「リモート・ウエディング」自粛で、中々集えない日々。あるカップルはリモートで結婚式を挙げるのだが、意外な事件が勃発・・・先週つくばラジオで放送された作品です。
「リモート・ウエディング」 作・夢乃玉堂
「やっぱりえんじ色かな」
リモート結婚式が間もなく始まるという時間になって
夫はまた我が儘を言いだした。
「じゃあ。お父さんがえんじ色の陣羽織でいいですよ。
でもそっちは、脇役の石田ミツニャリですよ。
主役の織田信ニャガは黒の陣羽織ですからね」
夫は自分で選んだくせに、陣羽織を眺めては首をひねっている。
「どうせどちらを選んでも、後で文句を言うんでしょ」
結婚して25年。この人はいつもこの調子だ。
ああすれば良かった、こうすれば良かった、
いくつになっても隣の芝生が青く見える。
このまま定年を迎えて、毎日家にいるようになったら
と考えると熟年離婚という文字が頭をよぎることもある。
「ほら。もう始まりますよ」
私は夫に陣羽織と猫耳のカチューシャを渡しパソコンの前に座らせた。
五十を過ぎた夫婦がこんなコスプレの真似事をしているのは
娘のさくらの結婚式が自粛の影響で延期になったからだ。
と言っても、ヤケになってふざけているわけではない。
婚約者の翔太さんが勤める会社の方がせめてリモートで結婚式を上げてはどうかと、提案してくださったのがきっかけだ。
さくらと翔太さんは大いに喜び、
どうせなら自社が制作するアニメ番組『戦国ひなたぼっこ』に
ちなんだ格好で式を行うことになった。
つまりリモートで行う、コスプレ結婚式という訳。
同じガンダム世代の私たち夫婦だが、
学生時代コミケに通い詰めた私と違って
5歳上の夫は、今時珍しい堅物で経理畑一筋、テレビは経済ニュースだけ
映画やアニメには全く理解が無かった。
さくらが翔太さんを家に連れてきた時も
『アニメなんて浮ついた仕事をしている奴で大丈夫なのか』と不満を口にするほどだったから
自分たちもコスプレで参加することになる、
と聞いた時は、『夫は絶対に反対するだろうなぁ』と思ったのだが、
簡単に了承したのは意外だった。
「お父さん、お母さん。
本日はご参加いただきましてありがとうございます」
パソコンの中から声がかかった。
モニターには遠隔会議用のアプリが立ち上がり、
大小20個ほどに分割されたフレームには
アニメの登場人物に扮した参加者たちの顔が映し出されていた。
中央の少し大きめの枠の中から、
白いドレスとクラシックな詰襟服のフニャンシスコ・ザビエル夫妻に扮した
さくらと翔太さんが、共に猫耳を着けて手を振っている。
それに応えるように私は、夫の手首を掴んで思いっきり振った。
夫は恥ずかしがってすぐに手を振り解こうとしたが、私は気にせず振り続けた。
「では皆さん。お時間となりました。
全員お揃いのようなので早速私たち中川翔太と玉井さくらのオンラインによるリモート結婚式を始めさせて頂きます」
インターネットを使ったモニター画面だけの結婚式だが
式次第は大して変わらない。
眉毛の太いキツネのお面を被った会社の社長が
乾杯の音頭を取ったのを皮切りに
次々とキャラクターに扮した来賓がお祝いの言葉を述べていった。
しっかりとメイクをしてお手製の衣装を着て、
アニメキャラに成りきっている人もいれば、
背景に京都の古い町家の映像を合成している人や
部屋中に紐を張り巡らせて
クモの妖術と戦うクライマックスシーンを再現している人までいる。
亡くなられた翔太さんのご両親の遺影にまで
鎧兜のシールを貼ってコスプレをさせる徹底ぶりだ。
考えてみればこのリモートコスプレ、
荷物を運ぶ手段や、着替える場所の心配が無いから
どんな大がかりな衣装だって作れる。
もしかしたら式場でやるより楽しいかもしれない。
「ああ。拙者は末永く、お二人の幸せをお祈りいたし候」
「こんなにたくさんの妖怪たちが守っているから、
どんな苦労にも、ウンッ。ま~けないニャン」
などと、『戦国ひなたぼっこ』のセリフをもじったお祝いの言葉が次々と送られた。
さらには、リモート画面の並びを利用した「寄せ書きリレー」や画面の背景を次々変える「バーチャル新婚旅行」。さくらたちが自分のカメラをベランダに運んで回りの風景を見せながら語る「新居紹介」と続いていった。
途中お色直しで画面から消える時にさくらが転んで、
ドレスの足元がスリッパだったことが全員にバレる
というトラブルがあったものの、
画面の中は常に、本当に純真な人たちの屈託のない笑顔で満ち溢れていた。
私は心から楽しくなってきた。
「ねえ。コスプレも悪くないわね。」
と問いかけると、
夫は「ああ」と鬼瓦のような仏頂面を緊張させたまま
気のない返事を返しただけだった。
やっぱり気に入らなかったのだろうか。
せめて式が終わるまで文句を言ったりしなければ良いのだけど、
と心に暗雲が立ち込めた時、ピンポーンと自宅のインターホンが鳴った。
「何でしょう。ちょっと失礼するわね」
と画面に断りを入れて立ち上がると、画面の中のさくらと翔太さんは、壁に掛けられた時計を振り返り頷きあっていた。
「おや?」とその仕草を気にした途端、
モニターからインターホンの呼び出し音が続けざまに聞こえてきた。
参加者たちの家にもほぼ同時に来客があったようだ。
皆、「某も失礼いたし候」「同じく」「同じく」
と口々に言って画面から消え、応対に出て行った。
玄関に出てみると、大きな花束のお届けものだった。
「あなた。さくらたちからよ」
「え、ウチに花束が届いたのか。今?」
「あら。他の所にも届いてるみたいよ」
私が指さすと、画面では参加者たちが全員、
花束を抱えてモニターの前に戻っていた。
それを確認すると、さくらが高校受験でも見たこと無いような
真剣な顔をして語りかけてきた。
「パパ。ママ。
本当はちゃんと手渡しで花束贈呈をしたかったんだけど・・・
これまで私を温かい愛情で包んで
育ててくださり、本当にありがとうございます」
二人でゆっくりとお辞儀をした後、翔太さんが続けた。
「そして皆様。本日は私たち二人の為にご参加いただき、
そしてこんなにもたくさんのお祝いを賜り感謝に堪えません。
今お届けしたのは、私たち二人から皆さんへの幸せのおすそ分け、ブーケトスです。どうぞ、お受け取り下さい」
参加者全員が大きな花束をカメラに向け、
モニターは色とりどりの美しい花と笑顔で一杯になった。
私は花束を夫と二人で抱え直し、流れ落ちる涙をハンカチで拭いた。
「じゃあ。このモニター画面で記念撮影します。
皆さま、花束を抱えて、お気に入りのポーズをとってください」
参加者が決めポーズをとり、写真撮影の準備を待っている間
手持無沙汰だったのだろうか、
夫はまるで解説でもするように独り言を言い始めた。
「配達は普通、何時何分というところまでは指定できない。
せいぜい何時から何時の間に、とかだ。
おそらくさくらたちは、
式のクライマックスに合わせて一斉に届くよう
参加者の近所にある花屋を一軒一軒回ってお願いしたんだろう。
場合によっては、追加の手数料なども支払ったかもしれん。
このお花畑のような美しい映像の陰には、
きっと大変な努力が・・・」
夫の呟きが終わる前に、さくらが怒りの声を上げた。
「パパ! 恥ずかしいから止めて!
そんな裏側を説明するような事したら、恩着せがましく聞こえるでしょ!」
プンプン怒っている娘には悪いが、
娘たちの陰の努力に思い至った夫を、私はちょっと見直した。
すると又もや画面から
ピンポ~ン、というインターホンの音が聞こえた。
「あれ? 今度はウチみたい。良い所なのにごめんなさい」
さくらは慌てて玄関まで出て、すぐに戻ってきた。
手には、40センチほどの小包を抱えている。
「翔太さん宛てに、パパから」
さくらはこちらを見ながら包みを翔太さんに渡した。
「お父さん。開けていいですか?」
夫が頷くと、翔太さんは注意深く包みをほどいていった。
「これは、石田ミツにゃり・・・」
中から現れたのは、えんじ色の陣羽織を着た
『戦国ひなたぼっこ』のフィギュアだった。
招き猫のポーズを取ったフィギュアの手には、
一枚の小さなカードが握られている。
翔太さんが、参加者にも見えるようにカードをカメラに向けると、
そこには一言、「娘をよろしく」と書かれていた。
さくらは、人目もはばからず大声を上げて泣き出した。
「ありがとう。パパ・・・」
そう言ってフィギュアをぎゅっと抱きしめた。
武将も落ち武者も妖怪も、クモの糸に絡んだ猫たちも
満面の笑みを浮かべて拍手を送っていた。
「やっぱりえんじ色で合ってたんだな」
振り返ると、いつの間にかえんじ色の陣羽織を着た夫が、
招き猫のポーズをとっていた。
猫耳を着けた鬼瓦が涙でぐしょぐしょになっている。
私は、必死に涙と笑いをこらえながら
さくらがフィギュアにやっているのと同じように
夫を後ろから抱きしめた。
そして、「時間指定でフィギュアを送るなんて、
自分だけ盛り上がってズルいじゃない」
と、ちょっとだけ拗ねてみせた。
これが、10年前の今日の出来事。
残念ながら、定年退職した夫と
コスプレを楽しむことは未だにないのだけど、
小学生になった孫娘たちの手を引いて
コミケの混雑の中を歩くと
「あんな日々もあったな」と懐かしくもなるのです。
おわり
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