「蟲毒の女」・・・怪談。彼女を心霊スポットに連れて行く理由(わけ)。
これは大学の心霊サークルで顔なじみになった男の話だ。
文学部の同期だった阿微倉則央の彼女・夢衣は、
霊に憑りつかれやすい体質だった。
新人歓迎会で、心霊スポットに行った時、
夢衣は女の霊に憑りつかれた、と言って突如泣き出し部員を凍らせた。
阿微倉が
「雑誌で覚えた除霊方法を試してみたい」
と言って、夢衣を自分のアパートに連れて行った。
阿微倉はポケットから取り出したお守りをかざして、
玄関を清めてから中に入り、キッチン兼用のダイニングで怪しげな呪文を唱えて夢衣の背中を叩いた。
彼女の口から何かが飛び出した。
俺にはそれが、蛇とコウロギを合わせたような醜い生物のように見えた。
「こいつが取り憑いていた邪鬼だ」
と言うなり阿微倉は、飛び掛かって来る邪鬼を手にしたお守りで跳ね飛ばした。
弾けるようにして邪鬼は、奥の部屋に消えていった。
夢衣はすっきりと正気を取り戻した。
会はそのまま解散したが、今夜はこのアパートで寝るのも嫌だと言うので、夢衣と阿微倉は近くにある俺のマンションに一晩泊る事になった。
俺は好奇心から夢衣に聞いてみた。
「憑りつかれている間はどんな気分なんだ?」
「え? 何の事?」
夢衣は全く覚えていなかった。
その後すぐに彼女は眠気を訴え、スイッチが切れるようにソファーで眠ってしまった。
余り刺激しない様にしよう、という阿微倉の提案で
目を覚ましても、それ以上この話題をしないことになった。
だが、それから阿微倉は、心霊スポットの噂を耳にするたびに、
行こう行こうとサークルの部員を誘った。勿論夢衣も連れてだ。
案の定、どこへ行っても彼女は取り憑かれたようにおかしくなる。
野太い声で呪いの言葉を言ったり、
甲高い女の声で笑い出したり、
狐や犬の鳴き声を発する時もあった。
その都度阿微倉は、自宅のアパートに夢衣を連れて帰り除霊をする。
そして、抜け殻のようになった彼女を連れて俺のマンションに来るのである。
そんな事が、毎週のように行われたある夜。
俺は、それまで疑問に思っていた事を阿微倉に聞いてみた。
「彼女が憑依されやすい体質だと知っていて心霊スポットに行くのはなぜなんだ?」
阿微倉は、質問の意味を考えるように、しばらく黙ってから答えた。
「お前には何度も世話になってるからな、話しておいた方がフェアかもしれないな。
俺は、あのアパートに邪鬼や悪霊を連れてくるために心霊スポット巡りをしている。夢衣はそれに最適な女なんだ。これまでに会った誰よりも憑かれやすく除霊しやすい」
半分は予想した通りだった。だが、その続きはさらに俺を驚かせた。
「実は、あのアパートには、俺の妹が一緒に住んでいるんだ」
初耳だった。
「いや。誰も知らない。表には絶対出ないし、いつも奥の部屋の片隅で膝を抱えて座っているだけだから。・・・実は妹も憑依体質なんだ」
「え、妹もだって?」
「そうだ。俺が覚えているのは、高校3年くらいの時からだが、
おそらくもっと前、小学校くらいからだろう。もしかしたら生まれつきなのかもしれない。小さいときから、ぼうっと何もない空間を見つめているような子供だったよ」
「そんな妹さんがいるところに、あんなに何度も霊や邪鬼を連れ込んで大丈夫なのか?」
「大丈夫・・・かどうかは分からない。でもな、昔親が祈禱師を呼んで、妹を見て貰ったことがあるんだ。
そしたら、妹はとても憑依しやすい体質だと言うんだ。
しかも、ただの憑依じゃない。強制的に憑依させる体質『人間の結界』なんだ」
「強制的に憑依?」
「そうだ。その祈祷師によると、どういう力か分からんが妹の体に近づいた霊やあやかしのモノは、引き寄せられて憑依してしまう。一度憑りついたら、そこから逃げることは出来ない。だから除霊する事は出来ないと言うんだ」
「まさかそんな・・・何か解決策は無いのか・・・待てよ、お前まさか」
「そう。そのまさかだ。霊的ショック療法とでも言おうかな。
俺は心霊スポットに行って、出来るだけ多くの霊や邪鬼を妹の体に憑りつかせるようにしてみた。妹の体の中で、それぞれの恨みや憎しみがぶつかり続けるだろう。やがて耐え切れなくなった霊たちは、破裂するように結界を破って妹の体から出て行くに違いない。それまで俺は心霊スポットに行き続けるんだ・・・」
俺は何も答えられずにいた。
ある疑念が湧き上がっていたからだ。
もし、ずっと結界が破れず悪霊や邪鬼が外に出れなかったら・・・奴らは阿微倉の妹の体の中で、お互いに戦い続けるだろう。そして、相手の力を吸収しながらどんどん成長していったとしたら。そうだ、まるで蟲毒だ。無数の毒虫を壷に閉じ込めると、互いに戦い続けて最後に残った一匹が最強の毒虫になるという。
妹の体の中で勝ち残ったモノは一体何になるんだ・・・。
真夜中の静寂の中で、阿微倉がじっと宙を見て微笑んでいた。
その笑いの中に、妹を思う兄の愛情以上の不気味な企みが隠れているような気がした。
おわり
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