「吉はもう、一生出ない」・・・麻田君が遭遇した、あるコレクターの話。短編。
新春ですから、それにちなんだ話を。
これは麻田君が高校時代、友人と初詣に行った時の話。
「きょうや・・・」
麻田君と一緒に初詣に来ていた友達の椎名が呟いた。
「きょう? 今日は15日だけど、それがどうした?」
「違うよ」
「じゃあ、京都の修学旅行か楽しかったな」
「その京でもにあ。これや」
椎名は麻田君に今引いたばかりのおみくじを突き出した。
「第三十四番 凶。へえ。正月でも凶が入ってるんだ。
おめでたい時にはおみくじに凶は入れないのかと思ってた」
「おめでたい正月ばかりじゃない。これを見ろ」
椎名は肩にかけたバッグから、短冊のような紙の束を出した。
「これは5年前からのおみくじだ。正月、入学式、夏休み、願掛けや旅行に行くたびにおみくじを引いているが、
毎回のように凶がでるんだ」
麻田君は椎名君が陰で「きょうコレクター」と呼ばれていることは知っていた。それが「きょう」というのはアイドルか何かの名前だと勝手に思っていたが、それが「凶コレクター」だったとは。
「凶と言うのはさ、これから上っていくしかない、と読むことが出来るから、きっと良いことがある前兆だよ。気にすることは無いんじゃないか」
麻田君の慰めの言葉に、椎名は凶おみくじの束をもう一度見せて答えた。
「『これから上がる』も、こんなに続くと嫌になるぞ」
思わず吹き出しそうになるのを麻田君は必死に堪えた。
「しかもな、おみくじだけじゃないんだ。
写真を撮ると白い影が入る。お店に入ると人数を多く言われる。
カラオケではスピ―jカーからお経が流れる。
この間なんか、占い師が顔の顔を見た途端逃げ出しやがった」
麻田君は返す言葉が無かった。それほど奇妙な出来事が続いていたのなら、もう霊能者か何かに頼んだ方が良いんじゃないだろうか。
そんな思いに囚われ、椎名が可哀そうに思えてきた。
「俺はもう一生「凶」しか出ないのさ。
最近では、もし凶が出なかったら、と逆に不安になるんだ。
もうその時点で不幸だよな」
「椎名。それは考え過ぎだよ・・・」
と何とか慰めの言葉を掛けようとした時、
右手の人ごみから、飛び出して来た晴れ着の女がいた。
「椎名く~ん。探したわよ~」
同じクラスの宇野萌子だった。
萌子は椎名君の腕に両腕ですがりつき、甘えるように言った。
「お家に行ったらさ、初詣に行ってるって言うじゃない。どうしてアタシに黙って行くの? ほら。晴れ着だって着てきたのにぃ」
「別に誰と行こうと勝手だろう。それに、俺と一緒にいると不幸になるぜ。今年だって凶が出たんだからよ」
「え~。もうおみくじ引いちゃったのぉ?見せて見せて。うわ~これが今年の凶なんだ~。すごいね~。ねえ、モエも引きた~い。もう一回お参りしよう!」
「ちっ。めんどくせえな。大人しくついて来いよ」
「うん。ずっと一緒についていくぅ」
「麻田。そういう訳で、俺はいくよ。じゃあな」
「麻田君。バイバイ」
そう言って椎名と萌子は初詣の人ごみの中に消えていった。
一人取り残された麻田君は、呆然と二人を見送った。
「なんだよ。凶コレクターなのに、リア充じゃないか。
そもそもあのおみくじの束は、本当に椎名が引いた物なのか。
不幸を餌に女を釣ってるんじゃないのか。エセ不幸、ビジネス不幸だ。
ずっと凶でいろ。吉なんか一生出なけりゃ良いんだ!」
友人の不幸を願って観音様に柏手を打とうと思ったが、
寸前でそれを止めた。
手の中に持っている麻田君が引いたおみくじが目に入ったからだ。
「まあ。このおみくじの効果が減っても嫌だから、怒りは抑えよう。
麻田君は、「大吉・怒りに耐えればすべてうまくいく」と書かれたおみくじをそっと財布に仕舞った。
「でも、今の俺の状態が、俺の人生で最高の時という訳じゃないだろうなぁ」
一抹の不安を感じながら、麻田君は神社を後にした。
背後の本殿から一際高い柏手の音が連続して聞こえてきた。
それはまるで不幸に耐える人への応援歌のように聞こえた。
おわり