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「今、此処に在ることに感謝」 #11
人というのは往々にして自分に甘い。
昨日の記事でも、「継続して、習慣化することこそ力なり」ということが大事だと書いたが、
それは逆にいうと、「継続して、習慣化する」ことがいかに難しいかという意味合いを含んでいる。
では、なぜ難しいのだろうか。
それは傷つかないような環境に自らを置いていることが多いからである。
自分の周りを見渡してみて、あぁこの人イキイキしていつもチャレンジしているなーとか、この人会うたびに成長していて刺激受けるなーという人が何人いるだろうか。
そういう人がすぐに頭に浮かんで、周りの人間関係を囲んでいるのであれば、恐らくあなた自身もすでに今ナニカにチャレンジして日々成長を実感していることだろう。
だが、すぐに頭に浮かんでこないということは自らの環境を自分の居心地が良いように、言葉を変えれば、自分が傷つかないような人間関係に置いているはずだ。
挑戦することというのは、常にそこに失敗するかもしれないというリスクが孕んでいる。
そして、日本社会というのは、この失敗に対して悲観的な空気が流れている。
「失敗=いけないこと」というような風潮が感じられる。
だが、本来であれば失敗した先には成長があることを考えれば、失敗するやもしれないことにチャレンジしたその行動というのは称賛されるべきはずだ。
今成功を収めている人の大概は、幾多の失敗を経験しながらも挑戦し続けた人たちしかいない。
孫正義さんにしても、柳井正さんにしても、
ジェフ・ベゾスさんにしても、ビル・ゲイツさんにしても、
一筋縄で今の地位を築いたわけではなく、失敗をバネにして諦めずに継続し続けたからこその一大帝国を築いているわけだ。
だが、多くの人にとって、その光景というのは羨ましくもあり、それと同じくらい、いやそれ以上に怖いことのように思える。
それは何故か。
周りにそのように挑戦している人がいないからである。
皆がなんとなーくどことない大学を目指している環境において、東京大学に進学することは難しいが、
皆が東京大学に行くことが当たり前の環境においては、むしろ東京大学を目指さないことの方が不可思議に感じる。
それと同じように、周りに挑戦して成長している人がいない環境においては、挑戦することは嘲笑われることになりかねないが、
皆が挑戦している環境にあれば、挑戦していないことの方がむしろ乙である。
もし今あなたの周りを見渡してみて、あなたが今此処から挑戦しよう!と思った時に、応援してくれる人は何人いるだろう?
はっきり言って、そこで足を引っ張る人たちとの関係性は断った方がいい。
ここから数年、数十年とあなたの成長を妨げる要因となってしまうだろう。
彼ら彼女らのためにあなたという貴重な人生を生きているわけではないはずだ。
その目を気にしたところで、あなた自身の人生が好転的にハッピーになることはない。
何故なら、彼ら彼女らにとってもまた、自分たちが傷つかないための人間関係でしかないからである。
そこから抜け出さないことには、傷の舐め合いというお互いにとって全くもってメリットのない関係性をダラダラと続けてしまうことになる。
あなたの人生は、動物園の檻に閉じ込められた鳥なのか。
はたまた、大自然の中大空を飛びまわる鳥なのか。
あなた自身がどう生きたいか、どう在りたいか。
一つだけ言えることは、あなたはあなたの人生をあなた自身で選ぶことが可能だ!ということである。