![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72458722/rectangle_large_type_2_5e93a8630171a958440fefaf34c6d126.jpg?width=1200)
「渇望の中で」・・・生きる糧となるモノとは。
「どのような時に創造力が働くか? それは飢えている時だ」
ある作家は、ものづくりに大切なものは何か、という質問に、
『飢える事だ』と言った。
「日々の生活が満たされてしまったら、
新しい事に興味を持たなくなるし、新しい発想など生まれるはずもない。
だから、常に飢えを意識するくらいの生活を心がけなければならない」
ということらしい。
大学時代の友人で、村越(仮名)という男が
この言葉をストイックなまでに真に受けた。
村越は、その日から極端な断食生活を始めた。
食事はほとんど取らなくなり、たまに食事をすると言えば
近くのパン屋で捨てられる予定だった食パンの耳を
貰ってきて食べるだけ。
そうして浮かせた生活費を本を買ったり、演劇や映画鑑賞の費用に
回していたのだ。
ところがある日、
その友人は、観に行った劇場で休憩中に倒れてしまった。
幸い大事には至らなかったが、当然のようにドクターストップがかかり、
親の説得もあって村越の断食生活は、あえなく終わりを告げた。
口の悪い連中は
「極端な奴だな」
「本気で飢えようとする奴があるか」
「理想と現実を取り違えるなよ」
等と陰で囁いて馬鹿にしていた。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、
村越はしばらくして大学を辞めてしまった。
最後に大学を訪れた村越の姿は、その後しばらく語り草になっていた。
彼は、学食のパンコーナーで食パンを一斤買い、
長いままかじりついて食べていったのだ。
休む様子もなく、バクバクと食べ続ける村越の姿は異様で
誰も近づこうとせず、遠巻きに見守っていた。
ついに、食パン一斤を食べきった彼は
ウップ、と満足そうな声を上げたかと思うと
周りの目も気にせずテーブルに突っ伏して泣き始めた。
その後の村越の消息は途絶えてしまった。
食パンを食った夜、急性腹膜炎で死んだとか、
新宿でホームレスになっているのを見たとか、
不確実で無責任な噂だけが飛び交ったが、
誰も真実を知らなかった。
十数年後、フランスに旅行した時、
とあるパン工房で、外国人に混じってパンを焼いている
村越の姿を見つけた。
「村越!」
「よう。久しぶりだな!」
村越は昔と変わらぬ笑顔で答えてくれた。
彼はあの後すぐにフランスに渡り、有名なパン職人に弟子入りして
修行を積み、ついに自分の店を持ったのだった。
「絶食した後で食べたパンが、感動するほど美味しくてな。
パンの味を極めたくなったんだよ。
フランスパンの本場で、食パンの店を出すのは大変だったけど
楽しかったよ」
村越は、目を輝かせて話した。
俺にはそれが、とてもまぶしく思えた。
帰国後、俺は何のときめきも感じずに、
ただ会社で書類の整理をして、帰宅するという
単調な生活に戻った。
時折、村越の笑顔を思い出しては胸が苦しくなる。
そんな時は、空を見上げると必ず、
雲が食パンに見えるのだった。
おわり
いいなと思ったら応援しよう!
![夢乃玉堂](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/32788085/profile_65fa5c98f0fc65b2e86404ccec482568.jpg?width=600&crop=1:1,smart)