「宇宙焼酎」・・・人は、心に引っかかったものを簡単には忘れられない。
『宇宙焼酎』
ところが、人の記憶と言うものは不思議なもので、
具体的な事柄を全く忘れていても、
「俺はどこかで、何かをしなければならなかった」
というような、消してしまった「todoリスト」のような
曖昧な記憶だけが残っていることがある。
切迫した義務感や、やらないでいる事への罪悪感のような
捉えどころのない焦りのような感覚が、
俺の中で徐々に大きくなっていった。
「後で確かめる」と決めたことは覚えているが、
何を「確かめる」のか、どこで確かめるのか、
全く思い出すことが出来ない。
リビングのソファーに横になって考えるともなく
考えていると、息子の太郎が両手をチョキの形にして
俺に跨ってきた。
「ふぉふぉふぉ、ふぉふぉふぉ」
バルタン星人だな。
最近、DVDで見たウルトラマンが、太郎の大のお気に入りだ。
「ふぉふぉふぉ」なら『科特隊宇宙へ』のバルタン星人との戦い。
「ズェット~ン」なら『さらばウルトラマン』の
ウルトラマンがゼットンに負ける場面をリクエストしているのだ。
俺は求めに応じて、八つ裂き光輪や、スぺシウム光線を
発射するポーズをする。
太郎は、光線を跳ね返すバリアを張って勝ち誇ってみせる。
ヒーローではなく、怪獣の方をやりたがるのが面白い。
太郎は次々に別の戦いをリクエストしてくる。
ダダ、メフィラス、ガッツ星人、5歳とは思えないほどの再現性だ。
一通り戦いを再現すると、最後はカラータイマーの音真似を
しながら、ジャンプして終わりだ。
最後だけウルトラマンになるところが、今一価値判断を
掴み切れないところであるが、それもまた可愛い。
この日も同じように、手を十字に組んで、
怪獣「太郎」の倒れるところを見ていた。
その瞬間、私の頭のもやもやとした霧が晴れた。
「そうだ。あれだ!」
俺は、急いでソファーから立ち上がり、
上着を掴んで、玄関に向かった。
後ろから「晩御飯、もうできるわよ」という声が聞こえたが、
「すぐ帰る」と言い残すのももどかしく、外に飛び出していった。
目的地は、自宅から15分ほど。
駅前の酒屋であった。
棚に並んだ酒の瓶。その並びに一際違和感を放っているものがある。
ウルトラマンシリーズ、と印刷されている紙箱入りの酒である。
「やっぱり、これだ」
突然「後で確かめる」ものの正体が分かって、小躍りしたい気持ちだった。
しかし、本当に、後で確かめたかったのは、酒屋の瓶ではない。
先日、打ち合わせのため取引先に向かう途中見つけた、
こんな張り紙だった。
「宇宙焼酎・ゼットン・バルタン・ガッツ 各550円」
『焼酎ベースのカクテルの名前なのかな?』
と適当に理由を考えたが、
お店に入って確かめる訳にもいかず、
『帰りに確かめれば良いや』
と、その場を離れた。
それがずっと心残りだったのだ。
それが、張り紙の正体も一緒に判明したのだから
心は一気に晴れた。
あの店は、この酒を飲ませるということだったのだ。
酒屋を出て、家に帰る途中、
いくつかのテーマソングを口ずさんでいた。
自宅の門扉の前で、妻と太郎が待っていてくれた。
俺は、両手でチョキを作り、ゆっくりと左右に振って応えた。
「ふぉふぉふぉ。ふぉふぉふぉ。」
おわり
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