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「損をしたのは誰? 得をしたのは誰?」・・・のんびりとした女の子の話。

17日火曜日、17時から、ラヂオつくばの
「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で放送された短編です。


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「ぼんすーのこと」 作  夢乃玉堂

彼女の本名は、姓名合わせて七文字にもなる。
書類の氏名欄に記載する時には、いつも苦労する。

どこか関西の古い名家の出だと言う噂があった。
でもきりりとしたお譲様、という雰囲気は微塵も無く、
どちらかというと、のんびりしている。
いや、し過ぎている。
気が付くと、いつも宙を見つめてぼんやりしている。

ぼんやりが好きだから『ぼんすー』。
みんな彼女をそんな風に呼んでいる。

ぼんすーは、とてものんびり屋さんだ。だから、出社は始業時間ギリギリ。

「ぼんすー。遅いぞ。始業前の朝礼はもう終わっちまったぞ!」

「すんません。朝が弱くって」

「バカモン! 目覚ましを増やして、ひとつでも二つでも
今より早い電車に乗って来い。朝礼で全員が訓示を聞いて、
身を引き締めてから仕事を始める。こんな大事なことが分からんのか」

「すんません。すんません」

しかし、何回課長が言っても、ぼんすーは朝礼に間に合わなくなった。
その内、課長は朝礼をしなくなった。

ぼんすーは、とてもうっかり。よく書類を失くす。

「領収書代わりの出金伝票が見つからないですぅ。すんません」

「部長のハンコを貰った稟議書がどこかに消えたですぅ。すんません」

総務課が大騒ぎになったのは一度や二度ではない。
その為、伝票や書類は全てメールとアプリで管理するようになり、
電子化が進んで、経費の無駄が減った。


ぼんすーは不器用。客さんへのお茶を毎回こぼす。

「きゃあ。すんません」

「こら。何をしている。すぐ雑巾を持って来んか。
すみません。うちのぼんすーが、粗相をいたしまして」

「もうあいつにお茶を運ばせるな」

と課長命令が出ても、ちょっと頑固なところのあるぼんすーは、

「大丈夫です。私やれます」

と言って、奪うようにお茶をお盆に載せ、やっぱりひっくり返した。

相手にお茶をかけちゃった事は無いけど、危機一髪は何度もあった。
そしてついに、応接室にお茶のサーバーが置かれるようになった。


ある日、課長が新幹線の切符を頼んだ。
東京から博多までだった。

「絶対喫煙席だぞ。喫煙席2枚。煙草を吸える席だ。
間違うんじゃねえぞ。ぼんすー」

課長は三回も言った。

え?どうして飛行機じゃないのかって? 
だって飛行機はタバコが吸えないでしょ。

この頃は、新幹線にまだ喫煙車があった時代。
尾崎課長も同行する部長も、二人ともチェーンスモーカーだった。
一日四箱。吸ってない時間は30秒もないくらい。

翌日出張から帰った課長が、ぼんすーの所にやってきた。

「おい! 喫煙って言ったのに、禁煙だったじゃないか!
部長と二人で10分おきにデッキに出て
車掌の目を盗んで煙草を吸うはめになったぞ。
6時間部長に頭下げっぱなしだ」

ぼんすーは、お使いが苦手だったのだ。

「えへ。そうだった? すんません」

そんなぼんすーだけど、意外にモテる。
色白で、よく見るとスタイルも良い。
少しふっくらしているけど、それが男からは
「アンパイ」「楽勝」と見えるのだろう。

最初に言い寄ったのは、お酒好きで、女好きと噂の大野さんだった。

「本町通りに上手い日本酒を飲ませる店があるんだ。一緒にどうだ」

「はい。お供しますぅ」

それが大きな落とし穴だった。
定番の特撰日本酒「豪快」から始まり、流行りの発泡酒に、ひれ酒、
吉野杉の樽に入った香り豊かな樽酒に、
竹の筒から注ぐ口当たりの良い大吟醸。
地酒にも手を出して、男女川、すてら、初搾り霧筑波まで

終電ぎりぎりまで、その店にある銘酒を飲み比べた。

とうとう酔いつぶれた大野さんを抱える様にして
お店の外に連れ出しぼんすーは、胴体を電信柱にネクタイで縛り付けて、
警察に連絡し、警官が到着するのを確認して帰った。

翌日大野さんは、

「俺、今日から禁酒する」

と宣言し、良きマイホームパパになり、
それ以来一滴も飲んでいない。

次にやって来たのは、営業部の田宮さんだった。
何台も外車を乗り回す車オタクだ。

「おい。今度、ドライブに行かないか」

「ドライブ大好きですぅ」

次の日曜。田宮さんは、お気に入りの高級外車に乗って
集合場所で待っていた。
そのすぐ後ろに、ぼんすーの乗った国産の軽自動車が到着した。

「それで来たのか、どこか駐車場に入れておいでよ」

「大丈夫ぅ。アタシ、先行しますから」

不満げな田宮さんだったが、追い抜いてカッコいい走りを見せれば、
すぐにこちらに乗りたがるだろうと思った。

ところが、不思議な事に、高速でも一般道でも
高級外車はぼんすーの軽自動車を追い抜けなかった。

やがて2台の車は、走り屋が集まる事で有名な郊外の峠道に差し掛かった。

軽自動車を降りて来たぼんすーは、

「すんません。峠はこっちの車で攻めてみたいんですぅ」

ハンドルを握ったぼんすーは、人が変わったみたいにエンジンをふかした。

タイヤをきしませながら、ガードレールギリギリにコーナーを攻める。
ドリフト走行はお手の物。
ぼんすーが操る高級外車は、峠に集まった走り屋たちから喝さいを浴びた。

「交代しろ」

自分も目立ちたいと思ったのか、峠の頂上で田宮さんは言い出した。

ボンスーが車を降りると、田宮さんは助手席から運転席に横滑りし、
彼女が助手席に乗る前に車を出した。

「すんませ~ん」

叫ぶぼんすーを残し、高級外車は峠を下って行った。
田宮さんは限界までアクセルを踏み込み、曲がりくねる夜の道に挑んだが、
二つ目のカーブでハンドルを取り損ねてガードレールに突っ込んだ。

幸い、田宮さんの命に別状はなく、車のキズも大したことなかったけど、
修理代を会社の経費で落とそうとして見つかり、
その後田宮さんは他にも経費を水増し請求していた事がバレ、
車を売って穴埋めし、地方に移動していった。

ぼんすーは、うっかりで、のんびりで、ぼんやりだった。
でも、ぼんすーがいると、みんな幸せ。
だから、みんな、ぼんすーが大好きだ。


             おわり


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こんな人がいると、きっと会社も面白いでしょうね。


*放送後加筆修正。




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夢乃玉堂
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