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「今時ツッパリ?」・・・驚きの生態に。

26日に放送された私の短編です。

一部加筆変更してあります。OAと比べてみるのも良いかも。

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「ツッパリ番長評判記」 作: 夢乃玉堂 

向井幹夫は、ツッパリである。ツッパリ番長である。

 今時、そんな奴いないと思うだろうが、現に私の目の前にいる。

 長ランにリーゼント。薄く潰した学生鞄といった80年代の
ツッパリスタイルで毎日登校してくる。

昭和なら、そんな格好で歩くと、本物のツッパリ連中に目を付けられ、

喧嘩を売られるところだが、少子化の進んだ令和の田舎町では、

からんできそうな他校の生徒と出会うには
電車で2時間移動しなければならない。

 しかも私たちの高校は、三つの高校を統合する過程で校則の内容を
調整できなかったらしく、制服は自由、パーマも髪染めも自由。

各人の判断による、という緩いものであった。

 そんな学校だから、気合の入ったツッパリも同級生たちに
軽く受け流されてしまう。
私は、ちょっとがっかりしている幹夫が気になり、
しばらく観察してみる事にした。

反応の薄い生徒たちを諦め、幹夫は、職員室の前の廊下に
ヤンキー座りをして、通りかかった先生にメンチを切り始めたのだ。

最初に通りかかったのは、体育の前島先生。
幹夫を見つけると、

「お。懐かしいな。ツッパリか。俺もガキの頃よく真似したよ」

と笑いかけてきた。おまけに・・・

「ちょっと足の開き方が甘いな。もっとガバッと開くんだ。
180度を目指せ。膝と膝の間に上体を落とし込んでみろ」

こんな調子で、ヤンキー座りのレクチャーが始まってしまった。

 「いいか。背筋を丸め過ぎると、カエルになっちゃうからな。
膝に乗せる腕の角度も大事だから忘れるなよ」

「ありがとうございます」

最後にうっかりお礼を言ったところで幹夫は気が付いたようだ。

 「なんで、センコーに、ヤンキー座りを教わってんだよ」

 悔しそうに愚痴る幹夫を見ていると、ちょっと楽しくなってきた。
 続いて、通りがかったのは、奇麗な白髪の校長先生だった。
今度こそ、怒られるかも、と心配する暇もなく、
幹夫は校長先生にガンつけた。

校長先生は、幹夫の前で足を止めると、

「常識を壊そうとするのは若者の特権だ。しっかりやり給え」

 と檄を飛ばした。

校長先生は60年代の学生運動に憧れた世代だった。朝礼でも

「自由を奪おうとするあらゆるモノと戦え」

なんて話してたっけ。

 あ~。幹夫ったら、二連発で肩透かしを食らって、
すっかりしょげちゃった。本当におバカだな。男の子って奴は。 

放課後幹夫は、狭い地元の商店街を肩をいからせて歩いていた。
その前を足元のおぼつかないお爺さんが横切ろうとすると、

 「オラ! どけよジジイ!」

 と言って速足でその前を通り過ぎた。 

驚いたお爺さんは、一瞬足を止めたのだが、
次の瞬間、幹夫とお爺さんの間を、
よそ見運転していた暴走自転車が駆け抜けた。

普通に歩いていたら、お爺さんは
自転車と衝突して大けがしたかもしれない。

体を揺らしながら歩く後ろ姿に、
お爺さんが手を合わせていたのを幹夫は知らない。 

それどころか、様子を見ていた魚屋さんの視線が気に入らなかったらしく、

 「見てんじゃねえよ!」

 と、すごんで見せた。

魚屋さんが反射的に顔を背けると、
その視線の先で、野良猫がサンマを狙っていた。

野良猫を追っ払った魚屋さんも幹夫の背中に手を合わせた。

 こんな事が続いて、幹夫は不満が溜まっている。

 「この街の連中は、平和すぎるぜ。いくらメンチ切っても
ニコニコ笑ってるし、もっと、冷たい視線やギラギラした殺気に囲まれて
自分を高めたいんだよ俺は」

幹夫の呟きを聞いて、私はツッパリの気持ちを少しだけ理解した。
なるほどね。そのスタイルや行動は修行の一環なんだ。
でも戸惑うツッパリ番長は、ちょっと可愛いかも。

あれ? 私もそうとうおバカかな。

次の週、不満を溜めていた幹夫は少しやり過ぎてしまう。

古本屋で見つけた雑誌のツッパリ特集を真似て、
商店街のシャッターにスプレーで落書きをしたのだ。
餌食になったのは、借金まみれで倒産した携帯ショップ。 

スマホの画面に店のオーナーが閉じ込められ
その先のアンテナマークから札束が、
外に飛び出ているという皮肉の効いた絵だった。

ところが、たまたま町を訪れていた高名な美術評論家がこれを見つけ、
バンクシー並みの傑作だと言い出したのだ。

瞬く間に日本中から見学者が訪れ、マスコミにも取り上げられた。
ついにはこの絵をシャッターごと買い取りたいという人まで現れ、
携帯ショップの元オーナーは無事借金を返し一家離散を免れたのだった。

 何も知らずに商店街を通りかかった幹夫は、
お礼を言おうとする元オーナーに見つかった。

「君だろう。シャッターに絵を描いたのは」

「まずい。見つかった」

反射的に逃げ出した幹夫を元オーナーが追った。
ちょうど商店街の人々に取材中だったマスコミの記者たちも、
それに引っ張られるように走り出した。
私は走り回る幹夫と群衆を一歩離れて見つめていた。

狭い商店街で右往左往するうちに幹夫は、
はみ出していたキャバクラの立て看板を歩道の端まで蹴とばしてしまった。

 「おいこら。そこの変な格好の君、待ちなさい」

 お巡りさんが脇の小道から飛び出した。

明らかに偏見に満ちた目つきで立ち止まった幹夫を眺めまわしている。

 「今、君が何をしたか分かっているよね」

 分かり切った事を改めて質問するのは、性格の悪い上司みたいだ。
上から目線の言葉に、幹夫はムカついた。

「分からないって言ったらどうすんだよ」

このところツッパリが空回りしていた幹夫は
ここぞとばかりに、お巡りさんに食って掛かった。

「君。ちょっとそこの交番まで来てもらおうか」

「うっせえな。行かねえよ」

「良いから来るんだ」

後で知ったんだけど、このお巡りさんは、最近赴任してきた新人警官で、
商店街で評判になっている幹夫のことを知らなかったらしい。

 「どうした。どうした」

 幹夫を追いかけていた群衆が、睨み合いを続ける二人の周りに
集まってきた。
私は見つからないよう注意しながら、二人に近い電柱の陰まで移動した。

 サンマを守った魚屋さんが口火を切った。

 「お巡りさん。このあんちゃんは悪くないよ。
悪いのは邪魔な立て看板を出しっぱなしにしたあのキャバクラだ。
この子は、それを足で片づけてくれただけだ」

交通事故を免れたお爺さんが続く。

「この商店街はな、歩道が狭くて客引きや立て看板は禁止になっておる。
なのに、何度言っても片づけてくれんから、わしらみたいな年寄りは
たびたび杖を引っかけて転びそうになっておってな、
皆困っておったんじゃ」

取り囲んだマスコミの勢いも借りながら
商店街の人たちは、次々に幹夫を弁護していく。

「中々文句も言えなかった邪魔な看板を
蹴っ飛ばしてすみっこに追いやってくれたんだ。
やったことは悪いかもしれないが、ここはひとつ大目に見てやってくれよ」

多勢に無勢、ついにお巡りさんは引き下がった。

「チッ。ツッパリじゃなくて、ツンデレかよ」

取り囲んでいた群衆もそのまま解散して行った。
皆、幹夫を温かい目で眺めながら。

ポツンと残された幹夫が、これまでにないほど戸惑っているのが分かった。

 「何だよ、ツンデレって。俺はツッパリだぞ」

それもまたいい。
私は電柱の陰から飛び出したい気持ちを押さえて、
心の中で幹夫に声援を送った。

「ツンデレ番長。だい好きだよ」

 

           おわり


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夢乃玉堂
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