終点まで行ってまた折り返す。そうしているうちに時間は経つはずだ。
わたしは、電車に乗った人たちを眺めた。思い思いの服を着た女性たち。もうすぐ自由に穿くものを選ぶことができなくなるなんて、信じられない。わたしは、膝に乗せた紙袋の中のリーバイスをそっと抱えた。わたしはこれが穿ければいい。これを穿くためだったら、どんな不都合があったって「複筒」とやらを選ぶんだ。
電車が東京駅で折り返して、やがてわたしの最寄り駅にさしかかった。するとなんとホームに、パパの姿が見えた。駅員さんやいろいろな人に声をかけながら、血相を変えて走り回っている。わたしは胸が痛んだけど、まだ9時過ぎだった。体を縮こまらせていると、電車は発車した。わたしはほっとした。次の駅で、大量に乗客が乗り込んだ。大混雑の車両は、わたしを確実に隠してくれた。
ぎゅうぎゅう詰めの中央線が終点に着いた頃、腕時計が夜10時を知らせた。
わたしの、勝ちだ。
つづく