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「もしも『見える?』って聞かれたら」・・・怪談。ドライブ中に考えたくないこと。


彼氏と日帰りのドライブデートに行った時の事です。
「ご飯、美味しかったね」
「絶景凄かったね」などと楽しかった一日を振り返りながら
高速道路を東京に向かっていました。

日は沈み、既に周りは真っ暗。
行き交う車もすっかり少なくなる時間でした。

少し暑くなってきたので、窓を開けようとした時、

「開けないで!」

と、彼は制止しました。

「高速で窓を開けると、風が強くて物凄く、うるさいから。
エアコン強くするか、それでよろしく」

と言うのです。

「そうなの? 良いけど・・・」

と私が納得すると、彼はエアコンの風を少し強くしてくれました。

ところが、それから彼が話すのを止めてしまったのです。
私が何か話しかけても、「うん。ああ」と生返事ばかり。
何となく気まずい雰囲気になってしまいました。

どうも気になるので、ちょっと気分を変えようと、
運転中に眩しいときに下ろすバイザー(助手席側)を下げて、
その裏にあるミラーを見ながら、唇にリップを塗ろうとしました。

すると、彼が、運転中にもかかわらず、
運転席と助手席の間の天井にあるルームミラーを
私の方、つまり真横に向けたのです。

「気を使ってくれてありがとう。でもバイザーのミラーで十分見えるから、ルームミラーは良いわよ。これじゃあ、あなたが後ろから来る車が見にくいでしょ」

「いや。大丈夫。こちらは良いから」

高速で飛び出しや無理な追い越しも少ないから、大丈夫だと言う彼の言葉を
半信半疑で聞きながら、私はリップを塗り終わりました。

それから高速を降りるまで、彼は何度となくルームミラーの角度を変え、
時には運転席のバイザーを下ろして、裏側のミラーを正面に向けて見たり、
奇妙な行動が続いたのです。

「何してるの?」

と理由を聞いても、彼が何も言わないので、私もそれ以上は聞かないことにしました。
まあ無事に車が走っている間は大丈夫だろう、と思ったのです。

高速を降り、ようやく家に帰り着いたところで、
彼は大きくため息をつきました。

「ああ。無事でよかったぁ」

いつもの彼に戻ったようなので、私はもう一度尋ねてみました。

「ねえ。高速でミラー動かしてたの、一体何だったの?」

「ああ。ごめん。高速で長いトンネルを越えたあたりから、
目鼻が無くって口を大きく開けた、髪の長い女の幽霊が、
助手席側の窓にへばりついてたんだよ」

彼は汗をぬぐいながら話し続けました。

「ずっと憑いて来てたんだけど、途中、君がバイザーのミラーを使い始めただろう。そしたら、鏡が嫌いなのか、顔を隠すみたいに嫌がるんだよ
だから僕もルームミラーをそっちに向けたんだよ。

それで助手席の窓からは消えたんだけど、しばらくしたら、運転席の窓に現れて、今度はルームミラーと、運転席のバイザーをこっちに向けた。
そんな事を繰り返していて、料金所を越える頃にはどこにも見えなくなって
ホッとしてたんだよね」

それを聞いて私は納得しました。

「君には見えてないようだったから言わなかったんだ。
言ったらパニックになってたかもしれないでしょ」

確かにそうかもしれません。運転中の彼から、そんな事を言われたら、私はどんな態度をとればよいのでしょうか、考えたくもありません。

「もう見えないからきっと大丈夫だよ。じゃあもう遅いから帰るね。おやすみなさい。バイバイ」

彼は私を下ろして、車で帰って行きました。
そのテールランプに向かって、「無事に家まで帰りつきますように」と祈る事は忘れませんでした。

でも、彼はきっと大丈夫だと思います。

その髪の長い女は、マンション入り口の、ガラスの自動ドアに、
べったりとへばりついているのですから。

私は、両手で印を結んで、気を練り始めました。
両足を大きく開いて腰を落とし、しっかりと踏ん張って、眉間に皺を寄せ、体中のエネルギーを顔面に集中させます。奥歯が痛くなるまで葉を食いしばり、十分気合が集まったところで、私は掛け声とともに体中の気を一気に、女の幽霊にぶつけました。

「劫!鎮!消!験!破! ぐぁええ~い! がぇやや~! どああああああ~!」

声は夜の静寂を破ってマンション中に響き渡り、女の幽霊は苦しそうな表情を浮かべ、はじけ飛ぶように霧散して消えてしまいました。

管理人室から管理人のおじさんが目をこすりながら顔を出しましたが、
私は軽く会釈して、自分の部屋に向かいました。

エレベーターに乗って行き先階のボタンを押し、お化粧の乱れを確認し、
ふう、と一息ついたところで私は思いました。

ホント、運転中の彼から幽霊がいるなんて言われたら、私はどんな態度をとれば良いのでしょうか。
こんな幽霊も逃げ出すような怖い表情と、耳をつんざくような気合の声を、あの真面目で優しくて、気の弱い彼氏に知られるなんて・・・
そんな事、考えたくもありません。


            おわり




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