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「寝言」・・・夜の言葉。
人には、どうしても隠しておきたい秘密がある。
たとえ、それが妻であろうとも、いや、妻ならばなおさら。
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「寝言」
*一部加筆
夫とは、開発部の前田さんの紹介で知り合った。
「保志(やすし)はさ、語学が得意だから、年中海外に行かされてる。
おまけに真面目で頑固だから、出張先で女の子を捕まえる事もしない。
だ・か・ら、これまで誰とも付き合った事がないんだ」
前田さんは、バーのカウンターに申し訳無さそうに座っている保志さんの肩を叩いた。
「そうなんですか?」
私が心配そうに見つめると、保志さんは、恥ずかしそうに俯いた。
「こいつ、女と付き合うのが怖いって言うんだ。理由はこれさ」
前田さんが、笑いながら小さな箱を出した。
「紹介記念に俺からのプレゼント。
ウチの会社で開発中の新製品で、体温で温まると、付けた人の耳の形に変化してくれる耳栓だ」
「耳栓?」
「実はこいつ、寝つきは良いんだけど、歯ぎしりが酷いんだ。それを聞かれて振られるのが嫌で、女の子と付き合えなかったんだよ。
絶滅危惧種なくらいの純情だろう。レッドデータ・イノセントだぜ」
前田さんが茶化すのに、顔を赤らめる保志さんは、言葉通り純朴に見えた。
結局、前田さんの強い後押しもあって、半年のお付き合いを経て、私たちは結婚した。
お付き合いしている時から、保志さんは、
寝る前には必ず耳栓を着けて欲しい、と五月蠅かった。
「そんなに気にしなくても・・・」
何度言っても保志さんは、
「歯ぎしりを聞かれて君に嫌われるのが怖い」
と言ってきかなかった。それが付き合う条件だとまで言った。
少し不安になったものの、保志さんは話してみると優しくて、海外出張が多いせいか知識も豊富で、食べ物の好みも一緒で、楽しい時間を過ごした。
一緒に暮らすようになっても、保志さんには、耳栓以外には、何の問題も無かった。
何か言えないようなトラウマがあるのかもしれないし、無理に問いただす事はしないで、素直に耳栓を着けて寝ることにした。
前田さんが話していた通り、新製品は耳にフィットして、周りの音をシャットアウトした。お陰で毎晩ぐっすり眠れて二人の生活は快適だった。
そんなある日、夜中にトイレに行きたくて目を覚ました時、
夫の寝顔を見ていると、どれほどの歯ぎしりだろうと思って
耳栓を外してみた。
夫は歯ぎしりをしていなかった。
歯ぎしりではなく、寝言だった。早口でまくし立てる様に喋っている。
なんだ、寝言を聞かれるのが嫌だったのか、それならそう言えばいいのに。
とも思ったが、寝言で心に秘めた恋心を知られるのが嫌で死を選んだ令夫人の話を思い出し、もしかすると保志さんもそんな風に思い詰めていたのかもしれない。
そうなると、今度は何を言っているのか気になってきた。
私は、耳を澄まして聞いてみたが、まったく分からない。
知らない国の言葉だ。
海外赴任が多い仕事らしいから、
どこかアフリカあたりの馴染の無い国なのかな。
私はスマホを取り出して録音し、翻訳アプリにかけてみた。
中々答えが出ない。
保志さんが起きないか気にしながらの数秒間は、何倍にも感じられた。
ようやく、スマホの画面に、答えが表示された。
『地球外』
何を言っているんだ。ふざけてるなぁ、なんて頼りないアプリだろう。
こっそり耳栓を外した罪悪感もあって私は苛立ち、その場で翻訳アプリを削除して、布団に入り直して眠った。
耳栓付きの新婚生活を送って一年。私は妊娠した。
帰宅した夫に伝えると、どこか気持ちの入らないような笑顔を浮かべて
「良かったね」と答えた。
若い父親なんてそんなものかな。実感がわかないのかもしれない。
翌日、前田さんが遊びに来た。
私が料理を作っている間、仕事の話をするからと、
二人で書斎に入っていった。
夕食の用意が出来て呼びに行くと、
夫と前田さんは、まだ何か話し合っているようだった。
どんな事を話しているのかな・・・。
悪いとは思ったけど、ドアに耳を当てて聞いてみた。
二人ともとても早口でまくし立てる様に喋っている。
何を言っているか分からないが、聞き覚えのある言葉だった。
それは、あの『地球外』と出た夫の寝言そのままだった。
おわり
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この話は、「めざせ100怪!ラジオde怪談」で放送されたものに、
加筆修正したものです。
「めざせ100怪!ラジオde怪談」は、「清原愛のGoing愛Way!」(SKYWAVE FM89.2(https://www.892fm.com/)にて毎週木曜日16:00~放送中)の番組内で100の怪談を特集する「怪談朗読特別企画」です。
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