2023年12月に京都検定2級合格。
2024年12月は仕事のため、1級不受験。
2025年12月に1級受験を目指します。

5世紀に渡来人が京都盆地に進出。
渡来系氏族で最大は秦氏。桂川流域を開拓。
高麗氏は山城地域。京田辺や精華町に「狛」「高麗」という地名がある。
百済王氏は摂津の交野辺り。

酬恩庵(しゅうおんあん)  一休寺
 南浦紹明が創建した妙勝禅寺の故地に建てる。
 尊敬する師の恩に報いるという意味。
 大徳寺復興の時も酬恩庵から通う。

白沙村荘 大正時代 銀閣寺近くの白川村は水田だらけ。
 日本画家、橋本関雪が白川の川底の白砂から名付けた。

随心院(山科) 小野小町の元へ深草少将が百夜(ももよ)通いした伝説。
 はねず色(薄紅の梅の色)の衣装をつけて踊る「はねず踊り」

室町時代 村田珠光 草庵の茶(禅の精神を取り入れた)
 一休、能阿弥との交流「茶禅一味」
 武野紹鷗⇒千利休、津田宗達、宗及、今井宗久 「わび茶」
 千利休は武野紹鷗に弟子入りする前に大徳寺で剃髪して僧形になった。

売茶翁(ばいさおう) 江戸時代 京都に煎茶を広める。
 千家の抹茶が形骸化し、煎茶を普及させたのが高遊外(こうゆうがい)
煎茶手前 幕末期 煎茶道の復活 小川可進

猿楽 物まね主体の大衆能 ⇒ 歌舞主体の幽玄能へ洗練
 観阿弥、世阿弥親子。
 応安7(1374)年、新熊野神社での親子公演を三代将軍足利義満が見物
 猿楽の理論書『風姿花伝』、『至花道』『三道』

お豆腐狂言(庶民に親しまれる)
 幕末 井伊直弼に召し抱えられたのが「茂山千五郎」
 隠居名が「千作」

葵祭(賀茂祭り) 賀茂神社は平安京よりも古い歴史あり。
 文亀2(1502)年、応仁の乱により中断
 元禄7(1694)年、徳川幕府の援助により再開。「葵」が強調
 明治4(1871)年、旧儀が停止
 明治17(1884)年、岩倉具視らの尽力で5月15日に再興。

平安神宮 桓武天皇、孝明天皇が祭神
 明治28(1895)年 桓武天皇が遷都して1100年。
 第四回内国勧業博覧会の北側に創建。
 昭和15(1940)年、紀元2600年 孝明天皇を合祀。

建築様式
寝殿造り 平安期の貴族の邸宅様式
書院造り 室町末期~江戸初期
合掌造り 2枚の屋根を仏教の礼拝の合掌のかたちに合わせた形
数寄屋造り 草庵風茶室の意匠を取り入れた建築様式
 ⇒修学院離宮、桂離宮(ブルーノタウト「泣きたくなるほど」)など 

宇治上神社 本殿(国宝)神社建築最古(平安中期1060年頃)の社殿

JR京都駅(現在、4代目) 設計は原広司(梅田スカイビル、札幌ドーム)

南禅寺塔頭・金地院の「鶴亀の庭」
 作者は小堀遠州。 
 手前に白砂。その奥に左から、亀島、亀頭石、蓬莱石組、礼拝石(その)向うに大刈込)、鶴首岩、羽石、鶴島


 





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