「R怪談・ベタ過ぎる出会い」・・・ホラー。交差点で食パンを咥えた女子高生と衝突?
こんな、今時アニメでもやらないような、ベタな出会いが本当にあるのか。と、水野は思った。
クライアントの新製品の広告展開をプレゼンする為、夜遅くまで資料を作っていた水野は、うっかり寝坊して約束の時間に遅刻しそうになり、大急ぎで家を飛び出した。
路地の交差点を曲がる時に、食パンを口にくわえて走ってきたセーラー服の女子高生と正面衝突。食パンは道に転がり、女子高生は尻もちをついた。
それがミナだった。
「すみません。急いでたもので、ケガはないですか?」
「大丈夫です。ちょっと尻もち付いただけで、大して痛くないですから。
それに私も不注意でした、この角いつも、ひやっとしてるから気を付けてたのに、今日は焦ってて」
女子高生は普通に起き上がれるようだ。見たところ手足にケガもしていない。痛みも無いと言うのを信じ、水野はもう一度深々と頭を下げてからその場を去った。
トラブルはあったものの、水野は予定時間に間に合った。
プレゼン用の資料を用意していると、クライアントの部長が言いだした。
「今回の新商品は、10代の女子を対象とした化粧品のシリーズだから、特別にアドバイザーをお呼びしているんだ。我々みたいなロートルばかりでは、話にならんからね」
自らをロートルと言うまだ30代のやり手部長は、会議室に数人の女の子を呼び入れた。
原宿辺りで売っている派手なパーカーを着てピアスをいくつも付けた子。
紺のブレザーの制服を少し崩して着ている金髪の子。
高級ブランドのジャケットに安物のカチューシャを着けた色黒の子。
そして、最後に入ってきたショートカットで白いセーラー服の女の子を見て水野は驚いた。
今朝、道で鉢合わせて、尻餅をつかせてしまった女子高生だったのだ。
彼女は水野に気付くと、照れくさそうな顔を一瞬浮かべ、尻餅をついた腰のあたりを軽くさすり、笑って見せた。
水野はその子、ミナから目が離せなくなった。
プレゼンは概ね順調に進んだが、意見を聞き始めると、ミナの広告展開への指摘は鋭かった。
ありきたりな優等生の意見ではなく、実際の生活の中での利用の可能性や、繁華街で持ち歩くときの利便性などを、見た目に似合わないほどのリアルさを持って話した。
最初は冷めたように距離を取っていた派手な私服の子たちも、徐々に熱く賛同し、アイデアを出し合った。
結局、新製品の広告展開は10代の女の子たちの新たな視点からの提案で、いくつかの商品の広告に修正を入れ、後日再提案することになった。
終了後、会議室を出る女の子たちを送り出すとき、ミナの耳元で水野は囁いた。
「食パン、弁償するよ」
それから、二人の距離が近づくのに、さほど時間はかからなかった。
18歳になったばかりのミナ。その恋は危うさと純真さが同居していた。
例えば、妹と称して会社の受付に手製の弁当を届けたり、水野の退社時間に会社の前で待ち伏せしたりしたが、そんな暴走気味の幼い恋も、大人の割り切った関係に疲弊していた水野には新鮮に思えた。
だが、それも長くは続かなかった。
付き合い出してから三か月ほどたった頃、
自宅のマンションに帰ると、ドアの前に水野より二回りほど大柄で無精ひげを生やした労務者風の男が、ミナの腕を掴んで立っていた。
「あんたか。うちの娘をたぶらかして、キズモンにした若造は?」
2メートル離れていても酒の匂いがするほど酔っている。
水野が本当かと尋ねると、ミナは腫れた頬を押さえながら、小さく頷いた。
「とにかく、ここでは何ですから、中へ」
ドアを開けて一歩中へ入ると、続いて入ってきたミナの父が後ろから勢いよく水野の背中を蹴った。
廊下に倒れ込んだ水野の上に父親は馬乗りになり、いきなり素手で顔を殴り出した。
「止めて!お父さん」
「うるさい!」
止めに入るミナを無視して父親は叩き続け、水野が動かなくなったのを見ると、今度は彼の首を絞め始めた。
水野は自らの血の匂いと、息が詰まる苦しさの中で、父親にすがりつくミナの姿と、怒りの表情で自分の首を絞める父親の姿を見ていた。
ほどなくその姿はぼんやりと滲み始め、目の前が真っ暗になって行った。
薄れる意識の中で、水野は身近にいる何者かの声を聞いた。
「0435号。4回目の刑の執行が完了しました」
薄暗いコンクリートに囲まれた狭い部屋の中で、
水野は椅子に手足を縛られ、ケーブルの付いたヘルメットを目のあたりまで
被せられ、動かないでいる。
椅子を挟んで刑務官の制服を来た二人の男が、水野の様子を眺めている。
「次は何にしますか? 交通事故で入院していると、看護師さんが点滴に毒入れるやつなんかどうです。あの冷めた目でも下ろすところ好きなんですよね」
「う~ん、それも良いが、こいつは毒を使ってないからな、撲殺か刺殺じゃないと。そうだ、あれはどうかな。ほら、浮気した奥さんが逆切れして、
包丁でいたぶりながら殺していくやつ」
「ああ。美人で優しい妻が陰では不倫してて、バレると人格が変わるやつですね。今データをダウンロードします。へへへ。受刑番号0435号。今度はもっとぞくぞくするぞぉ。フフフ」
若い刑務官は椅子の上の水野にそう言うと、嬉しそうに操作卓のスイッチを入れた。
モニターの画面に、可愛いブーケの付いたドアが映し出された。
ドアが開くと、中から童顔の女性が顔を出し、
「み~くん。お帰り」
と優しそうに笑いかけてきた。
椅子に手足を縛られた水野の口元に、微かな微笑みが浮かんだ。
20XX年。
少子化で労働人口がひっ迫しているこの国では、
刑務所への収監期間を短くし、更生による社会復帰を最優先することになった。
その為、最新のVR技術を活用し刑罰の多くがバーチャルリアリティーで執行されている。例えば、泥棒をした受刑者は、せっかく築いた財産を泥棒に全て持って行かれるVR体験を繰り返し、殺人を犯した者は殺される側を何度もVR体験する。
更生の効果が表れるまで、刑務官の判断により何度でも不幸な犯罪被害者としてのVR体験は繰り返される。
このVR刑を採用してから、再犯率は劇的に下がった。
出所した受刑者は、まさに罪を償うように真面目に働くのだという。
だが、一つ困ったことがある。
刑務官志望者が異常に増えてしまったのだ。
大企業を退職して刑務官になろうとする者も後を絶たない。
そのような者の多くは、刑務官になった途端、自分の会社の上司や同僚を
何かと理由を着けて、匿名で告発しているとも言われている。
あくまで噂だが、人の心の闇は、無限に続くVRの世界よりも奥深いのかもしれない。
おわり
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